↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜聖女編〜
20/117

18、茶色な子ども

暴力表現があるので注意です!



朝食を終えたふたりは店を後にした。

昨日、案内されたのは教会のある表の通りのみ。今日は裏通りを見に行こう。

村人の隙をついて裏路地に滑り込む。


木箱、魔物の死骸、行き止まり、いちゃつくカップル、怪しげな道具売り、クズゴミ、飲んだくれた男、煙草を吹かす女。

歩けど怪しい所は見当たらない。


下がダメなら上からだ、と見張塔に忍びこむ。

螺旋状の階段を登ってこっそり下を覗いて見ると、村の端に小屋があるのを発見した。


「馬小屋?」

「随分と離れておるな」

「変な位置にあるの怪しいよね」


村の北側、裏門の近くに小屋があった。

小さく古めかしいそれは、村から離れた場所にポツンと一軒だけ建っていた。

馬小屋か、それとも家屋か。どちらにしても、あんな場所に建てるのは不自然だ。


「行くか?」

「様子見かな。誰か出てきたら、そいつを捕まえてお話すれば手っ取り早いし」

「拳でか」

「いやだわ、乱暴な発想。信じられない」

「ははは、殴るな殴るな」


右手でポカポカ、左手でポカポカ。可愛く戯れていると、髪の毛の先が逆立つ様なピリピリとした感覚がした。


「魔者だ」


方角は北、森の向こう。

シオンも気づいたようだ。

視線を走らせると、森の向こうから子どもが転がり出てきた。その後ろを中型犬くらいの大きな鶏が追っている。


「ーーーコケェェエ!」

「............はぁ!た、たすけ...っ!」

「コケェェエーーー!」


鶏の鳴き声が響く。

異変に気づき騒がしくなる村人たち。護衛を呼べ、と叫び声がした。だが今からでは間に合わないだろう。エマたちは急いで見張台から降りると、子どもに駆け寄った。


「静かにして」


子どもの口を塞ぎ魔物との間に入る。

今にも突進してきそうな鶏の足元に石を投げて牽制し、目を合わせたままジリジリ後退する。

魔物は様子をうかがっている。


鶏の魔物は縄張り意識が強い。おおかた、子どもが縄張りに入ったのを追い出そうとしたのだろう。大声を上げるなどの刺激を与えなければ、大人しく森に帰るはず。


人差し指を唇に当てる。声を出すな、と後ろに指示を出しながら、ゆっくりと後退した。

だがーー


「いつまで寝てやがんだ!!」


ーーー誰かが、大声で叫んだ。


どッッッッッこの馬鹿たれだァア?!!

鬼の形相で振り返ると、小太りな中年男性が馬小屋に向かって怒鳴り散らしていた。

お“?お“?喧嘩するか?もう少しでお帰り頂けたのに、なに大声出てんだ?

