102・おっさん、人助けをする
「実は……」
「立ち話もなんなんで、中に入りませんか?」
そう言って、中に招き入れる。
俺と母親が話している間、ドラコと子ども達で遊ばせておいた。
その母親の話いわく。
最近、おばあちゃんが亡くなってしまったとのこと。
それで、空いていた店舗用の建築物で相続することになった。
しかし、今まで空き店舗だったところが、いきなり埋まるわけでもなく、困った状況がかれこれ一年近く続いているらしい。
「市街地に建物を建てると、税金もかかりますし……こうなってくると、もういっそのこと手放した方がいいんじゃないかと」
「なるほど。でもその口ぶりじゃ、お母さんはまだ手放したくないと思っていそうですね」
母親が口を閉じてコクリと頷く。
「主人からはそう言われているんですけどね。けど、やはり私のお母さんから相続した建物です。昔は店子さんも入ってくれて、賑わっていたんですけどね。簡単に割り切って手放せるはずもなく、ずるずるとここまでいっちゃって……」
「うんうん。分かります」
俺は母親の話に同意してあげる。
——俺は今まで勇者パーティーの一員として、世界中を歩き回っていた。
そのせいで、世間知らずな部分もある(勇者ジェイクほどじゃないと思うが)。
それでも、相続というものは税金のこともあり、色々と頭を悩ます種になると聞いたことがある。
「ブルーノさん……」
リネアが意味ありげな視線を向けてきた。
リネアの考えていることは分かる。
——なんとかして、この人を助けることは出来ないか?
もちろん、この人とは今日会ったばかりだし、助ける義理はどこにもないように思う。
しかし……どうしても、困っている人を見ると見過ごせないというか。
「とりあえず……その建物っていうのを見に行ってもいいですか?」
頭を掻きながら、母親に尋ねてみた。
すると母親は不思議そうに目をクリクリさせて、
「あっ、はい? でもどうして……」
「うーん、もしよさそうなところだったら、他の人にも紹介してみようかなって」
「ホ、ホントですかっ?」
身を乗り出し、目を輝かせる母親。
「ぜ、是非お願いします! そういうことでしたら、いくらでもご覧ください!」
「それじゃあ、早速見させてもらうよ。リネア、一緒に行こうか」
「はいっ!」
「ドラママ。ドラコと子ども達の世話をここで頼めるかな」
一緒になって遊んでいるドラママに頼む。
「ククク……神竜である我が子どもの世話か」
「嫌か?」
「嫌ではない。子どもは好きだからな」
そう言って、ドラママは子ども達と積み木遊びを再開していた。
ドラママに任せておけば、子ども達は心配いらないだろう。
「じゃあ行きましょうか」
立ち上がって、家を後にする。
それにしても……見切り発車すぎたか?
俺にはどうしようもならない問題かもしれないのに?
いや、だからといって困っている人を見過ごすわけにもいかない。
大事なのは『俺がそうしたい』と思ったからだ。
損得なんてものは考えない。
そう、これもまさにスローライフそのものだろう。
というようなことを考えながら、話にあった建物へと向かった。
子ども達の母親が言っている建物は、街の中心に位置していた。
基本的に人が賑わっているところほど、税金が高くなるので、店子が入ってなければ結構苦しいのではないだろうか?
「こちらです……」
母親に言われるがまま、俺とリネアは建物に足を踏み入れた。
一歩歩くたびに、灰色の埃が宙に舞った。
ボロボロな内装は今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
——これはひどいな。
言葉には出さないものの、俺は心の内でそう思った。
「失礼ですが、今までここを内見した人は……?」
「はい。四、五人ほどいるのですが……中を見た瞬間にしかめっ面をしまして」
当たり前だ。
これだったら折角興味がありそうな人に対しても、建物の良さをアピール出来ないだろう。
「ははは。分かっているんですよ……こんな汚いところ、みんな決めてくれませんよね」
自嘲気味に母親が笑った。
「掃除しましょう! 私、手伝いますからっ!」
リネアが拳を作って、フンッと息を出して言う。
「いえ……建物が老朽化しているせいか、いくら掃除をしてもすぐにこんな状態になってしまうんですよ。掃除しても掃除しても埃が出てきて……改築しようにも、そのためのお金もありません。一体どうすれば……」
母親の声がだんだん小さくなっていく。
この建物の問題点なんて俺が指摘する前に、母親は自覚しているのだろう。
「だが——キレイにしたら、なんとかなりそうな気はするな」
建物の中を歩きながら、俺はそう口にする。
実際、建物自体は街のど真ん中に位置しているのである。
当然人も多いため、お店を開くとなったらもってこいの場所であろう。
店内は決して広くないが、アイテムショップくらいなら十分な広さであった。
「ブルーノさん……」
困り顔でリネアがこちらを向く。
彼女の顔を見ているだけで、なにを考えているか分かった。
「ああ、分かった分かった——俺がなんとかしてやるよ」
そう言うと、リネアがパッと表情を明るくさせた。
「お母さん。この建物、俺の方に任せてくれないですか?」
「えっ」
「まずは中身をキレイにします。あなたの悩み事、俺が解決しますよ」
……言ってみてなんだが、かなりカッコ付けてるし、取り返しの付かないことをしてしまった感がある。
だが、母親は俺の手をギュッと握って、
「そ、それは本当ですか!」
顔を近付けてきた。
「え、ええ……それでも良かったら」
「で、でも……どうして、私なんかのために? 失礼ですが、今日会ったばかりなのに……それに十分な報酬もあげられないかもしれませんが……」
「ああ。報酬については心配しなくてもいいですよ。いりませんから」
「そんなの! いくらなんでも申し訳なさ過ぎます!」
「それだったら、金額はそちらで決めてもらって結構です。あなたが負担にならないくらいのお金で十分ですから……」
それで母親がすっきりするって言うなら十分だ。
「それと……出来ればお子さんがドラコ——家にいた子どもですが——あの子と友達になっていただきたい。もちろん、無理にとは言いませんが……」
「それなら、いくらでも!」
うん、話がまとまった。
かなりトントン拍子に話が進んでしまった。
だが、困っている人を見過ごすわけにはいかない。
ここで「あっ、頑張ってくださいね」と去ったら、きっとリネアに後で怒られてしまうだろう。
それに——農業も上手くいき、家も建てて手持ち無沙汰になっていたのだ。
丁度良かったかもしれない。
「ではとりあえず、中をキレイにさせてもらいます。あっ、基本的なところは変えませんので安心してください。古くなっている柱とかを入れ替えるだけです」
「それはとてもありがたいのですが……でも、かなり大変なのでは?」
「いえ」
俺は「建物改築したいなー」と強く願う。
すると。
「こいつ等に任せますんで」
お馴染み、家建てるマン——ではなく『店改築するマン』がポンポンと足下に出現した。
「いけ、店改築するマンよ。店を改築するのだ」
「改築するマン! 改築するマン!」
一時間くらいして。
お店の改築が完了したのであった。




