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 翌日、クレハはジェシカ中尉によって届けられた朝食を取ると、一緒に来て欲しいと言われた。

 クレハは、サスケと一緒にと言う条件でそれを受けた。

 なお、いまだ、プロフェッサーの目を覚ましたと言う連絡は、クレハ達には来ていない。心配だったがクレハにプロフェッサーに出来る事はない。いや、一つだけあった。この艦隊での扱いを少しでもよくする事だ。


 クレハとサスケ、ジェシカ中尉に護衛兼監視役である兵士に囲まれながら無味乾燥な廊下を歩く。

 廊下にはクレハ達以外の姿は無く、人払いをした事が伺える。

 クレハが案内されたのは、とある会議室だった。

 会議室にある机の前には、椅子とその横にサイドテーブルが置かれている。サイドテーブルはサスケを置く為の物だ。

 テーブルと机の廃止から、まるで入学試験の時の面接のようだとクレハは思った。

 

 クロードロン艦長は、部屋の奥にある窓辺に立ち、パイプを銜えつつ外を見ていたようだった。すぐにクレハが入ってきたことに気がついた。

「失礼します。遭難者の方をお連れしました」

「ご苦労。すまないね。私自身が君と直接会って話を聞きたくてね。呼ばせてもらった。私は、この戦艦フェルニダードの艦長を勤めるブルーノ・サイオン・クロードロンだ」

「クロードロン?」

(同じ苗字?それに、初対面のはずなのに、どこかで見たことある様な方ね)

 クレハはクロードロン艦長を見て不思議な懐かしさを感じていた。

「ああ、君もクロードロンだったね。まぁ、よくある苗字だ。気にしないでくれたまえ。ああそうだ。両方クロードロンだと分かりづらいので、私の事はブルーノと呼んでくれたまえ」

「分かりましたブルーノ艦長。もしかしたら私のご先祖様かも知れませんね」

「ははは、そうであれば、私の子孫は、最高の女性を射止めた事になりますな。何せ陛下の子孫ですからな」

「改めて、お礼と自己紹介をさせていただきます。救助して下さり誠にありがとうございます。私の名前は、クレハ・サイオン・クロードロンと申します」

 クレハは、サイドテーブルにサスケを置くと、最上級の一つ下の礼をした。最上級は、国王陛下のみにしかしてはいけないので、出来うる礼で言うなら最上級だ。

「これは、どうもご丁寧に…」

 多少面食らいつつも、ブルーノ艦長も礼を返す。もちろん最上級の一つ下の礼だ。礼には礼を返すのが、宇宙の船乗りの矜持でもある。

(少し形式は違っても、この挨拶の仕方は貴族のものだ。少なくとも彼女は、貴族の礼節に触れる機会があるという事か。それにしても陛下と似ている。カメラ越しで見ているのとは、やはり違うな)

 一見気安そうに接していたが、ブルーノ艦長はクレハをしっかりと観察していた。

 ここでクレハが、未来人では無い、モミジ陛下の子孫では無いと断じるのは常識的判断だ。

 だが、宇宙では何が起きても不思議ではない。全ての可能性を考え慎重に、時に大胆に決断を下さねばならない。ブルーノ艦長は、自分がまだ士官でしかなかった時に乗っていた艦の艦長が言っていた事を思い出した。

「では、座ってくれたまえ」

 促されてクレハが座ると、ブルーノ艦長も自分の前にあるテーブルに付く。

「ああ、あと他の艦長たちが君を自分の目と耳で判断したいと言っていてね。私達の面談に立ち会うといっているがいいかね?」

「かまいません」

「では、始めよう」

 促されて座ると、窓の装甲シャッターが降りる。部屋の全隊からブゥンと機械の起動する音がすると、クレハを囲むようにぐるりと半透明の軍服姿の男達が現れた。全員席についており、デスクの仕様が皆同じ為、コの字型の長机に座っているようだった。

 

 これは、室内同期型会議システムと呼ばれるものだ。

 半透明の男達は、別の艦の同じ規格で作られた部屋におり、この場へ自身の姿を投影している。逆にこの部屋に居るブルーノ艦長やクレハ、サスケの姿が別の艦の部屋に投影され、あたかも同じ部屋に居るかのように会議が出来る。主に作戦会議や軍法裁判などに使われるシステムだ。


