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「ああっ!ようやく、後ちょっとでミドロス星間連邦に着く事が出来るわ」

 クレハは、旅客宇宙船で宛がわれた部屋に着くなり、今閉まったばかりの扉の前でへたり込んだ。

 お嬢様育ちのクレハにとって一人旅は(サスケが居たとしても)、初体験の連続だった。そもそも一人で出かけたことすらない彼女に、徒歩で街中を移動し、駅でチケットを買い、改札を通って、交通機関に乗り、国外脱出など不可能に近い話だ。だが、そこは彼女の持つ携帯違法端末からネットに接続できるサスケが、なるべく監視カメラに映らないよう道案内をし、チケットの買い方から、使い方を指南し、時には、某薬で縮んだ探偵の如く、クレハの変わりに喋って入国審査官を騙したりして、ようやくここまで来たのだ。

「まだ、ミドロス星間連邦についた訳ではない。気を抜くのはまだ早いぞ」

 サスケは、旅行カバンを開けて中から出るとそう言った。


 今彼女達が乗っているのは、ミドロス星間連邦行きの貨客船だ。

 クレハの座り込んでいるのは、部屋にある短い廊下だ。その先に、がらんとした内装の部屋がある。

 その部屋には、正面に大き目の窓が一つあるだけで、家具は、カプセル型のベットが一つだけ。壁は汚れ一つ無い白一色。客室にしては質素すぎるが、クレハはその事に何の疑問も抱いていない。

 ドアの右手にあったクローゼットに立ち上がって旅行カバンを入れると、そのまま何も無い真っ白い部屋へと向かう。ちなみにクローゼットの反対側には、バストイレに繋がる扉がある。

 部屋と廊下の境目辺りで立ち止まると廊下の壁に埋め込まれた端末に手を当てる。クレハの目の前に空間ディスプレイが立ち上がる。クレハはなれた様子でディスプレイを操作した。

 すると、壁の色が白から、ログハウスの様な木目調の壁に変わる。そして壁がぐにゃりと変形して木目のテーブルと椅子が現れ、部屋には、木の匂いがかすかに香り始める。無機質なカプセル型のベットのフレームも、木の様な雰囲気に変わる。外の宇宙空間をそのまま見せていた窓が、森の風景が映った。

 殺風景だった真っ白い部屋が、瞬く間に森林の中にあるログハウスの一室へと様変わりした。壁に手を触れれば、つるりとした木の感触がクレハに伝わる。

「一瞬にして部屋が変わるなんて何度見ても凄いわよねぇ」

 部屋の変化を見て、しみじみと呟くクレハ。ここまでの逃走劇の中で、この手の機能のついた部屋には何度も泊まっていた。最初は面白がって何度も何度も部屋の模様替えを行っていたが、今では見慣れた事もありログハウス風の内装に落ち着いた。


 この様な部屋の模様替えシステムは、この世界では一般的となっており、普通のマンションなどにも使われている。高度な技術をなのだが、量産化によるコストダウンにより、今では逆に通常の壁紙や、本物の木製素材を使った家具を置いた部屋の方が逆に高価な部屋になっていた。

 クレハは、模様替えシステムの存在しない屋敷に住んでいた為、この様なシステムが珍しかったのだ。


「それにしても贅沢な話だ。軍の船などは、狭い部屋に脱出ポッドを兼ねた二段ベットが二つあるだけだ」

「そうなの?」

 ログハウス風になった室内を歩いて、フレームが木目調へと変化したベットに座りながらクレハが言った。

「ああそうだ。ベッドは一人ひとつは確保されていたが、はるか昔…人類がまだ宇宙に出る事が出来なかった頃、潜水艦と呼ばれる船では、そのベットすら人と共有していたという話だ」

「え~他人とベットを共有って私には考えられないな~」

 体を倒してボフリとベットへと倒れこむクレハ。

「それだけ人間に割けるスペースが無かったという事だな」

 その時、クレハの部屋に、間もなく出向するという旨の客室アナウンスが流れた。

『このたびは貨客宇宙船 ロンドモス号の御用ありがとうございます。当船は、これより、標準時9月24日0345時にテルミード国際宇宙港を出港し、同日0545時にワープドライブへと入ります。五日後の標準時9月29日0247時ワープドライブアウトし、ミドロス星間連邦にございます。テモカス国際宇宙へと到着いたします』

 標準時とは、かつて地球で使用されていた協定世界時(UTC)を基準として作られた時間であり、地球が破壊されてしまっても今なお使われている。地球が破壊された後、廃止しようというという動きもあったが、今まで宇宙で広く標準として使われていたものを変えるのは、コストが掛かりすぎると言う理由から今もなお使われている。

「ミドロス星間連邦についたら何しよう…」

 そう呟くと、船が出港する前にクレハは、眠ってしまった。これまで何も無かったとは言え、緊張続きの旅だったのだ。逆に何も無かった事が、今この瞬間にも襲われるかもしれないと言う恐怖をあおり、常に気を張って旅をして来た。サスケは、その様子を間近で見てきたのでそれを攻めることは出来ない。サスケは毛布をクレハの体にかけると、万が一の事を考え、船へのハッキングを開始した。


