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98・おっさん、戦いに終止符をうつ

「さて……どうしたものか……」


 とりあえず、市壁の前で倒れていた褐色美女を捕縛することにした。

 正体が知れないので、縄でぐるぐる巻きにして、みんなの方へ連れて行く。


 やがて——そこまで時間は経ってないと思うが、むくっと褐色美女は上半身を起こし、


「こ、ここはどこだっ?」


 とキョロキョロと辺りを見渡した。


 どうでもいいことであるが、顔を左右に動かすたびに、連動して頭の猫耳が動くようになっているらしい。


「気が付いたか」

「にゃ?」


 褐色美女が目を丸くして、こちらを向いた。

 よく見ると黄土色の瞳をしている。俺を見て、黒目が大きくなったり細くなったりした。


「ここはどこだ! ど、どうして私は縛られているっ?」


 ようやく気が付いたのか、褐色美女が縄を解こうともがく。


「もしかして……お前の趣味かっ!」


 こいつ、とんでもないことを言ってくれる。


「俺の趣味じゃない」

「そうですよ! ブルーノさんは()の方でも、そんな乱暴なことしないんですからね!」

「リネア、黙ろうか」


 リネアが変なことを口走ったために、周囲から羨ましそうな視線を浴びせられる。


 うむ。

 正直、悪い気はしない。


「お前の正体が分からないから、こうやって縛らせてもらうのは当たり前だ。お前は一体——」

「私の正体っ? ふふふ、よく見ればここはイノイックではないか!」


 褐色美女はなにかに気付き、邪悪な笑いを零した。


「我が名は魔族ジョジゼル! そして、お前はよくよく見ればすろーらいふなる奇っ怪な術を使う男だな! わざわざ、イノイックの中まで私を招き入れるとは——作戦通りだ!」

「なっ!」


 周囲に緊張が走る。


 ジョジゼル。

 戦争を仕掛けてきた魔族の名だ。

 俺は勝手にジョジゼルのことを、もっと触手とか何本も生えている禍々しい存在だと思っていた。


 しかし……なんだろう。

 目の前の『ジョジゼル』を名乗る褐色美女は、完全な人型でモンスターだと言われても信じられなかった。


「手紙の返事を貰った時は、どうなることかと思ったが……結果オーライ……全て作戦通りと言われれば作戦通りな気もするのだ!」

「こ、こいつ……」


 あのヘンテコで不気味でしかない手紙のことも知ってやがる!


