第19話 反撃
苦戦する演技は、想像以上に難しかった。
被害を抑えながら、後退する必要があるのだから。
「歩兵は槍兵と入れ替わってください!そして、騎馬隊は一時後退して突撃用意!」
ゼダックの帰還とともに動き出せるよう、兵の並びを変えておく必要もあった。
「リスト様!補給部隊、連れてきましたぜ!」
数十分すると、ゼダックが補給部隊を引き連れてきた。
この時の我が軍は、2万人。
3万から2万に減っているのだから、かなりの損害を被っている。
敵も6000人ほど失っているはずだが、戦場の兵力は相変わらず1万人だ。
さて、ここからが俺の反撃だ。
俺を作戦に嵌めてくれたやつに、後で挨拶しておかないとな。
本当に見事な作戦だった。
「皆さん、荷車を守りながら私についてきてください!敵陣に斬り込みますよ!」
「はっ!」
敵陣には、明らかに人が群がっている場所がある。
そこを抑えるのが、今回の戦いに勝つ鍵。
3000人程の部隊を集め、俺らは密集隊形になって敵1万人に突っ込んだ。
夜なので、月光剣の効果により父の武力は85まで上がっている。
ゼダックも、俺を助けられなかった失態を挽回しようと、本来以上の力を発揮していた。
向かってくる敵はなす術もない。
「まさか、作戦がバレたのか!?」
「そんなバカな!マルス様が考えたのだぞ!」
「でも敵がここへ走ってきているじゃないか‥‥‥!」
騎馬隊を先頭とした我が軍は、瞬く間に群がりの場所へ近づいた。
ここまで来るのに敵兵を2000人ほど削っていたが、全体の兵力からいえば、まだまだ10万人以上残っているだろう。
俺は横を走っているネティンに声をかける。
「あそこを撃ってください!」
近くの地面を指差した。
「あそこって‥‥‥ただの地面ですよ?」
ネティンは何が何だか分からない様子で聞き返す。
しかし‥‥‥!
「それで良いんです、撃ってください!」
「わ、分かりました!」
ネティンの弓を構え、矢を放った。
矢は地面に突き刺さる。
そして俺は急いで補給部隊に命令を出す。
「荷車を一台、あの矢の付近に置いて、逃げてください!」
「え‥‥‥?」
「早く!」
補給部隊もネティンと同様、困惑した様子で俺の命令に従った。
すると。
「ぎゃああああああ!?」
地面が崩れ落ち、大きな穴が露出した。
中には、リズの兵士が何千といる。
これが今回、俺が追い詰められた理由。
落とし穴の地下基地としての利用だ。
◇◇◇◇
前総大将:アウスが討たれたと聞いた時から、マルスは確信していた。
敵には優秀な策士がいる。
そして、それは恐らく、自分をレスタルブルクで破った相手でもある、と。
これは、リズ王国にとって最悪の事態だ。
マルスにさえ予想できない戦略を使ってくるならば、リズ王国のどの将でも敵わない。
既に大規模な兵力を失い、グロリアを早急に落とすどころか、軍を全滅させられる恐れができてしまったのだ。
そこで、マルスは思いついた。
相手に優秀な策士がいるのなら、その作戦自体を実行できないようにすれば良い。
簡単に言えば、敵が戦略を使う必要もないくらい有利な状況を作り出す。
手っ取り早かったのが、数の差だ。
あえて1万人だけの兵士を用意し、敵が単調な動きをするように誘導する。
人海戦術で常に傷ついた兵を入れ替え、通常ならば放っておかれるであろう負傷者も助ける。
これにより最小限の犠牲で最大限の結果を出すことが可能となるのだ。
そして、その作戦の根幹となる部分が落とし穴。
普通ならば敵の進軍を遅らせるための罠だが、今回は兵の隠し場所として使用した。
斬新な策だ。
大陸内には知力:90を超える者も何人かいるが、彼らですらこの策は思いつかないかもしれない。
なのに、知力:85のマルスは考え出した。
被害を抑えたいという、誰よりも強い信念。
長年の経験と、防衛戦への執着。
これらが、防衛戦術においてマルスより右に出る者がいない所以だった。
「マルス様!ロラシアン様が、討ち死にしたとのことです!」
しかし、それは作戦を破られないという訳ではない。
マルスに足りないことがあったとしたら、状況に合わせた臨機応変な対策だろう。
◇◇◇◇
よく考えてみれば、敵将がどこまで馬鹿だろうと、3万の兵力を1万で迎え撃つ愚行などしないだろう。
敵の行動は明らかに誰かの策略。
こんなことにも気付けなかったのは、完璧に俺の怠慢だ。
敵の数が少ないと分かれば、単なる突撃や攻撃で戦闘を終わらせようとしたくなるもの。
明らかに格下の相手に、時間を割く方が勿体無い。
敵の策士が感じるであろうこの心理を、リズ王国軍は巧みに利用したのだ。
"カーシット戦記"内では、戦場は画面の向こう側だ。
全てを冷静な目線で見れる。
だが、これはゲームじゃない。自分もその場にいるのだ。
気を抜けば、死ぬ可能性だってある。
実際の戦場での心理戦は、俺より相手が手練だった訳だ。
しかし、
「あそこもです!」
「はい!」
もう敵の策は把握している。
後は数々の落とし穴を意図的に発動させ、内部に潜むリズ王国兵を下敷きにしていくだけだ。
結果論にはなるが、正面から戦うより有利に戦を進めれた。
本来ならば、一撃離脱で敵の出方を見る作戦だったのに ー まあ、相手の策に嵌ってそれができなくなったとも言えるが。
とにかく、グロリアの大勝利だ。
敵の戦力は12万から6万まで減少し、ようやく平等な戦いに近づいてきた。
このとき、遠く東の空には太陽が登った。
今まで闇に包まれていた戦場にも光が降り注ぐ。
「お、あれ‥‥‥!朝日じゃねーか!」
「本当だ。もう開戦からこれだけ長く経つんだな」
戦いが始まってから6時間、といったところだろうか。
当然ながら、光で照らされたところには血まみれの地面が広がっている。
戦場に立っている者からしたら何の変哲もない光景だが、平和だったはずの国から来た俺には、少し印象的だ。
いずれ更なる大軍同士がぶつかり合えば、更に赤く地面が染まるのだろうか。
考えるとぞっとする。
だが、統一があっての平和。
通らなければならない道なのかもしれない。
「皆さん、まだ終わりではありませんよ!敵の籠城を破り、一気にグロリア王国から追い出します!」
「おおおっ!!!」
生き残った敵はリスク城内に逃げ込み、そこで待機していた兵と合流した。
士気旺盛な我が軍2万に対し、リズ王国軍6万。
夜明けと共にリスク城で籠城戦は始まった。