101・おっさん、美味しいごはんを食べる
「ただいま」
ディックとの薬草摘みも終えて、自分の家に戻ってきた。
「おかえりなさい!」
リネアが台所の方から、タッタッタと駆け寄ってくる。
緑色のエプロンを身につけており、それが彼女に似合っており可憐であった。
「留守中になんかあったか?」
「いえ、なにもありませんっ。ブルーノさんがいない間、しっかりお留守番してたんですからね!」
握り拳を作るリネア。
モンスターがいる森や洞窟から離れているので大丈夫だと思うが、やはりリネアを危険に晒すことは極力避けたい。
それに、モンスター絡みじゃなくても突然の来訪者というパターンもあるしな。
「それにしても……」
「どうかしましたか、ブルーノさん」
「いや……なんか俺達夫婦みたいだなって」
「えっ……」
リネアが目を丸くして、動きを止める。
……って俺、いきなりなに言ってんだ!
こんなこといきなり言ったら、リネアが変に思うのも仕方がないだろうが。
「ん、いや……なんか、俺が働きに出て、リネアが家で帰りを待ってくれるってのも、なんか良いなあって思って……特に深い意味はないんだ」
リネアとは特別な関係にもなっているし、一体今更俺はなにを慌てているんだ。
おっさんになっても、心は子どものままなのだ。
「ブルーノさん……わたし、嬉しいですっ!」
「ん?」
「ブルーノさんにそう言ってもらえるなんて私……とっても嬉しくって……」
胸の前で手を組むリネア。
まるで大事ななにかを守るような仕草である。
「リネア……」
導かれるようにして、リネアの両肩を握る。
そしてゆっくりと顔を近付け——、
「おーい、我と子どもがいる前でいちゃいちゃするんじゃないぞ」
「おとーさまとおかーさま、ラブラブなのだー!」
二人——ドラコとドラママのそんな声が聞こえ、ハッと我に返る。
「うおっ! 二人共、いつからそこにいたんだ?」
「最初から我達はここにいたぞ?」
「おねーちゃんと遊んでもらっていたのだー!」
ドラママの膝の上に乗って、嬉しそうに笑っているドラコ。
……そうだった。
しばらく、二人に関しては住む家がないので、俺達と同居してもらうことになったのだ。
また落ち着いたら、家建てるマンと一緒に作ってあげようと思っていたけど、なかなか手を付けられないでいる。
「そんなことよりも、わたしはお腹が空いたのだー!」
ドラコが立ち上がって、お腹を押さえる。
ぐ〜。
そんな間抜けな音も同時に聞こえてきた。
「おお、もうお昼ご飯の時間だしな。リネア。頼んでいたことは出来ているか?」
「もちろんですっ!」
リネアが元気よく言って、台所へと消えていった。
そして、程なくして……。
「はい! おまちどおさま!」
食卓にご飯が入ったお椀が並べられた。
とはいっても、今日はただの白ご飯じゃない。
「ほう? 人族はこんなものを食べるのか?」
「美味しそうなのだー!」
ドラママが珍しそうに、ドラコがヨダレを垂らしてそのご飯を見る。
「これはキノコの炊き込みご飯ってヤツだ。みんな、美味しく食べてくれ」
「美味しく炊けてたら嬉しいですっ! 私が作ったんですからね!」
リネアが「どうだー」とばかりに胸を張った。
今朝、家を出る前に頼んでいたことはこのことなのである。
うん、ここからでもキノコの香りが鼻に届いてきて、食欲をそそられた。
「いただきます!」
みんなと手を合わせて、キノコご飯を食す。
やはり上手く炊けているな。
リネア。最初は料理(というか家事全般)がそこまで得意じゃなかったのに、少しずつ成長していってるじゃないか。
ご飯のほくほく感にキノコの旨味が染み渡っている。
何杯でもお代わり出来そうだ。
「ブルーノさん、どうですか?」
「美味しいよ、リネア。成長したな」
よしよしと頭を撫でてあげる。
「もっと、もっと褒めてください〜」
とリネアが嬉しそうな表情を浮かべ、頭をグイグイと近付けてきた。
——薬草を摘んだ後、お昼はみんなで楽しくキノコご飯を食べる。
「うーん……これぞまさにスローライフ!」
最近慌ただしかったので、こういう当たり前の日常を送れることがあまりにも嬉しい。
それにしても、本当に上手く炊けている。
若い時に比べて食欲は落ちたが、それでも胃袋がご飯を求めてる!
