106・おっさん、子どもとおやつの時間
「ふう、美味しかった!」
カリンがお腹を押さえて、満足そうに一息吐いていた。
「カリン様。食後はすぐに運動しないと、太りますよ?」
「獣人族を舐めんじゃないよ。そんなことより、イーリスの方が危ないんじゃないのかい」
「ほほほ。私が自己管理を怠るとでも?」
「アタイは知ってるよ。最近、ズボンのサイズが一つ上がったって悩んでたじゃないか」
「——! どうして、乙女の秘密を知ってるんですかー!」
イーリスが顔を真っ赤に染めて、カリンの肩をポコポコ叩く。
微笑ましい光景だ。
イーリスもカリンも十分細いから、そんなこと気にしなくても良いと思うんだけどなあ。
「——あっ、そうだ!」
イーリスの猛攻を受けていたカリンであったが、突然手を叩いてこう叫んだ。
「おっさん! よかったら、カリンフード二号店目がオープンする時に、目玉商品をうちに卸してくれないかい?」
「目玉商品?」
「うん! 商売ってのは初めが肝心なものさ。ここは場所も良いし、商売のことはアタイもよく分かっている!」
「……会計面はほとんど私に任せっきりですけどね」
ぼそっと呟いたイーリスを無視して、カリンが続ける。
「そこで……このポテトスライスやダイガクイモを目玉商品として置きたい」
空になった皿を見ながら、カリンが言った。
「……別にいいぞ」
「ホントかい?」
「料理は好きだしな。それでみんな喜んでもらえるなら安いもんだよ」
まさかポテトスライスやダイガクイモが商品になるとは思っていなかった。
ポテトスライスもダイガクイモも、ある程度の保存がきく食べ物である。
商品として並べるのは適しているのかもしれない。
「じゃあ、早速帰って作らせてもらうよ」
「頼んだよ!」
「ちなみに……ここのお店はいつオープンするつもりなんだ?」
「明日!」
「あ、明日っ?」
早すぎないか!
そう思っていたら、カリンの隣にいたイーリスも同じことを思ったらしく、
「カーリーン様? そんなこと出来るわけないじゃないですか」
「なに言ってんだい! 思い立ったらすぐに行動しないと!」
「並べる商品も集めないといけませんし、棚とかも持ってこないとダメじゃないですか! それに、近隣への宣伝活動も必要になります」
「そういうのはなんとかなるさ」
「なんとかなりません!」
おいおい、まーたイーリスとカリンが喧嘩をし始めた。
「大丈夫なのでしょうか?」
この店のオーナーでもある母親がそれを見て、オロオロしている。
「大丈夫だ」
だから俺は、そう安心させてやる。
多分、きっとこれは屈折した『いちゃいちゃ』なのである。
それを他人が止めてやるってのも野暮なもんだ。
「明日開く!」
「いーえ! 一ヵ月は必要です!」
顔と顔を突き合わせて、二人が激しく口論になる。
やれやれ。これは少々長くなりそうだ。
——あっ、結局二号店目は一週間後にオープンすることになりました。
◆ ◆
「ただいま」
契約も無事に完了させ、自宅へと戻ってきた。
「あっ、ブルーノさん!」
入った途端、リネアが駆け寄ってくる。
「どうでした?」
「上手くいったよ」
「良かった……」
リネアが胸の前で手を組み、ほっとしたような表情を見せる。
分かっていたけど、この子は人が不幸になることをなによりも嫌がり、そして人の幸せを心から喜べる子なのである。
「本当に……おっさん様のおかげです!」
一緒に戻ってきた子ども達の母親も、ルンルン気分になっていた。
俺に見せていた陰りのある表情は、どこにも感じられない。
「リネア……子ども達はどうしてるんだ?」
連れて行くのもあれだから、ドラコ達はお留守番をしていたのだ。
「はいっ。とっても仲良くしていますよ。リビングに来てください」
リネアに導かれるまま、リビングへと移動する。
そこでは……。
「おばちゃん! 力もちー!」
「ククク……神竜である我がおばちゃんか……それも面白い」
「ねえねえ、もっと肩車してー」
「承知した」
「おねーちゃんは、私のものなのだー! 取るなー、なのだー!」
仲良く、二人の子どもとドラコ——そしてドラママが遊んでいた。
ドラママが子どもの一人を肩車して、グルグルその場を回っている。
「キャッキャッ!」
肩車をしてもらった男の子はとても嬉しそうに、ドラママの肩ではしゃいでいた。
「おねーちゃん、おねーちゃん、次は私なのだー!」
その様子に嫉妬しているのか、ドラコがドラママの服の裾を引っ張っていた。
子ども達に囲まれているドラママはとても幸せそうであった。
元々、ドラママは子どもが好きなのかもしれない。
「仲が良いみたいで、安心だよ。ドラコー」
「わっ、おとーさんなのだー!」
ドラコの名前を呼ぶと、とことこと俺に抱きついてきた。
「楽しかった?」
「うん! もっともっと遊びたいのだー」
くしゃくしゃ、頭を撫でてやる。
ドラコは俺にすりすりと頬をすり合わせてきた。
ちょっとしかいなくなってないが、ドラコはドラコで寂しかったのかもしれない。
「ああ、そうだ。リネア。こっちのお母さんの建物のことなんだがな……」
「はい?」
「カリンっていう食べ物屋を開いている子が、二号店目として使ってくれることになった」
「食べ物屋ですか! 買い物に行くのが今から楽しみです!」
「それで、オープンの目玉商品として俺のおやつを置きたい、って頼まれたんだ」
「ブルーノさんのおやつはとっっっっても美味しいですからね。きっと即完売ですよ」
「だから、早速おやつを作る。丁度時間も良い頃だし、もうちょっと子ども達を見といてくれないか?」
「もちろんですっ。ブルーノさんのおやつ楽しみです♪」
リネアが嬉しそうにちっちゃくジャンプした。
これだけ喜んでくれると、作り甲斐があるというものだ。
俺はエプロンを着けて、台所へと向かった。
——二十分後。
「よし、出来た。召し上がれ」
「うわー、なんなのだー、これは−?」
テーブルの上にお皿を置く。
その上には、カリン達にも作ってやったポテトスライスとダイガクイモだ。
「折角なんで、お母さん達もどうぞ召し上がってください」
「私は二回目なんですが、良いんですか?」
「もちろんです。何度でも食べてください」
「では……アクア、。あなた達も食べるわよー」
「「はーい!」」
子どもが三人もいるので、一瞬でお皿にあるおやつはなくなってしまった。
「美味しいのだー!」
「おいおい、ドラコ。口元にポテトスライスの欠片が付いてるぞ」
「もっとオカワリなのだー!」
「はいはい」
育ち盛りの子ども達には、これだけのおやつでは足りないみたいだ。
俺は台所とリビングを往復し、ポテトスライスとダイガクイモを作りまくった。
カリンから芋をたくさん貰っているので、いくら作っても大丈夫なのだ。
子ども達がテーブルに乗り出して、争うようにしておやつを口に入れていった。
「やれやれ。これだったら、カリンのお店に卸すポテトスライスが残らないよ……」
俺は腰に手を当て、ふうっと息を吐いた。