「お、おい! あの訳の分からない手紙を送りつけてきたのはお前か?」

「いかにも私だ……ん? 訳の分からないとはどういうことだ?」

「あんな、怪しさしかない手紙。最近、王都とかで流行ってるらしい『迷惑手紙』だと思ったぞ」

「なっ……! 私の手紙が怪しい……だと? 可愛くて、悶えただろうが! 人間の男は顔文字とかが好きなのは調べが付いているぞ!」

「可愛い女の子から貰えばなっ!」


 魔族やモンスターからあの手紙を貰っても、なんら嬉しくはない。


「成る程……ブルーノさんは顔文字が好きなんですか……」


 おい、リネアよ。

 こんな時になにを後ろでメモしているんだ。


「どちらにせよ、飛んで火に入る夏の虫とはこのことなんだな」


 ずいっとギルマスが、ジョジゼル(自称)の方へ足を踏み出す。


「むっ……そのでかい腹。まさか我が同胞のオーク?」

「ボクをオークなんかと一緒にするんじゃないんだな。お前、そんな縛られた状態でなにが出来ると思っている?」


 ギルマスがでかい体をして、ジョジゼルを見下す。

 ジョジゼルの三倍くらいの体積をして見下ろせば、彼女もちょっとは圧を感じるはず。


 だが、ジョジゼルは全く物怖じせず。


「ふんっ。こんな縛り。私には関係ないわ」


 そうジョジゼルは口にして、


 ぶちっ。

 なんと縄を力尽くで内側から千切ってしまったのである。


「なっ……! その縄は簡単には千切れない特別製のものだぞ! なんでそんな簡単に千切れるんだ!」


 飄々(ひょうひょう)と立ち上がり、腕なんか回したりしているジョジゼルを見て、ギルマスが慌てる。


 確かに——ギルマスの言った通り、ジョジゼルを縛った縄はただの縄ではない。

 ドラゴンのひげから作られたかなり高級で丈夫な縄なのである。

 ポイズンベアのような怪力が百体集まって綱引きをしても、びくともしないと言われている。


「はっ! 冗談を言うな。砂糖菓子だと思うくらい、脆かったぞ!」


 ジョジゼルが平然として言う。

 そして拳をポキポキとならしながら、ギルマスと距離を詰める。


「そこのおっさんの趣味かなんなのか知らないが、うら若き乙女を縛った大罪……高く付くぞ! ククク……この街を今から焼け野原にしてやるわ!」


 腕を広げ、ジョジゼルは体から邪気を奔流ほんりゅうさせる。

 その邪気だけで、周囲の冒険者はガタガタと震え出した。


 ——勝てない。


 そう直感で感じていたんだろう。


「お、おっさん神よ……ど、どうして、お前は普通に立ってられ……る?」


 震え、地面に膝を付いてしまったギルマスが俺に問いかけてくる。


「ん? 俺か? まあおっさんともなれば、色々と経験してるんだよ」

「なんの経験だ」

「うーん、ドラゴンとかに立ち向かった経験とか?」

「な、なにっ! そんな経験が、ある……と、いうのか……」


 最近では神竜なんかとも戦ったりしてたしな。

 というか、一応勇者パーティーの雑用係をしていたので、凶悪なモンスターを見る気配は多かった。

 そのせいで感覚が麻痺しちまってる。



「ふわぁ……一体、なんの騒ぎなんだ」



 と——剣呑けんのんな雰囲気にはあまりにも似合わない、間延びした声が後ろから聞こえてきた。

 俺、冒険者、ジョジゼルといった面々が一斉にそちらの方を向く。


「ドラママ!」


 白髪で女神のような容姿をした美女。

 ドラママが欠伸を噛み殺しながら、悠々とこちらに向かって歩いてきた。


「一体今までなにしてたんだっ?」

「寝てた」

「ね、寝てたあ? 今日、防衛戦があるのは知ってただろ?」

「むっ、我は朝に弱いのだ。朝からそんな大声を出すのは止めてくれ……」


 ドラママが耳を押さえる。


 ——朝っていうけど、もう立派なお昼間なんですが!


「一体、なにをごちゃごちゃ言っている」


 とジョジゼルがイライラして、貧乏揺すりを始めている。


「むっ……そいつはなんだ?」


 ドラママも怯まず、ジョジゼルを指差した。


「ああ……そいつは全ての元凶。お前を悪意に染めていた魔法をかけていた張本人……お前の体を一時的に乗っ取ったヤツでもある魔族のジョジゼルだ」

「なぬっ! こいつがそうだったのか!」


 俺からの情報を聞いて、ドラママも声に怒気を含ませる。


「お前等はなにを言い合っているんだ。私は人間なんかに洗脳魔法をかけた記憶はないぞ」

「そうか、そうか……お前が……」

「一体なにを?」


 ジリジリとドラママがジョジゼルとの距離を詰める。

 彼女の考えが読めないのか、ジョジゼルもそれに合わせて後退した。



「……神の息吹(ゴッドブレス)!」



 そして、唐突にドラママがその小さな口を開けた。


 すると——ドラママの口から黄金色の息吹が、ジョジゼルに向かって噴射される。


「ぬおっ!」


 為す術泣く、神の息吹(ゴッドブレス)に包まれるジョジゼル。

 この技は、木々や草達を一瞬にして消滅させてしまう恐ろしいものである。


 初めてドラママと逢った時、俺はこの技に苦しめられた。

 ……苦しめられたような気がする。


「うぉぉおおおおおおおおおお!」


 ジョジゼルが絶叫する。


 そして、やがてドラママが息吹きを吐き終わった時には、



「な、なんだ、この技は……鋼の防御力を持つ、私の体が、ボロボロに……がっ!」



 服や髪がチリチリになっているジョジゼルの姿が残っていた。

 ジョジゼルはふらふらと何歩か前進し、俺のところで前のめりになって倒れた。


「おーい、死んでないかー?」


 つんつんとジョジゼルの頭を突いてみる。


「こ、これごときで、私が死ぬわけがなか……ろう」

「さすがだな」


 おそらく、ジョジゼルでなければドラママの攻撃によって、消し炭残さず消滅していたに違いない。

 それなのに、この程度で済んでいるのはさすが魔族といったところか。


「い、一体この攻撃は……?」

「お前がくらった攻撃は神の息吹(ゴッドブレス)というものだ」

神の息吹(ゴッドブレス)だと……! あの神竜だけが使えるとされる、奇跡の息……! どうして、そんなものが、一介の女性なんかに……使える……!」

「ん? ドラママのことか。まあ……色々あるんだ」


 神竜であることをバラしてもよかったが、他の人達の目もあるので隠しておく。

 神竜がいるとなったら、パニックになっちまうからな!


「その女も、お前の……パーティー仲間といったところか……?」

「まあそんなところだ。それでジョジゼル——お前、こうなってもまだ戦うつもりか?」

「ん……」


 そう問いかけると、ジョジゼルは徐に周囲を見渡した。


 俺以外にも屈強な冒険者達。

 さらにジョジゼルを一瞬でこんな状況にしてしまったドラママ。

 外からの加勢は、市壁があるために期待出来ない。


「…………」


 ひとしきり、なにかを考えているご様子のジョジゼル。


 やがて——。



「て、撤退します……」



 よぼよぼと立ち上がり、そのままジョジゼルは消えていった。

 大量のモンスターがいる軍を引き連れて——。



 そんなわけで。

 あっさりとイノイック防衛戦は俺達の勝利で幕を閉じたのである。

『「100人束になってもあなたでは勇者に勝てない」と寝取られた婚約者に言われたので、100億人の俺と復讐しに行くことにしました』

という短編書かせていただきました。

この話とはまた雰囲気が違うものですが、よろしければ作者ページから読んでいただけると嬉しいです!

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