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103・おっさん、良い人に会う

 店改築するマンによって、生まれ変わった店内は、こぢんまりとしながらも清潔でシンプルな造りとなっていた。


「これが……本当に私の建物?」


 母親が信じられないような顔をして、店内の柱に手を置いた。


「ええ。紛れもなく、あなたの建物です」

「でも……あんなにボロボロだったのに」

「元々はこれだけのポテンシャルがあったのです」

「でも……」

「——心配しなくても大丈夫だ! ここは正真正銘、あなたの建物だから!」


 心配している母親の背中を、俺は後ろからポンと叩く。


 まあ一時間くらいで、お店の改築が終わってしまったらビックリするのは分かる。

 俺だって、最初は(あの時は家建てるマンだったが)その力に驚いたものであった。


「これだけキレイだったら、すぐに見つかりますよ」


 このお店を借りたい、っていう人をな。


 それでも、母親は不安そうな顔をして、


「本当に見つかるのでしょうか……今まで、誰もこのお店を借りてくれなかったのに」

「だって、今まで何人か中は見にきたんでしょう?」

「それはそうですが……」

「だったら心配する必要はない」


 そうネガティブな母親を元気づける。


 ふむ。

 しかし、折角なら良い人に借りて欲しいものだ。

 誰か借りてくれても、そいつが収める賃料を滞らせてしまったら、元も子もないからな。


「失礼ながら、おっさん様」

「はい?」

「誰か心当たりのある人はいるんですか?」

「心当たりのある人……ですか……」


 母親の問いかけに、俺は腕を組んで今までの交友関係を思い出した。

 俺が喫茶店を借りる時に、お世話になったバート不動産に助けを求めようか?


 いや、それよりも——。


「安心してください」


 一人、ピッタリな人が頭に思い浮かび、母親に向かって元気な声でこう続けた。


「とっても素敵な人に、一度ご紹介してみます」


 ◆ ◆


 俺は母親の店舗から出て、とある場所に向かった。

 その『とある場所』は、イノイックの中心に位置する。ここからそう遠くはない。


「ここだ」


『とある場所』の前に立って、声を出す。


 今、時刻は午後三時くらい。

 中途半端な時間のためか、少し店内は落ち着いているようであった。

 俺もイノイックでスローライフを始め、あの一件があってから、このお店には何度か足を運んでいる。


「ごめんくださーい」


 俺は扉を潜り、店内へと入った。


「おっ! おっさんじゃないか。今日はなにを買ってくれるんだい?」


 店内には——キャベツを片手に、獣人族のカリンがこちらに顔を向けた。


「いや、今日は買い物じゃないんだ」

「ん? それじゃあ、またあの美味しいワインを卸してくれるのかい?」


 カリンの耳がピーンと立つ。

 その『とある場所』とはカリンフード——。


 俺が農業を始め、収穫したぶどうでワインを作った時だ。

 折角だからどこかの店に卸そう、と思って訪れたのがここカリンフードであった。

 その時、悪徳商人と対決したり色々あってから、たまに家庭で採れた野菜を卸したりしている。もちろん、普通に買い物にも来てるがな。

(※45話・おっさん、ワインを卸す参照)