中年男性の怒声は鶏の怒りも買ったようで、鶏がギュルンと勢いよく向きを変えた。


「いつまで寝てんだ!仕事しろ!」

「クソガキが」


中年男性の他に、前髪が後退した男性が顔を出した。相変わらず馬小屋に罵声を浴びせている。

鶏は今にも突進しそうな勢いで地面を掻いている。


「子どもお任せしていい?(小声)」

「え、あ、はい(小声)」

「魔物を狩るしか役にたたねぇんだから、さっさと片してこいよ!」

「息子を助けてくれてありがとうごさいます(小声)」

「お姉ちゃんありがとう(小声)」

「どういたしまして(小声)」


子どもを親に手渡して、エマは傍観する姿勢に入る。大声をあげて魔物を煽った彼らを助ける気はない。

それに、とエマは小屋へと視線を向ける。

噂に聞く護衛はどんなヒトだろう。村の護衛なら筋肉隆々のおじさんだろうか。

想像を膨らませて、護衛を一目見ようと出てくるのを待った。待ってしまった。完全に油断していた。


「グズグスすんな!」

「お前は護衛(どれい)だろう、が!」

「ーーーーーーーーは?」


馬小屋からナニカが蹴り出される。

地面に茶色いモノが転がった。小さくて茶色い、人型の。助けた子よりも幼い子どもが。


ヒュッと喉が詰まる。

ボロを纏った子どもが、首に付けられた鎖を引かれて無理矢理に立たされる。

悲鳴も泣き声も無い。

力なく立つ姿は人形の様で反応が遅れた。

子どもが魔物に向かってふらふらと歩いていくのを、エマは見送ってしまった。


「なん...」

「いやだ獣人よ」

「獣臭い」

「なんで生きてるのかしら」

「あれも魔物なんだから、一緒に野垂れ死にしてくれないからしら」

「ダメよ。護衛(どれい)は一生使わなくちゃ」

「それもそうね。神様に嫌われてるんですもの。わたしたちが使って上げないとね!」

「天国に行けるように清めてあげなくちゃ」

「...っ!」


止める声はない。あるのは嘲笑と侮蔑。井戸端会議のように囁かれるソレは、あまりにも日常で、あまりにも悪意が無かった。


「人間絶対主義か」

「まだ残ってたのね」


人間こそが神に愛された存在である。

獣人は生前に重罪を犯し、神に嫌われたせいで醜い化け物の身体を与えられた。今世はその罪を償うために生きている。我々は彼らを働かせることで、禊の手伝いをしている。っていう考え。頭のイカれた思想だ。