 船の旅と言うのは、結構暇だ。それは宇宙船でも変わらない。それが船員か、豪華客船のお客さんであれば別だが。前者であればするべき仕事があり、後者であれば、客用に用意された色々なプールやカジノなどの施設や、映画や電子書籍などのデジタルコンテンツを楽しむ事が出来ただろう。

 しかし、人ののついでに荷物を運ぶ貨客船の客ともなるとかなり暇だ。

「ああ、来れも見たやつだ。これも…これも」

 船が出港して一日がたった。船は既にワープに入っている。クレハは、客室のベットにごろんと横になりながら手元にある端末に指を滑らせる。

 一応この船を所有している会社が大手コンテンツサイトと契約しておりデジタルコンテンツは充実しているが、今までクレハが泊まってきた宿泊施設もその大手コンテンツサイトと契約していた為、提供されているコンテンツは見たことあるものばかりだった。

「なら、勉強でもしたらどうだ?歴史とかなら面白のではないか?特に惑星郡独立戦争あたりなら、面白いはずだ」

「やーよ。そのあたりは学校で散々やったわ。知ってる?学校では惑星郡独立戦争終戦記念日が近くなると毎年悪逆女王の件をやるのよ?もう耳にたこが出来そうだったわ。…あら、でも今年はその授業は受けれないわね。この逃亡生活で数少ない良い事ね!」

 "悪逆女王"とは、惑星郡独立戦争当時のトルーデ王国の女王の別名だ。

 地球を破壊する為に、当時最悪の兵器として名高いプラネットインテリトゥムを使用を命令した事で有名だ。

 プラネットインテリトゥムとは、当時地球連邦が唯一所持していた最強最悪の兵器だ。対惑星弾とも言われ、惑星に直接打ち込み、星そのものを破壊するという馬鹿げた兵器。地球連邦政府による、諸惑星支配の切り札で、各惑星を監視していた地球連邦方平和維持軍の旗艦に装備されており、これにより各惑星の反乱を抑えていた。しかし、惑星郡独立戦争開戦初期に殆どの惑星で地球連邦宇宙軍の旗艦に対して総攻撃を行い破壊されていたのだが、当時のトルーデ星系軍、後のトルーデ王国軍のみが、鹵獲に成功した。

 そしてそれを悪逆女王が地球に対して使用したのだ。そして、プラネット・インテリトゥムは、その力を遺憾なく発揮し、地球を宇宙の藻屑へと変えた。

 当時は、すでに勝敗が決していた事もあり、その行為は正当化される事はなく、他の国の軍によってトルーデ王国は糾弾される事になった。

「まったく一人の人間がやった事で今での私達が迷惑してるわ」

 毎年毎年、繰り返された授業を思い出してクレハはうんざりとした顔になった。

「だが…」

「あら、もうお昼の時間じゃない。食堂に言ってくるわ。サスケは、お留守番よろしくね」

 そう言うとクレハは、万が一の為に耳に通信機をつけると、うきうきとした様子で食堂へと向かった。


 逃亡生活で唯一クレハがうれしかったのが、食事の自由だった。

 それなりに高位の貴族の家の出だ。平民のように気軽に外に出て買い物をする事など出来なかった。買い食いなんてもってのほかだ。栄養士に管理された完璧な料理を朝昼晩食べる。食事がまずいわけではない。そのあたりはプロの料理人故に非常に高レベルな食事が出る。しかし、女子校生が映画やドラマのように、友達や彼氏と一緒に町を歩きながら、道沿いにあるカフェでお茶を飲んだり、屋台でクレープなどのスイーツを食べ歩きたいと思うのは当然だ。

 それゆえに、クレハは逃亡生活の間、おいしい物ジャンクな物、そしてまずい物を楽しみながら食べ歩いて来た。


 「さ~て何を今日は食べようかな~」

 この船での食事は、客は船の中心部にある食堂に集まりバイキング形式の食事を取る事になっている。

 それなりに広い食堂で四人掛けの丸テーブルが、規則正しく並んでいる。


 結構いいシェフを雇っているのか、出される食事は全てクレハの舌を満足させる出来だった。食事毎に和食だったり洋食だったりと食事の種類もころころと変わり、クレハを飽きさせない。

 ここ最近のクレハのマイブームは、他の乗客がどのようにバイキングで食事を取るのかこっそりと観察する事だ。最初は、クレハがバイキングでの食事の取り方が分からなかったので、他の乗客達がどのように料理を取るのか観察したのが最初。

 人によってその食べ方は千差万別。一枚の大きな皿にたくさんの料理を乗せる人が居れば、小さな皿に料理を一種類ずつ乗せる人も居た。それ以外にもそれぞれの個性やこだわりを持った配膳をしているのが面白かったのだ。

