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護りのチカラ  作者: amatt
8/9

満月の夜の女神

ジルマの足どりは重かった。小屋に入るとフーテは窓辺の椅子に座り窓の外を見ていた。

「ジルマいらっしゃい。」ジルマに気づくと、か細い声でそう言い飲み物を出すため立ち上がった。笑顔はない。

「いいよ座ってて、自分でするから。水を一杯もらうね。」一気に飲み干しコップを置いた。一息吐いたが、そこから言葉が出てこなかった。

ひと月前、フーテはシャイルに抱えられて村の病院に運ばれた。

死産だった。

いつでもやさしい笑顔をふりまいていたものからは一変してしまっていた。気遣うスホンにキツくあたる姿は周りを驚かせ、激しく声をあげて泣き続けた。シャイルはフーテをなだめるのでいっぱいいっぱいのようだった。

ようやく落ち着いたが、ジルマは不安でしょうがなかった。それは病院の医師から聞かされた話によるものだ。

「死産した子は途中で成長が止まっていたよ。理由は一目見て分かった。全身が黒くなっていたんだ。私たちがチカラを使うとき頭の中でイメージとしてみる黒衣そのものだった。こんな事があるなんてね…。」

これが‘おきて’にあった理由なのか。両親が大きなチカラの持ち主だからか、またその一方か。

お腹の中でチカラに目覚めてしまったその子は無意識に母体であるフーテの黒衣や疲労をその小さな体に取りこみ続けていた。力尽きるまで。

「姉さんは見たの?」

「ああ、気づいているはずだ。」

フーテを苦しめたのはこの事ではあるが、彼女しか知らない秘密がさらに彼女を苦しめた。シャイルの献身的な支えもあって以前のような生活をするまでになり、微かではあるが笑みを見せることもあった。それを聞いた両親は少し安心した様子だったが、ジルマは不安がますます大きくなるばかりだった。


バンッ。ドアが勢いよく開いた。ジルマと両親は夕飯を食べる手を止めた。

「フーテがいなくなった。」シャイルが息を切らして言った。

「どう言う事?」ジルマがシャイルにかけ寄った。シャイルに握り締められていた紙を渡され、それを広げる。

"ごめんなさい"

走り書きされたその文字から突発的なものなのは明らか

「思い当たるところを周ってみる。」そう言うとすぐまた走って行ってしまった。

「ちょっと待って…。父さんは村の司令部に連絡して。」司令部とは視るチカラによる任務で緊急時に電話連絡する場所で、常に数人の電話番がいる。

「あっ、ああ分かった。」父親は慌てて電話機へ、母親はオロオロしたっきりだった。シャイルの姿は見えなくなっていた。

小一時間ほどたったか、話を聞いた村中の人々が村の周辺まで捜しまわったが見つからない。そんな時1人の村人が声を上げて走ってきた。

「街に女神様が現れたって。」村人たちがざわついた。司令部から街にいる村出身の人にフーテの捜索をお願いしていたが、病院に勤務中の医師からのものだ。姿は見てないが子どもたちの病気やケガが治されているという。村周辺を捜しまわっていたシャイルにも伝えられると、すぐ街に向かって走り出した。

「おい、もうそこにはいないし、そもそも女神様の話だぞー。」

(頼む。一緒に生きてくれ。)己の無力さを痛感している。村を出たとき何があっても必ず守ると心に誓ったが、子を亡くしたときから何も出来ていない自分がいる。寄り添うだけでも時間が傷を癒してくれないかと考えた。掛けてあげられる言葉は本当になかったのか。

手がかりがない今、偶然とは思えない女神の出現に村人たちは司令部に集まりだした。

「別の病院でも現れた痕跡があるとの事です。」

「こちらも今連絡がありました。姿は確認できなかったそうです。」

「どうなっているんだ。一度にこんなに現れるなんて…。いや、今までウワサ程度しか知らなかっただけか。もっと範囲を広げて連絡してくれるか。」

となり街の範囲を超えて病院は5つを数えた。

司令部に1つの連絡がきた。

「病院内で女神らしき女性が倒れていると。医師だけでは手に負えず応援をお願いしたいとのことです。」すぐに数人が車に乗り込み街に向かった。

「他に車を出せるものは街まで乗せていってくれないか。」

病院のろう下には仰向けに寝かせられた女性とその横で疲弊して座りこんでいる医師がいた。

「先生大丈夫ですか?状況は?」

「ああ、早く治してあげてくれ。危険な状態だ。」

シャイルが最初に連絡のあった病院に着くと下で医師が立っていた。

「待ってたよ。いそいで車に乗ってくれ。女神の1人を治しているそうだ。」

息が切れて言葉を出せずにいた。

少し遅れてスホンが到着し女性にかけ寄った。その顔はおばあさんであった。

(フーテじゃなかった。)しかしすぐにそれをくつがえした。フーテがいつも付けているシャイルから貰ったピアス。

「この女性、フーテです。」驚いて皆女性を見なおす。

「本当か?」

「はい、間違いないです。どうしてこのような姿なのかは分かりませんが。」

「とにかく可能な限り応援をよこすよう要請してくれるか?」

後に女神様を見たという子どもたちの話では'きれいなおねえさん''やさしそうなおばさん''くるしそうなおばあさん'だったと証言したがすべてフーテだ。複数の病院に現れたのも彼女1人によるもの。治した子の数は数十人になっていた。

村では連絡を待っていた人たちが月に向かって祈っていた。祈ることしかできなかったが、意味のあることなのは誰よりも知っていた。

ジルマが到着したとき数人がフーテを囲んでチカラを使い、その周りで10人余りがへたり込んでる。

「姉さん。」見た目は元の若い姿に治されていたがフーテに触れて愕然とした。10数人がチカラを使った後にもかかわらず黒衣で真っ黒なのだ。まるでそのものであるかのように。


数時間前、フーテは病院のベッドで眠る子の頬に触れた。その顔はやさしい微笑みを浮かべていた。後悔と自責の念。子どもを授かってからも女神としてチカラを使ったのは、誇れる母でありたい、誕生が待ち遠しい、そんな想いを体現したからだ。もちろん体への負担を十分考えた上で。しかしそれがお腹の中の子の命を削る事となるなんて想像もしていなかった。自分の子にめいいっぱいの愛情を注ぐこと、それだけを思い描いていた。溢れた気持ちは多くの子どもたちに向けるしかなかった。


その場の雰囲気から状況を把握したシャイルはゆっくりとフーテに近づいて膝をついた。やさしく抱き寄せ、そして声を上げて泣いた。


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