104・おっさん、喧嘩するほど仲が良いと知る
「はあっ、はあっ……ほんとにイーリスは強情だね」
「そ、それはこっちの台詞です……」
十五分くらい口喧嘩していた二人であったが、やっと落ち着いてきたようだ。
お互い肩で息をしている。
ちなみに——十五分、口喧嘩をしても議論は平行線のままだった。
「あ、あの……」
タイミングを見計らって、俺は間に割って入るように声を出した。
「なんだい!」
「なんですかっ!」
キッと二人が揃って、俺を睨んだ。
「イーリスには言ってなかったが、そのボロボロの空き店舗は改築してキレイになってるんだ。だから、二人共気に入ってくれると思う」
「え……?」
イーリスが口を半開きにする。
「それは本当のことですか?」
「ああ、本当だ」
「私の記憶では、昨日まではボロボロのままだったと思いますが……」
ジーッとイーリスが俺の顔を見つめてきた。
イーリスもメガネをかけて地味な印象はあるものの、お人形さんみたいな美人だ。
そんな人に見つめられてるんだ。なんだか照れ臭くなって、視線を外してしまった。
それがいけなかったのだろう。
「……やっぱり嘘なんですか」
とイーリスに間違った誤解を与えてしまった。
「ち、違う——」
「カリン様。やはり時間の無駄です。二号店については、もっと慎重に考えましょう」
「なに、言ってんだい。元はといえば、あんたのために——」
「なにか言いました?」
「……っ! なんでもない! この分からず屋!」
「分からず屋なのはカリン様の方です!」
顔と顔を近付かせて、また喧嘩を再開してしまった二人。
「ああ! とりあえず、見に行きましょう! イーリスだって、見てもらえればきっと分かってくれるはずです!」
「ちょ、ちょっと……」
喧嘩している二人の首根っこをつかんで、ずるずると引きずっていく。
と、とりあえず、連れて行かないと話が進まない。
きっとイーリスも気に入ってくれるはずなんだ。
「ちょっと待ってください!」
お店から出て行く前。
急にイーリスがクルリと振り返って、
「こうしないと……」
とお店の入り口に『CLOSE』の札をぶら下げた。
◆ ◆
建物に向かう道中でも、
「いい加減、カリン様は考えるということを覚えるべきです!」
「あんたは頭でっかちで、行動することを覚えるべきなのさっ!」
という感じで、ずーっと口喧嘩をしていた。
その声が大きくて、周りの人達にジロジロ見られていたほどだ。
全く。仕方のない二人だ。
でも、それでもカリンもイーリスをクビにしないし、彼女もお店を辞めないので、なんだかんだで上手くいってるんだろう。
喧嘩するほど仲が良い、みたいな。
「ここです」
そうこうしているうちに、建物の前に到着。
「ほら、やっぱりお化け屋敷——って、えぇぇえええええ!」
その建物を見るなり、イーリスが目が飛び出るくらいにビックリして、前につんのめった。
「どうだ?」
「な、なんであのお化け屋敷がこんなキレイになっているんですかぁぁぁああああ!」
「改装したからな」
「いやいや、たった一日で出来る分けないじゃないですかぁぁああああああああ! 見違えるほど、キレイになってますよぉぉぉおおおお!」
とイーリスは叫びだし、建物内をグルグル回り出した。
「腐りそうな柱がしっかりしている……これだったら、崩れそうにないですね」
「場所は良いんです。中身が問題だったわけですが……これだったら、工事も最低限に済ませられるはず……」
「床も壁もとってもキレイで、清潔感あります。これだったら、お客さんも寄りついてくるはずです」
ブツブツ呟きながら、建物内を細かく内覧する。
一方カリンは、
「ほええー。良いところだね……」
と口にして、天井のあたりを見ていた。
「それで……どうなんだ? 気に入ってくれたか?」
「少々お待ちください。カリン様——」
「ふうん?」
イーリスがカリンを呼び、俺から少し離れたところで「ごにょごにょ」と相談を始めた。
——うまく話がまとまるといいんだけどな。
二人の様子を見て、心臓がバクバクになる。
どうして自分のためじゃないのに、ここまで真剣になれるんだろうか?
そう考えると、少しおかしい感じがした。
やがて。
「——前向きに話を進めさせていただきたいと思います」
イーリスの口から嬉しい言葉が飛び出した。
「ほ、本当か?」
「ええ。場所も良くて、中もキレイ。素晴らしい物件です。あとは細かい条件を聞いてから、検討しようかと」
「なに言ってんだい、イーリス! 今すぐ契約書に署名するのさ!」
「カリン様は黙っておいてください」
「んんん!」
イーリスがカリンの口を手で塞いだ。
「あ、ああ……! ちょっと待ってくれ。母親を呼んでくるから……!」
こんなにすぐに決まると思ってなかったから、件の母親には俺の家で待っててもらっているのだ。
俺は転けそうになりながら、慌てて外に飛び出す。
ふう。
それにしても、上手く決まりそうで良かった。
そう思いながら、俺は母親を呼びにいくため、街中を突っ走った。