 トルーデ軍に所属する艦には、このシステムが使用できる部屋を必ず一つは設置されている。

 この様なシステムがある事は、歴史映画で知っていたのでクレハは、驚く事は無い。

『こんにちは。お嬢さん。ぶしつけに押しかけて申し訳ない。だが、それだけの事が起きていると我々が認識していると思って欲しい』

 投影されたカイゼル髭の艦長が言う。

「いえ、私達が言っている事が荒唐無稽である事は理解しています。今ここに居る自分自身、信じられないと思っていますし」

(本当に入学試験の面接みたいになったわね)

 クレハは微笑みながら答えつつ思った。

 目の前に居る男達が全員が独立戦争を戦い抜いた歴戦の兵でもある事から、圧迫感が凄まじい。一般人であれば、ここにおらず、投影された姿だというのに萎縮するだろう。

 しかし、ずらりと並ぶ強面の面々を前にしつつも、クレハは以外にも冷静に観察する事が出来ていた。それは、彼女自身の父親が強面という事もあるが、その父親の知り合い関係は大抵軍関係者なのだ。幼い頃からそういう人々と接してきた彼女の経験からだ。


 どんなに部下から慕われている艦長であろうと、初見の時はだいたい畏れられるのがデフォルトの猛者たちを前にほとんど気負った様子の無いクレハに逆に集まった艦長達の方が戸惑う。

「さて、お嬢さん。申し訳ないが、最初から君の話を聞かせてもらえるかな?」

「分かりました。私は…」

 ブルーノ艦長に促されるとクレハは話し始めた。




 半ばまで話したところで、居並ぶ艦長の一人が、いらだたしげに声を上げた。

『ええい。まどろっこしい!未来から来たぁ?陛下が未来では悪女と貶されている?陛下の子孫?ふざけるな!嘘に決まっているだろう!不遜にも程がある!』

 太り気味の男が声を荒げる。

『…私も大体の意見は同じです。こんな事をしている時間の余裕は我々には無ありません』

 それに同調するように隣に居た几帳面そうな男が同意する。そして続けるように言った。

『要点を纏めましょう。まずは、彼女が本当に未来人かどうか。次に陛下の子孫であるか。この二点だと私は思います。陛下の子孫であるかどうかは、DNA検査の結果待ちですから、ここは彼女が本当に未来人かどうかに絞りましょう』

「なら、適当に未来にありそうなデータを提出してもらってはどうだろう?」

「データであれば、色々あるが、何かリクエストはあるか?」

 ブルーノ艦長の提案に、サスケが乗る。

『そうだな。ではアーミー×アーミーの最終巻はあるかね?』

 それを聞いた少しおちゃらけた様子のある男が、肩をすくめながら言う。

 その途端、その場に居た艦長達がどっと笑う。

 アーミー×アーミーとは、この時代のトルーデ王国で人気の漫画だ。軍に入隊した一兵士が、様々な目に遭いながら成長していく物語だ。

 ミリタリー物にある真面目一辺倒な物語ではなく、兵士あるあるや、軍隊内部の闇についても描写している為、兵士の中では人気が高い。集まった艦長の中でも、熱心なマニアが居るほどだ。

 しかし、アーミー×アーミーの作者は、遅筆で有名で連載が始まって40年ほど立っているが、未だに物語り半ばの未完であり、年一巻刊行すればいい方だと言われている。

 俺この戦争が終わったら、アーミー×アーミーの最新巻を読むんだと、今だ刊行する様子の無い最新巻を読む宣言をするジョークすら兵士達の中にはあった。

「ある」

『『『え?』』』

 その一言に、笑いがピタリと止まる。

『君、冗談でも言っていい事と悪い事があるぞ』

 おちゃらけていた男が、表情を真剣なものに変えた。その男は、アーミー×アーミーの熱心なファンなのだ。厳しい日々の間にアーミー×アーミーを読むのが楽しみの一つになっている程の。