そんなわけで……お代わりしようと、お椀を持って立ち上がった時。
「ごめんくださーい」
玄関の方から、そんな声が聞こえてきた。
「はーい? どなたさまですかー?」
来訪者なんて珍しいな。
一旦、お椀を置いて玄関の扉を開けに行った。
すると……。
「あっ、さっきの男の子と女の子!」
薬草で膝を治してあげた女の子。それに付きそう男の子。
さらには——それを連れた、三十代くらいの女性が玄関の前に立っていた。
「あなたが……街で噂になっている英雄おっさん様でしょうか?」
「英雄かそうじゃないかはともかく……一応、おっさんとして通っていますね」
「おお……やはり」
女性はそう言うと、膝に頭が付きそうなくらい頭を下げて、
「森ではアクアを助けていただいてありがとうございました! いきなりで失礼かとは思いますが、一言お礼を申し上げたくて、訪ねさせていただきました!」
「……ああ! もしかして、その男の子と女の子のお母さん?」
女性は顔を上げ、もう一度コクリと首を縦に動かした。
「いえいえ、たまたま見かけたものですから。それにしても、どうして俺がやったことって分かったんですか?」
「アルフィーから聞かせてもらったのです。薬草を雑巾みたいに搾っただけで、アクアの傷が完治したと。そのようなことをやれるのは、数々の奇跡をなしたおっさん様しかいないと思いまして……」
奇跡って大袈裟だなあ。
確かに、少々過度に効果が出たかもしれないけど。
「それでお話を聞き、どうやら街の外れで家を構えて住んでらっしゃる……と」
「だからこの場所が分かったんですね」
納得。
まあこの家の場所は、イノイック市長にも届け出てるし、一般的に知られれてもおかしい話ではない。
「これは少しばかりのお礼です」
女性……アルフィー(男の子?)とアクア(女の子?)の母親は、果物が入ったバスケットを差し出してきた。
「家庭菜園で育てている果物です。どうかお受け取りください」
「えーっ! 良いですよ! 俺、大したことしてないのに」
「いえいえ。こうでもしないと、私の気が収まりません」
「だったら……」
母親から果物を受け取る。
それにしても、家庭菜園なんて……気が合うな。同じ農業仲間として、果物の育て方とか聞こうかな。
バスケットに入った果物を見て、そんなことを考えていると、
「ほら! アルフィーとアクアもありがとう言いなさい!」
「「おっちゃん、ありがとう!」」
「どういたしまして」
子どもが声を揃えて、笑顔でお礼を言ってくれる。
この顔を見られて、美味しそうな果物が手に入っただけでも、なにげない人助けをして良かったなと感じた。
「…………」
「ん?」
人助けって気持ちいいな、と思っていたからかもしれない。
母親の表情が曇っているように見えた。
いや、表面上は和やかな顔をしている。
しかし問題事を抱えて、なにか悩んでいるような……そんな印象を抱いたのだ。
「どうしました? なにかお困り事でも?」
「!」
そう訪ねると、母親はハッと目を見開いて、
「やはりおっさん様はすごいですね。私の顔を見ただけで、全てお見通しですか」
「それは大袈裟かもしれないけど……もし良かったら、なにか悩みがあったら聞きましょうか? 力になれるかもしれませんし?」
尋ねると、一瞬母親は迷っているような表情を見せたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「実は……」




