12、荷馬車
蹄が地面を掻く音がする。
木の軋む音、小鳥の鳴き声が、深く沈んだ意識に届く。肌寒さを感じて背凭れのぬくもりに擦り寄れば、嗅ぎ慣れた煤の匂いがした。頭を撫でる感触が心地いい。誘われるように瞼を開けば、頬を染めた小鳥と目が合った。
「..........はよ」
「お、おはよう」
「ございます.....」
「.....なに?」
「いえ、その、少々刺激的だったといいますか.....ええっと」
「だ、大胆だったというか」
「破廉恥!」
「ぇえ.....」
顔を覆ったロッティはしどろもどろに、カエラは簡明にエマを攻める。コナーだけは目をバキバキに見開いていたが、姉妹揃って顔はりんごのように真っ赤になっている。
なんでだ。
寝起きゆえに回らぬ頭でエマは首を傾げる。
人前で眠ることは、獣人にとってエッチなことらしい。
価値観をインプットし直しておく。
野宿とかどうしてるんだ。
「.......」
「んお、なに?」
腹上にずっしりとした重み。
視線を向ければ、白狐が頭を擦り付けていた。手癖から頭を撫でれば、サラサラの白髪が指の間で踊る。
「熱は、無いね。喉も腫れてない、目は....充血もしてないね」
順番に手を這わすと、白狐が目を細める。手にすり寄る姿は、家猫のそれとよく似ていた。
随分と懐いたものだ。
感動からエマは唇を噛み締めた。
「痛いところは?」
「........」
首を振る。
言葉は発さない。表情も相変わらず人形のように能面だが、意思表示はよく出来ている。
エマに対してだけだが。
果物を差し出したカエラを完全に居ない者として扱う彼女に、道のりは長いなぁと苦笑いした。
ところで、と一言。
「なんで馬車に乗ってんの?」
「こやつの体調も安定しただろう。迎えを呼んだのだが、きみはぐっすりでな」
「うん」
「よく眠っていたゆえ、起こさずに連れてきた」
「うん、それで?なんでわたしは、寝巻きじゃないのかなぁ?」
「........」
「........」
「もう少し肉をつけた方が余は好みだ」
「辞世の句は済んだな」
拳を握りしめる。
狙うは下半身、男の急所。
強化と爆発の魔法を拳に込めて振り上げると、覚悟を問うためシオンを見た。
なんかすごい興奮してる!
恍惚とした笑みを浮かべる美丈夫が、口元を緩めて頬を赤らめている。興奮から乾いた唇を舐めると、形のいいソレは赤く熟れた果実のように輝く。これは目に毒だ。
顔は良いのに気持ち悪い!
ゲンナリしながら馬車を壊さない程度に威力を抑えると、その拳を振り下ろしーー
「ぐーすか眠っておいて他人に説教とは、良いご身分だな」
ーーーた拳が止まる。
知らない男の声に御者の方に視線を滑らせると、灰色の隻眼がこちらを睨みつけていた。嘲りと侮蔑の色。
左目に付けた眼帯が痛々しい。
白い着物とスーツが一体になったような不思議な服装の御者は、敵意を隠しもしない。
「魔王様に上手く取り入ったようだが、俺は騙されんぞ。隙を見て白狐を売る魂胆だろう。化けの皮を剥いでやる」
吐き捨てると、御者は乱暴にカーテンを戻した。
どこをどう見たらそう見える。明らかに少女が変態に襲われて困惑している現場だろうに、なぜその言葉が出る。お前の目は節穴か。
「あの節穴......げふんげぶん、どちら様?」
「ルイさんです。うちの隊長」
「人間嫌いで有名なの」
「へぇ」
困った顔で御者を紹介する小鳥たち。カエラだけは同意するように頷いていたが、シオンが一瞥すると隅で縮こまってしまった。
「即落ち二コマしてそう」
「くっコロも似合いそうだな」
「わ、分かります(小声)」
「なぁにそれ」
「んー?お家芸かな」
ああいう刺々しい奴に限って、敵に快楽拷問されて即落ちするんだよなぁ。
世には視聴者を拷問する飯テロなんて文化もあるから、今時は流行らないのだけれども。
謗られて興奮する変態もいるし。
分からなくてもいいのよ、とロッティに飴をあげる。勤勉なコナーには、闇市で取引した薄い本を手渡しておく。
「余には無いのか?」
「焦るな焦るな。すぐにあげるわ」
欲しがりなシオンくんには、拳をプレゼントしておいた。
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