 そして今日も、いろんな種類の料理が並ぶテーブルが自然に一番良く見える場所に陣取り、観察を始める。当然自分の目の前には、自身で選び抜いた昼食が並んでいる。

 今日のクレハの昼食は、白いご飯に味噌汁、おしんこ、そしてメインディッシュには、から揚げに山盛りキャベツだ。さすがに食器は使い慣れていないので端ではなくスプーンをフォークを使って食べている。から揚げを一口食べるごとにあふれる肉汁を堪能し、真っ白なご飯を食べる。少し口がくどくなれば、山盛りキャベツを食べて口をすっきりとさせる。

 (あ~おいしい~)

 クレハの家の料理人は、殆ど和食を作らなかったので、クレハの中では、新しい味として和食ブームが起きていた。

 そうやって一人食事に舌鼓を打っていると、声掛けられた。

「失礼、お嬢さん。相席してもよろしいかな?」

「え?」

 声のした方を見上げてみるとそこには、紺色の制服をピシッと来て船長帽を被った壮年の男性が料理の載ったトレーを持って立っていた。ふっくらとした体型に、顔にはタップリと口ひげを蓄えている。ぱっと見、いかにも船長と言った風体だった。

 クレハは、その男性に見覚えがあった。この船に乗った時に部屋の空間ディスプレイに目の前の男性が船長と名乗り挨拶しているのを見ていたからだ。

「えっあの!」

 クレハが食堂を見回しても、食堂はがらがらで、空いている席などいくらでもある。それなのに、この船長は相席を申し出た。戸惑っているクレハに、船長は、気遣うように微笑みながら自己紹介と一緒に説明した。

「いきなりで申し訳ありません。私は、この船の船長をしておりますオブライエンと申します。私は、航海中にお客様と食事を共にするのが趣味なのです」

 クレハも時折船長が、他の乗客達と一緒に食事を取っているのを見た事がある。だがクレハは、それは乗客と船長が知り合いなのだろうと、気にも留めていなかった。

「よろしいですか?」

「すっ好きにしたらっ!」

 咄嗟に出てしまった了承の言葉に、クレハは、自分自身でびっくりした。家を脱出してからと言うものクレハはサスケ以外とは殆ど会話をしていない。他人と会話をしたとしてもせいぜい店の従業員や空港職員などと業務的な会話しかしていない。古いメンテナンスボットであるサスケと世間話が出来る訳無く。クレハ本人が人との会話に飢えていた。

「ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」

「っサニア・ロンドロンよ」

 つっけんどんに偽名を名乗ったクレハに、オブライエン船長は、改めて礼を言うと、テーブルに料理の載ったトレーを置いて椅子に座った。そして、神に祈りを奉げるとトレーの上に乗っていた箸を手に取った。オブライエン船長のトレーの上にもご飯などの和食が並んでおり、迷うことなく味噌汁の入った茶碗を持ち上げると、一口啜った。

「うん。うまい。どうです?当船の自慢の料理人の料理のお味は?」

「えっあっ!おいしいです。特に、この揚げ物は最高は絶品です」

「そうですか、そう言っていただけると嬉しいです。後で料理人にも伝えておきましょう。きっと喜ぶはずです」

 

 それからは、たわいの無い話をしながら舌鼓うった。その間、クレハは、自身の出自の出るような話題は避け、言葉遣いも今時の平民の女の子っぽく繕いながら答える。それでも、久しぶりの人間らしい会話にクレハは嬉しかった。

 そうしているうちに、二人のトレーの上にあった食事は無くなった

「楽しい時間と言うのはあっと言う間ですね。これから仕事なので失礼します。私と昼食とっていただき、ありがとうございました」

 そこまで言うと今度は、周りに聞こえないように声を潜めながら言った。

「最後に老婆心ながら…。食事中の仕草に育ちの良さが現れていますよ」

 クレハの方がビクンと跳ね上がる。

「では、良い旅を…」

 オブライエン船長は、最後に小さくそういうと、トレーを持って立ち上がり、クレハを置いて去っていった。

 彼は内心、彼女が家出少女では無い事に安心していた。

 出港前に、乗客のリストを確認した時、年齢を見た時は驚いたものだ。高校生くらいの女の子が、一人で他の星系国家へ旅行など普通は考えられない。 考えられるのは家出となるが、オブライエン船長は、話してみて家出では無いと推測した。

 ただ、本人にはどうにも出来ない事情があるのは、食事の間にした世間話で察せられた。

(話題の内容から彼女はトルーデ王国の貴族のお嬢さん。時折目に怯えやこちらを観察した様子から、何かから逃げている?…だが、そう悪いお嬢さんには見えない。そこから察するにお家騒動に巻き込まれて、逃げている最中と言ったところでしょうか?心配しても私に出来るのは、彼女を無事ミドロス星間連邦へ連れて行く事だけですが…。ならば、それだけでも完璧にこなしましょう…。面白いお嬢さんでした。到着するまでに、もう一度食事を一緒に頂きたいですね…)

 オブライエン船長は、ブリッジに向かう道すがら、そう思った。

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