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12. テトも一緒に



 涙で目の下の毛がカピカピになっている。

 その上からまた新たに涙が流れるもんだから、余計にカピカピしてしまう。


「あらあらどうしたの」

「ママー! 猫ちゃんが泣いてるよ!?」

「この子と喧嘩でもしちゃったのかねえ」

「いや、というか猫ってこんな人間みてーに泣くのか?」


 人だかりができ始めた広場の中心には私とテトがいる。みんな大泣きしている猫の私を奇妙に思ったのか、心配したのか、わらわらと集まり出していた。

 一気に涙腺崩壊してしまった私はなかなか涙を止めることができず、無理にでも声を押し殺すと「ひくっ」と、しゃっくりみたいになってしまうのだ。

 それを見た周囲の人間の口からは「か、かわいい……」、などと思わずといった感じの呟きが漏れている。そりゃ客観的に見るなら私も可愛らしいと思ったかもしれないが、今はこの私が号泣している張本人である。萌えも何の感情も湧き上がってはこない。


「どうしたの〜? もしかして、そっちの子にいじめられちゃったの?」


 怖がらせないようにか、ある程度の距離をとって声をかけてきたのはロングスカートにエプロンを付けたお姉さんだった。手には焼きたてのパンが詰められた籠を持っている。美味しそう。


『テト、いじめてない』


 私をいじめたと言われて心外だと唇を尖らせるテト。そうだね、テトはずっと涙を尻尾で拭いてくれていたから。このままではテトが悪者になってしまう。


『レイレイ、こっちー』


 テトは私に声をかける。

 人間が集まり過ぎてしまったから一度離れたほうがいいと思ったのだろう。

 テトと私は人々の足の間を通り抜け、広場から少し行ったところの小さな噴水の前に座り込んだ。

 噴水は井戸も兼用しているようで、水を引き上げるためのポンプが取り付けられている。


『レイレイ、ここー。テトのとなり』


 テトはヒョイっと噴水の端に飛び乗り、私にも乗るように言ってきた。

 素直に従って一緒に座ると目の前には水場が広がる。底に埋め込まれた丸いガラスが太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。

 尻尾の先っちょを水にちょんちょんと触れさせるテト。その動きに合わせて水紋が出ては消え、出ては消えを繰り返している。


『レイレイー、こっちみてー』

『つめたい!』


 テトの様子をぼうっと見つめていると、突然目の下に冷たい感触がした。


『がまんしてー』


 自分の尻尾の毛先を濡らしたテトが、涙で乾いてカピカピになった私の目の下を拭ってくれていたのだ。

 尻尾をそんな使い方するんだと驚いたが、真っ白だしなんだかティッシュに見えてきた。

 ごしごしと、時折また毛先を水で湿らせては私の顔を拭いてくれたテトのおかげで気持ちもスッキリと落ち着いた気がする。


『ごめんねテト、迷惑かけちゃって』

『テト平気』

『テトのおかげで助かった。いてくれて本当によかったよ。テトっていい猫だね』

『しってるー』


 二匹の猫が噴水に座ってにゃーにゃー鳴いている。噴水の前を通りがかった通行人からはくすりと笑われていた。

 それからしばらくテトと共に水面を眺めていた。

 テトは何も言わなかった。

 たまにあくびをしてオレンジの瞳を眠そうに細めたりしていたが、噴水を降りようとはせず、ただ隣にいてくれる。父上の加護がないのだと気づいた今、それがどれほど心強かったか。

 テトはただのマイペース猫ではないのかもしれない。


『……私ね、精霊なの。嘘じゃないんだよ。ずっと精霊界にいたのにね、湖に落ちちゃってね、そしたら人間界だったんだよ』


 自分の頭も整理するようにテトに説明する。

 テトは何も言わないけれど、ちゃんと聞いているみたいだった。私も、そしてテトの尻尾もゆらゆらと揺れている。お互いの尻尾が当たったり離れたりしているが気にならなかった。


『父上ね、きれいなんだけどいつも菩薩みたいな顔してんの。すごい無表情でね。それで、こっち見てほしくてがんばったんだ』

『ぼさつ? へー』

『なのに、失敗しちゃった……父上にもアホって言い逃げして。それで人間界に落っこちたの。でね、この国の王子様のルシアと、シキが助けてくれたんだ』


 おそらく半分以上は理解されていないのかもしれない。それでも話すことで気持ちを落ち着かせることができていた。


『どうやって帰ればいいのか、わかんない……。父上のところに帰って謝りたいのに。花の妖精とか、いつも色々教えてくれてた風の妖精にも逢いたい』


 どんなに父上の顔を思い描いても、転移術で精霊界に戻ることができない。

 すべてを話した私は、ふとテトの方を覗き見る。


『……』


 テトは空高く飛んだ鳥を見つめながら何か考えごとをしているようだった。左右に規則正しく動く尻尾。湿っていた白い毛先はすでに乾いている。


『あのねー。テトもずっと一匹なんだ』

『……ずっと?』

『うん。気づいたらここにいたからー』

『気づいたら!?』

『そう。だからテトは一匹でも平気』


 平気だと言いながらも、テトの瞳は小さく揺れているようだった。

 だが、気づいたら一人というのはどういうことなのだろう。捨て猫ということなのだろうか。それでもテトの毛並みは手入れされたように柔らかく、真っ白である。それに耳に取り付けられた石、あれは捨てられる前のもの?

