99・おっさん、家族が増える
それからの話。
ジョジゼルが倒されたことによって、モンスター軍はとぼとぼとイノイックから去っていった。
『もう二度とこの街には近付きません』
とジョジゼルから言質も取った。
これで最近みたいに凶悪なモンスターがイノイックに近付いてくる——ということはなくなるだろう。
それから、イノイックはまた平和な街並みに戻っている。
ちなみに市壁はそのままだ。
なにかの間違いで——例えばドラゴンなんか通り過ぎた時、この市壁があった方がなにかと便利だからだ。
そういうわけで——。
今回の『イノイック防衛戦事件』は幕を閉じたのであった。
しかし俺達にはもう一つ重大な問題がある。
「みんなに集まってもらったのはほかでもない」
ディックの家にリネア、ディック、マリーちゃんを集めて、俺達は会議を開くことにした。
テーブルの前に座っているみんなに対して、俺は立ち上がり今日の議題を告げる。
「ドラコとドラママ、どうするか問題だ」
——そうなのだ。
防衛のことがあって後回しにしていたが、ドラコは元々ドラママの子どもなのである。
そしてドラママもドラコと一緒にいたい、と考えている。
それについて、リネアとディックは「うーん……」と腕を組み、
「難しい問題だよな……だけど、やっぱりそのドラママって人? 神竜? のところに戻した方がいいんじゃないか?」
そう意見を出すのはディックである。
「私はドラコちゃんともっと一緒にいたいです……ドラコちゃんは、私とブルーノさんの間に出来た子どものように思えて……簡単にお別れ出来ません」
絞り出すようにして言うリネア。
「そういうわけにはいかないだろ」
ディックが冷静に反論する。
「で、でも!」
「だって、ドラコにとってドラママが本当のママなんだぜ? ドラママも必死になくしてしまった卵を探したみたいだし。それを横取りするなんて、間違っているんじゃないか?」
「それもそうですが……私も分かっているんです! でも! ドラコちゃんと離ればなれになりたくない……なりたくないんです……!」
「リネア……!」
リネアの瞳には涙が浮かんでいた。
リネアも頭では理解している。ドラコはドラママのところへ戻るのが筋だと。
でも理屈で「ああ、そうですか。分かりました」と理解出来るなら、苦労はしない。
「でも、リネアさんの言っていることも分かるんだ。ドラコはおっさん達にもう懐いてるんだろ?」
リネアの顔を直視出来なかったのか、ディックが俺に顔を向け助けを求める。
「そうだな……」
「となると、ドラコもドラママのところに戻る……ってのが本当の幸せかどうか分からないんだ」
「でも、本当のママはドラママだ。この事実は変えられない」
「それもそうだが……」
再び場は沈黙になってしまった。
みんな分かっているんだ。
でも、みんなドラコの幸せを第一にして考えていることは間違いないだろう。
リネアだって、ワガママは言うもののドラコの幸せを願っている。
「育ての親か……産みの親か……」
結婚には縁がない俺が、まさかこんなことで頭を悩ますとは思っていなかった。
難しい問題である。
もちろん、俺もドラコと一緒にいたいんだが……。
「…………」
「ん? マリーちゃん、どうしたの?」
さっきから、マリーちゃんがなにかを言いたそうに口をモゴモゴとさせている。
「さっきから気になっていたの」
「なにが?」
「マリーね。どうしておっちゃん達が悩んでいるか分からないの」
そう切り出して、マリーちゃんは本当になにもなさそうにこう続けたのだ。
「——おとーさんや、おかーさんが二人いちゃダメなの?」
「え……?」
一瞬、マリーちゃんがなにを言ったか分からず、聞き返してしまう。
「マリーのおとーさんとおかーさんは、マリー達がちっちゃい頃に死んでしまったの。他のおともだちがおとーさんと遊んでいる時、マリーはお兄ちゃんと遊んでた。おかーさんと美味しい料理を食べてる時、マリー達は日替わりで料理当番をしてた」
「…………」
「だから思うの。おとーさんもおかーさんもいっぱいいて欲しい。二人でも三人でも四人でも——それがマリーのおとーさんやおかーさんに代わりなかったら、それで良いと思うの。それが幸せだと思う」
「マリーちゃん……」
マリーちゃんの言葉を聞いて、目から鱗が出るような感覚を覚える。
「ディックもそう思うか?」
「ん? ま、まあ……やっぱり親がいるヤツは羨ましいよ。昔からマリーと二人で過ごしていたんだからな」
ディックが照れ臭そうに鼻をかいた。
おとーさんや、おかーさんが二人いちゃダメなの?
うん、ダメなわけない。
だって——『楽しい』はいっぱいあった方が良いに決まっているからだ。
「リネア。ドラコのところに行くぞ」
「……はい!」
俺達は答えを見つけ、ディックの家を後にした。
それが正しいのか間違っているのか分からない。
でも——最善だと思うから。
◆ ◆
「ドラコもドラママも一緒にここで住めよ」
二人のところに行って。
俺はそう提案した。
「我がこんな田舎村に?」
「ああ。嫌か? そりゃ王都に比べてなにもないかもしれないが、その分自然がある。人達の優しさがある。きっとドラママも気に入ってくれると思うんだ」
そう続けると、ドラママは「ククク……」と顔を手で覆い隠して、
「神竜である我が人里で生活するというのか……我も堕ちたものだな」
「やっぱり嫌なのか?」
「いや——それも面白い」
「良かった……」
リネアがほっと息を吐き、胸をなで下ろす。
正直、ドラママが「嫌だ!」と言ったらまた話が振り出しに戻ってしまっていたのだ。
ドラママが頷いてくれて本当に良かった。
「それに、どちらにせよ我は人里離れたところで暮らしていた。今更、田舎だろうがなんだろうが気になるものでもない」
「そう言ってくれて助かるよ」
さて。
後は……ドラコだ。
「ドラコ」
「ん?」
俺はドラコの目線まで屈み、しっかりと目を見た。
「ドラコは、このお姉ちゃんと一緒に暮らすのは嫌か?」
「嫌じゃないのだー! 遊び相手がいっぱいいた方が良いに決まっているのだー!」
「ドラコならそう言ってくれると思っていたよ」
しばらくは、ドラコとドラママは俺達の家で暮らしてもらうとしよう。
なんせ、新居を造ったばかりなのだ。
今更、住民が一人や二人増えたところでどうってことない。
「ドラコ……お前の本当のおかーさんはな……」
「ん? なんなのだ?」
「……いや、なんでもない」
ドラママが本当の親であることは、今のドラコには隠しておこう。
もっとドラコが大人になって、物事を理解してくれるようになってから。
ゆっくり明かしてもいいはずだ。
俺達には時間がたっぷり残されている。
だって……。
「うーん、これぞまさにスローライフ!」
腰に手を当て、青空に向かって声を出す。
最近慌ただしかったが、これでやっとスローライフな日常に戻ることが出来る。
緑豊かな自然の風景を見て、そうしみじみと思うのであった。