表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
また食べたいが止まらない異世界食堂  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

第1話:はじまりは、空腹だった


 腹が、痛い。


 きゅう、と内側からねじられるような感覚。

 何も入っていない胃が、存在を主張してくる。


 ——腹、減った。


 その一言しか浮かばない。


 気づけば、知らない森の中にいた。

 さっきまで、何をしていたのかも曖昧だ。


 ただひとつ、はっきりしているのは。


 とにかく、腹が減っている。


 足取りは重く、視界はぼやける。

 木々の隙間から差し込む光が、やけに白い。


 どれくらい歩いたのかもわからない。


 そのとき——


「……大丈夫?」


 声がした。


 振り向くと、小さな少女が立っていた。

 籠を抱え、こちらを覗き込んでいる。


「顔、真っ青だよ」


 答えようとしたが、声が出ない。

 代わりに、腹が鳴った。


 ぐぅぅ……と、間抜けな音。


 少女は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「お腹、空いてるんだね」


 否定する余裕もない。


 少女は少し考えてから、籠の中を探る。

 そして、布に包まれた何かを取り出した。


「これ、まだ温かいから」


 差し出されたのは、木の器だった。

 中には、湯気を立てるスープ。


 それと、少し硬そうなパンがひとつ。


 鼻をくすぐる匂い。


 草のような、でもどこか甘い香り。

 素朴で、強すぎない、やさしい匂い。


 手が震える。


「……いいの?」


「うん。食べて」


 もう遠慮する余裕なんてなかった。


 スプーンを掴む。

 少し乱暴なくらいの勢いで、スープをすくう。


 湯気が、ふわりと立ちのぼる。


 口に運ぶ。


 ——その瞬間。


 じゅわ、と広がった。


 温かさが、まず来る。

 冷えきっていた体の内側に、じんわりと染み込んでいく。


 次に、塩気。


 強くない。

 けれど確かに、舌に触れて、輪郭を作る。


 そして、遅れてくる甘み。


 野菜だろうか。

 煮込まれて、角が取れた、丸い甘さ。


 飲み込んだあとも、余韻が残る。


 ほっとする。


 ああ、これ——生きてる味だ。


 気づけば、息を吐いていた。


 次の一口を、自然と求める。


 スプーンが止まらない。


 胃が、驚いたように受け入れていく。

 空っぽだった場所に、じわじわと満たされていく感覚。


 パンに手を伸ばす。


 見た目は、少し硬そうだ。


 そのままかじる——


 ごつっ、とした歯ごたえ。

 外側はしっかりしている。


 けれど、中は意外とやわらかい。


 噛むほどに、小麦の味が出る。

 ほんのりとした甘さ。


 けれど、乾いている。


 だから——


 スープに浸す。


 じわ、と液体を吸い込んでいく。


 少し待つ。


 それを、口に運ぶ。


 ——ふわっ。


 さっきまでの硬さが嘘みたいにほどける。

 スープを吸った部分が、舌の上で崩れる。


 じゅわ、と染み出す旨み。


 パンの甘みと、スープの塩気。

 それが、口の中でひとつになる。


「……うま……」


 思わず、声が漏れた。


 止まらない。


 スープを飲む。

 パンを浸す。

 また飲む。


 ただそれだけの繰り返しなのに、

 一口ごとに、体が軽くなっていく。


 視界が、少しずつはっきりしてくる。


 音が戻る。

 風の音。葉の揺れる音。


 そして、自分が食べている音。


 ごくり。

 はむ。

 じゅわ。


 全部がやけに鮮明だ。


 気づけば、器は空になっていた。


 最後の一滴まで、残さず飲み干していた。


 しばらく、何も言えなかった。


 ただ、手の中の空の器を見つめる。


 それから、ゆっくりと顔を上げた。


「……ありがとう」


 少女は、にこっと笑った。


「どういたしまして」


 その笑顔を見た瞬間、理解した。


 さっきまでの“空腹”は、ただの苦しみだった。


 でも今は違う。


 腹が満たされたからじゃない。


 美味しいものを知ってしまったからだ。


 もっと食べたい。

 もっと知りたい。


 さっきの一杯みたいなものが、

 この世界には、まだあるのかもしれない。


 そう思った瞬間——


 ぐぅ、とまた腹が鳴った。


 少女がくすっと笑う。


「まだ食べる?」


 少しだけ考えて、頷いた。


 遠慮は、しない。


 だって——


 これはもう、ただの空腹じゃない。


 “楽しみ”だからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