17、最悪な目覚め
「っ……ゔ〜〜」
今朝は最悪な目覚めだった。
お説教という名目で行われたワカラセ行為は、未成熟な幼女の心には効果抜群だった。傷付いた柔らかな心に、エマは年甲斐もなくぺそぺそと泣きに泣いた。
泣いて、泣いて泣き疲れて、水も飲まずに眠ったせいで頭が痛いし目も腫れた。声も枯れて身体も怠い。
隣で呑気に寝息を立てる男を睨みつける。
「こいつ、まじこいつ...」
ふつふつと怒りが湧き上がる。
原因がまだ安眠しているのが気に食わない。
シオンのせいなのに、平和そうな顔で寝やがって。寝不足と頭痛によって引き起こされるイライラが募る。
全部、全部シオンが悪い。
旅の不平不満が思い出されて、エマは唐突に怒鳴り散らしたくなった。
持ちうる限りの語彙力で罵り、詰り、言葉の暴力という暴力を浴びせてやる。
言うぞ、言ってやるぞと口を開いて「それはシオンを喜ばすだけだぞ」と冷静な自分が囁いた。喜怒哀楽、どの感情を向けたところで変態は観客するぞと。
力なく口を閉じていく。
ぽすぽすと布団を叩いた。
足りない。
行き場のない感情を持て余して、八つ当たりするように目に入った花を燃やした。
紫色の花がぼとりと落ちて、消えた。
「ーー?おっ?」
花が灰になるとなんだかスッキリした。
頭痛は相変わらずだが、苛立ちは治っていた。
それがアンガーマネージメント...。自分の機嫌を自分で取れちゃうなんて、なんて偉いのだろう。
ふんふんと鼻を鳴らす。
「お腹すいた」
ベットから降りて身なりを整える。
スッキリしたらお腹が空いたので、シオンを叩き起こして朝食に向かった。
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「ごちそうさまでした」
空になったお皿の前で手を合わせる。
宿を出たふたりは、朝食をパンとシチューで手早く済ませていた。
食後のコーヒーで喉を潤していると、積み上がった皿を眺めていたシオンが心配そうに呟いた。
「もうよいのか?」
「うん、なんか頭痛くて」
デブリンでの食べっぷりと比較すると、今回の量はその4分の1にも満たない。少な過ぎると眉を下げる彼に、今朝からの不調を伝えたれば嬉々として膝を叩いた。
「風邪か!」
「生き生きとするな」
ガタッとテーブルに乗り上げる勢いでシオンが腰を上げる。人様の体調不良に興奮すな、と一喝して腰を下ろさせる。
看病したい欲求が顔から圧が滲み出て、口ほどに物を言っていた。
ええい、喧しい顔面を仕舞え。
「わたしのことはいいのよ。それよりも、探すことが最優先」
「最優先事項はエマが世界の女王として君臨することだが..……また夢を見たのか?」
「いつそんな野望を抱いた」
ちなみに夢は見ていない。
散々グズって眠ったせいか、夢のゆの字も無いほどぐっすりと眠った。気付けば頭痛に支配された最悪の朝。
白狐の夢どころか普通の夢も見ていない。
夢見は解決するか対象が死亡するまで、俺の夢はおわらねぇさせる拷問。一度で終わったという事は、ただの夢だった可能性が高い。
高いのだがーー
「ただの夢で片付けるには、わたしはこの村を知りすぎてる」
「死んだのではないか?」
「うーん、デリカシー」
ーーーそれにしては気になる点が多過ぎた。
エマはコンコ村に来たことがない。
村の名前と名産食しか知らない。
でも知っていた。教会や宿の場所だけではない。宿にある備品の位置や間取りまで、夢で見て知っていた。
夢は記憶を整理するための作業だ。
ある程度が似る事はあっても、知らない情報が現実と完全に一致する事はまずあり得ない。
だがエマは知っていた。
現実と一致していた。
「それに残香よ。残香の説明が出来ない」
あそことあそこと、それからここも。
宿の壁に、裏路地の地面に、村人の屋根に。
指を刺す場所には光魔法の残香がべったりと付着していた。隠す気がまるでない。今にしては珍しい光景だ。
それは、昨日よりもはっきりと確認できた。
「頭痛で敏感になってるのかもしれないけど、それにしたって多すぎる。普通なら通報されてドナドナ一択だよ」
「教会の聖女()や聖職者ではないのか?」
「あの子たちはレベルにすると3だけど、残香は20はあるから別人」
「どうりで背後に立っても無反応なはずだ。ナイフも持っていたんだがなぁ」
「止めろ、普通に捕まる!」
シオンの頭を軽く叩いた。
確認のやり方が狂人過ぎて恐ろしい。もう少し文化的な手段を選んで欲しいところだ。
頭が痛い。
早めに調べて此処を出たい。
見殺しは後味が悪いから調べるけど。
「調べたらすぐにココは出る。頭痛いし」
「ムラムラか」
「ムカムカかな」
朝食を終えたふたりは店を後にした。
ありがとうございます!
次回からは駆け足だ!