それを疑問に持たない村人も、同調してる観光客も、野放しにしてる国も全部イカれてる。


「...シオン」

「うん?」

「わたし、あれ嫌いなの」

「余も好かぬな」

「あら、珍しく意見が合うのね。でも、そうよね。あなたも嫌いなら、いいわよね」

「...そうだな」


もう、いらないよね。

言葉に含まれた意味をシオンは正確に汲み取った。

宥めるようにエマの頭を撫でると、騒然とする人波を抜けて姿を消す。

エマは前に向かって歩いた。

茶色い子どもと鶏が対峙する場所へ。


なぜ、見ている。

なぜ、笑っている。

なぜ、止めに入らない。


沸々と怒りが湧き上がる。

安全地帯で罵声を飛ばすだけの人間たちの間を、縫うように歩いて最前列へと躍り出る。

静止の声に足は止めない。

靴裏を赤く濡らして前に前に。大人たちの足の間から抜け出してーー


「鶏如きに何分かかってんだ!!!」


中年の男が拳を振り上げる。

茶色い子どもは、ぐったりとして動かない。

隣にいるのに誰も暴挙を笑って見ていた。

ああ、本当にお前たちは。

エマの中でナニカが弾けた。


ーーエマは子どもの前に立った。


「おい、急に前に出るな!危ないだろう!」

「なに考えてるんだ!危うく怪我させちまうところだったんだぞ!?」

「……….」


喚く男の足元に鶏が転がっている。

そのことに更に腹が立って、ギリッと奥歯を鳴らした。

ちゃんと倒してるじゃん。

無事に魔物を倒した子どもになぜ手をあげるのか。心底意味がわからなかった。

双眼が男たちを睨め付ける。深海のような暗い色に気圧されたのか、彼らは口を噤む。


エマは無言で子どもの前にしゃがみ込むと、ゆっくりと手を取る。

反応はあっても抵抗はない。瞳は虚空を映していて、修復に時間がかかることを予測させた。


「大丈夫」


小さな手は酷い有様だ。

擦過傷、打撲痕、爪は剥がれて歪な形に、指は不自然に歪んでいた。何年もまともな治療を受けなかった痛々しい手。

エマが声をかけると、茶色い子どもが視線を上げた。カラカラの唇を開いて、小さく掠れた声を出した。


「後で治してあげる」

「........................ぁ」

「うん?」

「ゆ.....さ..........いで......」


ゆるさないで、許さないで。

一音一音が重い。まるで憎しみが音になったようだ。空虚だった瞳はドス黒く染まり、強い感情に呼応するように魔力が溢れ出ている。

ああ、この子は強い子だ。まだ壊れてない。まだこの子は生きようとしている。

エマは嬉しくなって、無論だと頷いた。

お灸を据えるつもりでいたから丁度いい。


「.....いいよぉ、許さないであげる」

「おい!」

「聞いてんのか!?」

「躾の途中なんだから、邪魔すんなよ!」


男が怒鳴り散らす。

村人のヤジが強さを増していく。男は拳を振り回し、後ろに怒声を吐き散らし続ける。

まるで子どもの癇癪だ。


「そいつは役立たずなんだ!」

「躾が必要なんだよ!」

「知能が劣る種族には言ったって分からないんだから、痛め付けてやらなくちゃ!」

「そうだ!野良は痛い思いをしないと学習しないからな!」

「躾(なぐれ)!躾(なぐれ)!」

「躾(なぐれ)!躾(なぐれ)!」

「躾(なぐれ)!躾(なぐれ)!」


「そう、それがここでのルールなのね」


エマの言葉を村人たちが拾う。

届けたのは誰だったのか。不思議にすら思わない群衆がエマに非難の視線を向けた。鼻で笑った。声を漏らす者もいた。侮蔑の視線がエマを見下ろした。


「理解しないなら痛め付けてもいい、それがこの村での決まりなのね」

「あ?そんなの当たり前だろ?」

「理解できないんだからな!」

「獣人は頭が悪いから仕方ない!」

「そう」

「言葉がわからないんだもの!躾(なぐ)るしかないじゃない!」

「なぁ?」

「そうだ!そうだ!」

「躾(なぐれ)!躾(なぐれ)!」

「躾(なぐれ)!躾(なぐれ)!」

「ええ、なら、そうするわね」


笑った。逃げないように、自分は友好的な存在だと錯覚させる目的で笑顔の仮面を貼り付ける。吐き捨てるような声が出たが、きっと問題ない。

村人たちは笑顔だ。同意してくれたと勘違いし、嬉しそうに笑っていた。

ああ、腹立たしい。

その笑顔がエマに薪をくべる。

腹底で煮えたぎる黒い衝動が顔を出さないように、手綱を強く握った。

まだ、シオンが戻るまで。


「なあ、あんたも村に」

「戻った」

「おかえり!」

「なんだ、縛らなかったのか」

「この程度なら必要ないわ。わたしを誰だと思ってるのよ」

「世界最高な麗しい聖女様だな」

「分かってるじゃない」


無敵で知的で奇跡の存在だから、相手を釘付けにするなんて朝飯前なの。対象が例え憎い存在でも、元聖女だから。笑顔だって完璧なの。


「では、頑張ったきみに贈り物だ」


シオンが1冊の本を取り出す。

表紙に葉のマークが書かれた分厚い古めかしい書物は、一見するも辞書のように見えた。

エマがパッと表情を明らめる。


「ありがとう!」

「どういたしまして」

「それじゃあ、燃やして」


抑揚のない冷たい声が指示を出す。

ドロリと仮面が溶けるように笑顔が剥がれて落ちた。

爛々と燃える青い瞳に射抜かれて、シオンだけが嬉しそうに頬を染めている。甘く息を吐いて、手に火を灯す。美しい空色の火を。


「それを、ど、どどうするつもりだ...?」

「燃やす」

「イカレてるのか?!聖遺物だぞ!それが燃えたらどうなるか分かってるのか」

「ええ、もちろん」


聖遺物は村を守る結界の核だ。それを燃やせばどうなるか、想像は容易い。


「ならなんで」

「だってこれが躾の方法なんでしょ」

「しつけ...?」

「助けてもらったらお礼をする。それは常識だよね。でも知らないみたいだから、教えてあげようと思って」


わたしったらえらーい、と笑った。

ようやく状況を理解し始めたのか、村人たちの表情が強張っていく。震える声で静止を願った。


「よせ、やめろ、やめてくれ!」

「本当は嫌だけど、仕方ないよね。痛くないと覚えられないんだもんね」

「やめろおおおおお!!」


聖遺物が火に焼べられた。

ごうごうと青い炎が聖遺物を包むと、火の粉に混じった光の粒が空へと昇る。

悲鳴を上げた村人たちがそれを掴もうと宙を掻くも、手の隙間から溢れて消えていく。

まるで連動するかのように、結界にも穴がひとつ、ふたつ、みっつ。次々と増えていく。

よっつ、いつつ、ああ、もう数えられない。

種を無くした結界は維持する力を失ったのか、ジジっと音を立ててあっという間に薄い膜が崩れて消えた。


「あっ...ああ、」

「結界が、神様の加護が」

「どう、して、どうして...」


力なく地面に村人たちはへたり込む。

ある者は絶望の涙を流し、ある者は現実が受け入れられずに空を見上げている。

反応は様々だが、一様に今後の未来を憂いていた。その光景をエマが満足気に眺める。

これで環境は同じになった。

次は、痛みを理解させなくてはいけない。


「次は痛みをあげる」


エマは笑った。

それは、無邪気で恐ろしかった。



暴力、ダメ、絶対!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。