13. 精霊教
「近年、世界の均衡は乱れている! 自然災害、瘴気の増加、魔物の活動の活発化!! 沸き起こる厄災は精霊王様が人間界に姿をお見せにならなくなったことが関係しているのです!」
白の布地と、首から足元にかけた金色の帯。
祭服を身に包んだ男性が、教会の前に設営された段差の上で声を張り上げていた。
私とテトは一緒に並んで草木の影から様子を確かめる。
『あれ、しさいって呼ばれてた』
『司祭さま?』
『そう、それ』
ピンときた顔をするテト。
司祭は教会に訪れた人たちに向けて何度も鬼気迫るような言葉を投げかけていた。興味本位に足を止める人、威圧に押されて避ける者、同調するように熱心に首を縦に動かす者と様々だったけれど、私は何となくあの司祭が不気味に感じた。
『テトが見せたかったの、司祭さま?』
『ここ、精霊教っていうの。あっちに精霊王もいるんだってー』
『え! 父上!?』
テトは尻尾の先で、ある方向をぴょいっと指し示す。
父上が人間界に降り立っていたなんて耳にしたこともない。けれど居ても立ってもいられなかった私は、後ろ足を大きく蹴りあげて前に飛び出した。
いきなり紺色の毛玉が地面を這いずり現れたので、その周辺を歩いていた人間たちは同じ動きをして飛び上がった。けど、すぐに猫だと気がついて顔を緩められる。
『父上!……え、だれ』
テトが示した先にたどり着いた私は、その物体を前に首を大きく傾げた。
『レイレイー、待ってー』
『あ、テト……ギャッ』
呼びかけに振り向けば、両手足を大きく広げて私の方に突っ込んでくるテトの姿が目に入った。
避けようと思ったが時すでに遅し、もふっとした二つの毛玉がぶつかり合い、衝撃でコロコロと後ろに転がり固い壁に激突してしまった。チカチカと目の前に星が瞬いた気がして、私はテトに抗議する。
『テトいたい! とまってよ!』
『とまらなかった』
『頭ゴンって鳴った! 絶対に腫れてる!』
『めんご』
『めんご!?』
え、めんごって言った? めんごって……。
まさかの発言にわなわなしていると、テトは丸い手を私の頭の上に添えて腫れを確認していた。
しかし、「レイレイ毛多すぎ。見えないー」などと文句を言っている。言っとくけど、私とテトの毛量はどっこいどっこいだわ!
いっそこっちから飛びついてやろうかと考えるが、猫がじゃれているようにしか見えないし、今はそれどころじゃないのでやめておいた。
私はぐるりと体を方向転換させ、それを見上げた。
『テト、これ父上じゃない』
『えー、みんなこれ精霊王って言ってた』
『えー……』
じとりとテトを見つめるも、それ以上のことはわからないらしい。
石舞台のような台の上に置かれたーーそれは、ドラゴンを模したような石像だった。
通常の人の体の五倍くらいはあるドラゴンの石像の足元には、この世界の文字で『精霊王ディオパトス』と彫られている。忠実通り造られているのか、体に浮かんだ『精霊王の紋章』もバッチリとある。直径は五メートルくらいかな、私と同じように周囲にいた人間も圧巻されたように口を開けてドラゴンの石像を鑑賞していた。
ディオパトス……聞いたことがある。神殿の妖精たちが勉強の時間に教えてくれた精霊王の名前として覚えがあった。
父上の前、つまりは先代の精霊王がディオパトスだったはず。
うん、そうだ。神殿の回廊のどこかにこれと似たようなポーズをしたドラゴンの絵画が飾られていた気がする。しかしこれは完全に精霊王は精霊王でも、精霊王違いである。
『これ、父上じゃない』
『そうなの?』
『うん、でも私、父上の人化したところしか見たことないの』
『へー、人化って何?』
『私と違って人の姿をしてるの。すごいかっこいいんだよ』
半分以上は理解してなさそうなテトに、父上の特徴の述べていく。期待はしていなかったけれど、やっぱりテトには心当たりがないようである。
でも、そっか……人間界での精霊王はディオさん時代で止まってしまっているんだ。
もうとっくに父上と精霊王の座はバトンタッチしているんだけれど、父上は人間界に降りていなかったから勘違いが生まれてしまっているのかもしれない。他の精霊も、精霊王に関しては口軽く人間に教えないし。たとえ精霊王の誤った情報が一人歩きしていても、気まぐれな精霊はスルーしているという。適当だー。
「均衡を正すためには、精霊王様のお力が必要不可欠。故に精霊王様を再びこの地へお呼びするには、贄が必要となるのです!」
(贄……?)