 よくわからない。

 テトは何者なんだろう。


『でも、レイレイはテトみたいにずっと一匹じゃないから』


 テトは美しい白の毛並みをさわさわと靡かせながら、私をじっと見る。

 鼻の奥がツーンと痛くなってきた。


『きっと心配してる。帰り道、テトも一緒にさがす。だからレイレイ、泣かない』

『泣いてない……』


 嘘、本当は今にも涙がこぼれそうだった。

 テトが一匹で平気だと言いながらも、悲しそうにしていたから。気が緩んで安心してしまったから。

 どちらが涙の原因なのかは定かではないが、テトの言葉が胸に響いたのは確かだった。


『ありがとう、テト。優しいね』

『しってるー』


 テトは少し照れたように、尻尾を左右に揺らしたのだった。



 あれからもう一度テトの尻尾の毛先で目元を拭われ、私たちは王都を散策することになった。

 帰り道を探すにも王都の地理を把握しておいたほうが便利だと思ったからだ。それに、いつまでも沈んだ気分でいるよりは冒険を楽しんだほうがいい。

 一応テトはさっきの説明で私が精霊だと信じていたらしく、それを踏まえてテトは私をある場所に連れて行きたいと言った。


 目的地へと二匹並んで四足歩行。

 今度は後ろじゃなくて、テトの隣を歩いた。


 この王都は『シャディア』というらしい。

 見たところ街の雰囲気も活気あふれた感じて、商業も盛んのようだった。兵士も定期的に巡回しているので治安も良さそうである。


「あ! 猫だ!」

「白と黒!」

「さわりたーい!」


 街の子どもたちに見つかった。

 地面に何個も丸を描いて遊んでいたみたいだが、瞳をキラキラと輝かせ突進する勢いでこっちに走って来ている。

 あ、やばいやばい、まだ加減ができなそうなお年頃っぽい。あのまま突っ込まれたら私もテトも潰れちゃう。


『にげろー』


 テトは駆け足で逃げていたが、その声音や足取りは軽く楽しそうだった。本当に慣れている。

 それに引き換え私はワタワタと無我夢中で逃げていた。今のこの体じゃ子どもでも侮れない。あの子たちは言わば小さな巨人なのだ。


『レイレイ変な顔ー』

『うるさい!』


 私の必死な様子が面白おかしいのか、テトはケタケタと笑っていた。こっちは真面目に逃げてるんだけどー?


 小道に入ると、このあたりを根城にしている野良猫と、近所の飼い猫が世間話をしていた。猫は縄張り意識が強いと思っていたのだけれど、出会う猫たちは皆ほのぼのとした雰囲気を醸している。

 テトが「やあやあ」と挨拶をすれば「や〜。いい天気だね〜。日向ぼっこも気持ちがいいよ」と、まるで人間のような話題を出していた。

 見ない顔の私に対しては興味津々である。

 歓迎されて捕ったばかりのネズミをプレゼントしてくれる心優しい猫もいたのだが、丁重にお断りしておいた。さすがにまだ息のあるネズミは食べれない……。

 自分の獲物を他の猫にあげるなんて、ここの猫たちは本当に穏やかな性格をしている。動物の世界にも、動物なりの付き合いがあるのだ。新たな発見だった。


『ねえきみ、お名前はあるの?』

『レイレイだよー』

『あの、レイチェル……』

『そっか、レイレイかあ。可愛いお名前だね』

『テトもそう思うー』


 なぜか全部テトが得意気に答えている。私の訂正も虚しく、結局猫たちの間では着実にレイレイが定着していた。……レイチェルなんだけどなぁ。


『テト、レイレイまたね』

『今度一緒に獲物探しに行こう』

『おすすめの狩り場教えてあげる』

『じゃあねー』

『ありがとう、ばいばい』


 猫たちと別れてしばらく歩いていると、再び人通りが多い場所に出た。あれ、ここはさっき私が泣きじゃくった広場じゃないか。

 テトが私を連れて行きたいと言っているのは、右側の緩やか坂を登った先らしい。よく観察すれば右側の坂を歩いている人間の数が多いことに気づいた。


『レイレイは精霊だからー』


 なんて言いながら坂を登っていくテト。

 相変わらず脈略がないので、目的地にたどり着くまでテトのしたいことが理解できない。でも、私のために動いてくれているのは何となくわかる。


 軽快に進んで行くこと五分くらい。徐々に縦長の建物が確認できるようになってきた。


(教会?)


 それらしい造形をした建物の天辺には、見覚えのある紋様が存在を示している。

 あのマークが一体何なのか、私は瞬時に察した。


 あれは『精霊王の紋章』。

 父上の額や、私の胸毛の下にある紋章と全く同じ。その紋章の形が聖堂らしき建造物の天辺に彫られていたのだ。

 なぜだろう、と、前足をもう一歩踏み出したとき。



「――精霊王様は、お怒りなのです!!」



 耳を劈くような男の声が、どこからか聞こえてきた。






ありがとうございました。

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