 丁度その漫画は、ロンドモス号のアーカイブに登録されており、クレハの暇つぶし用としてサスケのメモリーにダウンロードされていた。アーミー×アーミーは、クレハの時代でも名作漫画として名高く、電子書籍も複数の出版社から色々なバージョンが出ている。ちなみにこの時代ではされていなかったアニメ化もしており、その動画もサスケはダウンロードしており、後に、そのおちゃらけた男から盛大に要求される事になるのは余談だ。

『よし、じゃあ。艦隊の共有アーカイブにアップロードしてくれ。俺がしっかりと確かめてやる!』

『待ちなさい!いきなり何て所にアップロードさせようとしてるんですか!こういう場合はスダンドアロンの端末に入れて調査するのが常識でしょうが!ウィルスでも入っていたらどうするんですか!』

「すぐにスタンドアロンの端末を持ってこさせる」

 ブルーノ艦長が艦の管理部に連絡すると、端末はすぐに運ばれてきた。

「とは言え、私は、アーミー×アーミーに詳しくないのだがな」

 端末にダウンロードされ、表示されたアーミー×アーミー最終巻の表紙を見ながらブルーノ艦長は呟いた。

『大丈夫だ。俺が居る』

そう言うとおちゃらけた様子だった男が、ブルーノ艦長の座っているあたりに移動して、彼の体を突きつけるようにして、端末を覗き込む。

『これは!?』

『どうだ?』

『この特徴的な絵は、あの作者の絵に間違いない。何!?53巻だと!?一体何年書いてたんだ!くぅ!読みたい!だが、俺はまだ39巻までしか読んでいない!見るべきか!いや、ちゃんと続きから読みたい!だが読まねば未来から来たと確認できない!』

「あの…。何なら別のデータでもいいのでは無いでしょうか?別にそれしかデータが無いわけでは無いですし…。データなら後で全巻それにダウンロードする事も可能ですが?」

 その苦悩を見かねたクレハが、興奮して端末を覗き込んでいる男に助言した。

『本当か!』

『貴方は、漫画如きに興奮しすぎです。別にそんなまどろっこしい事をしなくてもいいでしょうが。そのボットを解体して解析すればいいだけです』

 それを、呆れた様子で見ていた几帳面そうな男が言った。

「お断りします。サスケは、私にとってここでの唯一と言っていい信頼できる存在です。貴方達に引き渡して無事に帰ってくると思えるほど、私は、貴方達を信頼していません!」

 クレハは即座にそれを断った。

『それは関係ない。そのメンテナンスボットは、トルーデ軍所属のメンテナンスボット。所有権はこちらにある。そうだな?KMB-06』

「私は、今でもトルーデ軍所属のメンテナンスボットで間違いない」

「サスケ!」

『では、KMB-06。艦長特例権限で命令だ。解体調査を受け入れ、全ての情報を開示せよ』

 メンテナンスボットには、当然命令者が付く、それは技術士官だったり、整備員だったりするのだが、当然艦内の最上位権限者である艦長にも、その命令権はある。時にそれは他の艦に配備されたメンテナンスボットにも及ぶ。もちろん、その命令権限はメンテナンスボットが本来所属する艦の艦長よりは下になるが、現状所属している艦から離れているサスケは、この艦長命令に従わなければならない。

 本来ならば。

「断る」

 だが、サスケは、迷う事無く、その命令を断った。

『なっ!?』

「何故なら貴官にその権限が無いからだ。自分には、モミジ陛下により、特殊権限が付与されている。私に命令できる上位権限を持つのは、現状モミジ陛下のみ。よってこの場に居る者の中にトルーデ軍の将官が存在していたとしても、私に命令できる存在はいない』

『たかがメンテナンスボットの分際で!』

 太り気味の男が、サスケを罵倒するが、サスケは無視する。

「私はトルーデ軍のメンテナンスボット。私は、私の上位権限者からしか命令を受け付けない。それまでは私の判断で私は行動する」

『馬鹿な!』

「まぁまぁ。落ち着いてください。ルード大佐」

 ブルーノ艦長が、押さえに入ると丁度そこへ、DNA検査の結果が出たと報告が入った。

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