司祭は未だに声を大にして演説していた。
最近、人間界は多くの厄災が同時に起こって大変らしい。その原因がすべて精霊王が人間界に降りなくなったんだと、そう言っている。
「贄が、贄の儀式を行うことで、精霊王様は再びこの大地に平穏をもたらしてくれることでしょう! 汚れなく新鮮な生き血を捧げるのです!」
「精霊王様へ贄を」
「精霊王様へ贄を、生き血を捧げよ」
「生き血を捧げよ」
司祭が言葉を締め括ったところで、背後に控えていた他の教徒たちが呪文のように、抑揚なく声を発し始めた。
「……っ」
あれ、なんだか空気が霞んできた気がする。
それに、どうしてそんな結論になってるの?
『んー、ここ空気おいしくない。レイレイ〜あっち行こ。……レイレイ?』
精霊王が人間界に姿を見せない。精霊たちも迂闊に精霊王のことは口にしないし、みんなから深く人間の事情に首を突っ込まないんだろう。
だからって、どうして生け贄を捧げようってなるの? 生け贄ってつまり、そういう……しかも生き血ってそんな極端過ぎる考えある?
「精霊王様が我々を見捨てない限り、この世の均衡は保たれることでしょう!」
どうしてそんな、父上がいないから駄目になってるみたいな言い方するの? 父上が悪いみたいに言うの?
「そもそも精霊王様って、なんで姿をお見せにならないんだ?」
「わたしたちを見捨てようとしているんじゃ……」
「そもそも俺たちの世代からしてみりゃ、精霊王なんて胡散臭いよな。本当にいるのかよ」
「精霊がいるんだもの、あたりまえじゃないの」
「じゃあなんで降りてこないんだ」
周囲の人々が疑問を口にし始める。
疑惑、困惑、嫌な空気がだんだんと広がっていく。
精霊王様が、精霊王様に、精霊王様は、精霊王様……なんだか凄く、心が痛い。
それ以上、そんな風に精霊王を持ち上げないで。……そんなんじゃ、父上が可哀想だよ。
「精霊王様の……っ! な、なんだ!?」
『え、レイレイ?』
「なんだこれは、離せ!」
霞んだ視界の中に思いっきり飛び込んだ私は、そのまま司祭の足元にかぶりついた。
爪を立てた全身で引っ付いていると、頭上から罵声が飛んでくる。他の教徒たちが私を強引に引き剥がそうとするけれど、なかなか離れず苦戦していた。
「この、司祭様から離れろ野良猫っ!」
痺れを切らした教徒のひとりが、私目掛けて足蹴りを入れようとしているのが視界の端に見えてーーあ。
『レイレイ!』
テトの声が大きく耳に届いた。
横腹に酷い激痛が襲って、景色が凄まじい速さで回転している。蹴られて吹き飛ばされたんだと、気がついた時には、私は冷たい地面にころころ転がっていた。
(あれ、お腹……痛い。なんか、口から出てきそう)
「こいつ、とっ捕まえて」
「ーーそこ、何を騒がしくしているんだ!」
二メートルほど転がって、動かなくなった私を捕まえようとする教徒たち。
痛みから起き上がる気力が全く出なくて、ぐったりと垂れた耳から周囲の状況を読み取っていると、先ほどよりも周囲がざわつき始めた。
「エ、エイト殿下」
司祭の、戸惑った声。
その反応に、少しだけいい気味、なんて思ってしまった私だった。