「すまん……最近忙しくて、ワインも作れてないんだ」

「なんだい……そうなのかい」


 カリンが見て分かるくらいに肩を落とした。

 あれから、何度か店に訪れて仲良くなっているので、こういう話し方が出来ている。


「ええ。ただ、今日は良い話を持ってきた」

「へえ?」


 カリンの目が丸くなる。


「カリン様? なにをしているんですか?」


 そうこうしているうちに、お店の奥からメガネをかけた従業員——イーリスが顔を出した。


「イーリス。久しぶり」

「お、おっ様、お久しぶりです」


 仰々しくイーリスが頭を下げた。

 おずおずとした様子であるが、言う時には雇い主であるカリンにももの申せる意志の強い子なんだ。


「カリンに話があって、今日は来たんだ」

「話……ですか?」

「それでそれで、良い話っていうのはなんなんだい?」

「ここじゃあ、なんですから、お二人は奥で話しておいてください。店内の接客は、私がやりますから」

「イーリス、悪いね!」

「いえいえ……」


 イーリスにも話しておきたいところだが、わざわざお店を閉めるわけにもいかない。

 店内にはまだ客も残っているしな。


 俺達はイーリスの言葉に甘えて、お店の奥——控え室へと向かった。


「それで……なんなんだい?」


 控え室のテーブルに対面するように座って、あらためて、カリンが俺に問いかけた。


「カリン。二号店目を出すつもりはないか?」

「もちろん、出したいと思っているさ。でも、なかなか良い空き店舗が見つからなくってね」


 カリンが肩をすくめる。


 そうなのだ。

 カリンが店舗数を増やして、もっと広く商売をやっていきたいと思っている——。

 ということを、少し小耳に挟んだことを覚えていたので、カリンに空き店舗の話を持ってきた、ということであった。


「それが……この近くに良い空き店舗があるんだ」

「それは本当かいっ?」


 ぐいっ、と首を伸ばすカリン。


「うん……場所はここからもう少し西に行ったところ。店内面積は、ここと一緒くらいかな? 中も改築したばっかでキレイ。人通りも多いと思う。どうだ?」

「それは良いところだね! 早速、見せてもらいたいよ!」


 カリンがテーブルから乗り出し、瞳をキラキラさせた。


「じゃあ——いつ見にくるか予定を……」

「なに言ってんだい。今から行くんだよ!」

「えっ、今から? まだお店は開いてるじゃないか」

「そんなもんはイーリスに任せておけば大丈夫だよ! そんなことよりも、早く行動しないと! そんなに良い場所だったら、他の人に決められるかもしれないだろう?」

「おっ、おお……そ、そうだな」


 前々から分かっていたが、このカリンという子は『考えて行動』というよりも『考える前に行動』する派だ。

 それは行動が早い、ということになり同時にそれでチャンスを逃してこなかったんだろう。


「ふふん♪」


 まだ俺が立ち上がらない間に、カリンはコートを羽織って外出の準備をしている。

 もう行く気満々だな……。

 まあ、俺の望む展開になっているし別にいっか。


 俺も立ち上がって、後に続こうとすると——。


「……カリン様。どこに行こうとしているんですか?」


 あっ、売り場の方からイーリスが戻ってきた。


「イーリスこそなにをしているんだい。お客さんは?」

「丁度、店内に一人もいなくなったので、様子を見にきたんです。どこかへお出かけするつもりですか?」

「うん! イーリスにも二店舗目の話はしてただろ?」

「はい」

「それで、おっさんが良い空き店舗を紹介してくれるって言うんだい! だから、今からアタイはそこを見てくる!」

「ほお……」


 イーリスのメガネのレンズがピカーンと光った。


「おっさん様。その空き店舗とはどこに?」

「え、えーっと……ここから少し西に行ったところに……」


 クイッとメガネを上げ、鋭い眼光を向けてきたので、ついつい臆してしまう。


「西に? もしかして、あのボロボロのところじゃないですか?」

「あっ、おそらくそこだ」


 まあ今は改築して、見違えるようになってるけど。


「——! おっさん様、あんなところ紹介するつもりなんですかっ? あそこは近所の子どもから『お化け屋敷』とも言われていることも、おっさん様なら知ってるでしょう?」

「そうだったのか!」


 いや、確かに改築前の外観はそんな感じだったけど!


「イーリス! 折角、おっさんが紹介してくれているのに、そういう言い方はないだろ?」

「なにを言っていますか、カリン様。それにカリン様は、行動する前にもう少し考えるべきです!」

「そんなことしたら、チャンスを逃すかもしれないじゃないか!」

「それで失敗したことも、今まで何度もあったでしょう?」


 ……二人が言い争いを始めた。


 そうなのだ。

 時にはカリンのやることが暴走になることもある。それを止めるのが、従業のイーリスといった構図だ。この二人だからこそ、カリンフードはこれだけ繁盛している。


「まいったな……」


 二人が口喧嘩しているのを見て、俺は頭を掻くのであった。

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