勇者はサラリーマン
人参の口から語られる自身の生い立ち。
彼女もまた、世の不条理というものの犠牲者だったのだ。
しかしそれはまた、パイナップルが強くなるための決意を新たにするきっかけでもあった。
老師たけのこと人参、そして俺の三人は居酒屋こじゃんとで歓談のひとときを過ごしていた。当初、人参の元気の良さ(と可愛さ)に押され気味だった俺もいつものペースを取り戻し順調に野菜ジュースのジョッキを次々と空けていた。
『わたしね……』
思い出したように人参が言いながら麻婆茄子を見つめている。何か言いたい、けれどもそれを言っていいのかどうか逡巡している様子だった。
『かまわんじゃないか、鳳梨くんはもうわしらの仲間なんじゃから話しても良かろう』
老師に促されて、人参は言葉を継いだ。
『わたしはね、生まれも育ちも三好市なの。』
俺と違って彼女はこの居酒屋兼ギルドのある地元育ちなのか。
『あったかい土のお布団でずっと暮らせると思いこんでいたの。あ、おかわりください』
俺の記憶にある限り、彼女は人参サワーをすでに五杯は飲んでいる。しかし酔ったような口ぶりでもなく、顔色も最初にここにやって来たときとまったく変わっていない。彼女は酒豪なのかもしれない。
『それで……?』
彼女の話の続きが聞きたかった。
六杯目の人参サワーが置かれるや、人参はそれを一気に飲み干した。
老師たけのこは勝手知ったるごとく店員に注文している
『彼女に人参サワーもう一杯。このパイナップルくんに野菜ジュース、それとわしにもハイボールくれんかね』
『ありがとう、老師』
人参はにっこりとお礼を述べた。それから彼女が語る。
『人の好い農家さんが、わたしを種から育ててくれて、お水やご飯をくれて感謝しながら成長していたの。本葉が三枚になったころくらいだったかな。わたしのお家、あ、畑の畝のことね。そのお家のお隣の子と仲良くなったの。わたしと違って丸い葉っぱがいくつも茂った溌溂とした子だったなあ。わたしたちは友達として、同じご飯を食べて、お日さまの下で色んな話をしたなあ。』
まるで昨日のことのように思い出している。
『でもね、別れは突然やってきたの。あの日はモンシロチョウがひらひらと飛んでいく暖かい日だった。わたしたちがいつものようにお喋りに熱中していると、農家のおじさんが歩いてくるのが見えて。それでね、わたしたちは(お水の時間だね)なんて話しながら笑い合っていたんだけど、何だかおじさんの様子がおかしくて。あれ?と思った瞬間にわたしの友達は宙に舞って…それから……』
人参が涙目になっている。
『もういいよ、人参。無理して話してくれなくても大丈夫だから』
俺はおおよその察しがついた。人参が友達といっていたのはたぶん雑草と呼ばれる類の種族だったのだろう。この種族は農家が手塩にかけて育てている作物の栄養分を(言い方は悪いが)横取りして、みずからの種族を繁栄させるのだ。
それ故、人参が育った畑の持ち主はその雑草に対して早めの手を打った。たとえ彼女――人参にとってはかけがえのない友人だったとしても、だ。
俺はこのことを要約して人参に伝えようとしたがやめておいた。
温室育ちで世間知らずの俺でも、無神経ではない。
自然界と人間界の境界というものが曖昧で、時に俺たち自然側が理不尽に思える出来事があるなどと言葉にせずとも彼女も薄々は理解しているだろうし、何よりも彼女を傷つけるような発言は控えるべきだ。俺はそう判断した。
零れんばかりに涙を溜めた人参は、無理やり笑顔を作って、
『こんな話してごめんね』
と言った。彼女は他者を思いやる気持ちが強いのかもしれない。だからこそヒーラーとしても優秀なのだろう。
友達と別離してからの彼女がどのように今に至っているのか、それは知る由もないし知ろうとも思わなかった。ただ目の前にいる彼女を守りたいと強く願った。
居酒屋こじゃんとの入口の鐘が再び鳴った。
突如として背後に何とも圧の強い雰囲気を感じた。
『いやあ、老師!遅くなりました!』
男の声がした。振り返る暇もなく俺の視界右側に目にも鮮やかな緑色の物体が入り込む。
何だこいつは?怪訝に思い首を向けるとそこにはピーマンが座っていた。こいつも老師が連絡したひとりなのだろう。
『あ~!勇者のお出ましだ~♡』
先刻のしんみりとした空気が嘘のような人参の嬌声。
『おお、ピーマンも来たか。今日も忙しかったのかい?』
老師たけのこも大らかにピーマンを労っている。
『すみません、老師。営業先での打ち合わせが少し長引きまして』
黒い鞄から取り出したハンカチで汗を拭きつつピーマンが応じる。
営業先とか打ち合わせとかピーマンが何の用だよ。
ピーマンが来店してから俺だけが一気に置き去りにされたようで気に喰わない。人参が奴のことをお世辞にも勇者などと言ったのも機嫌を損ねた。故に俺は思いつく限りの悪態を(心の中で)ついた。
『ピーマンよ、紹介しよう。君の隣に座っているパイナップルこそが我々の探し求めていた魔法の使い手、鳳梨くんじゃ』
………老師からの紹介を受けて、初めて俺はピーマンへ挨拶をした。
『はじめまして、ピーマンさん。おれ…いや僕は老師の元でお世話になっている鳳梨と申します』
『初めましてー。私はピーマンという者だよ。よろしくねー』
鷹揚な口ぶりでそう述べつつピーマンは俺に名刺を差し出した。
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土佐打刃物一式 石花殿株式会社
第一営業部 販売促進課 課長
ピーマンゆたか
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受け取った名刺にはこう書いてあった。見た目は何の変哲もないピーマンだが、営業先だの打ち合わせだのと言っていた理由はわかった。
『課長さんですか。それはすごいっすね』
心中でついていた悪態のせいか、もしかしたら少し嫌味っぽくなったかもしれない。
『ピーマンはね、鳳梨君と同じでK県在住なんだよー!』
人参が横から割り込んでくる。
『そうかー鳳梨君はK県のどの辺出身なの?僕はね、土佐山田っていうところなんだ』
いつの間にやらビールを手に持ったピーマンが訊いてくる。
『俺はK市の土佐大津っていうところです。土佐山田っていうとすごく大きなダンジョンがあるところですよね?』
俺はいつか行ってみたいと思っている鍾乳洞のことを口に出した。
『鍾乳洞…ああ、龍河洞のことね。あそこはねーダンジョンというよりも見どころが沢山ある素晴らしい所だよー。弥生土器が鍾乳石に抱え込まれた”神の壺”なんて永い歴史の浪漫を感じちゃうよねー』
初対面の圧と裏腹に、営業マンらしい物腰の柔らかさに俺は感心していた。
『僕ねー、その龍河洞の近くの会社で伝統工芸品の刃物を製造している会社で営業しているんだー。それでたまに老師のパーティーに招かれて副業で勇者やらせてもらっている感じだけどねー。妻と五人の子供たちを養うのが大変でサラピーマンと勇者の二足の草鞋を履いているよー』
ピーマンの巧みな話術に引き込まれそうになりつつ、老師たけのこや人参にも良い所を見せてやろうと思い、俺も負けじと質問する。
『刃物の会社にお勤めということは、やっぱり勇者として使う武器も剣とかですか?』
我ながら上手い切り返し方だったと思ったが、俺以外のメンバーがフフッと微かに笑う気配がする。――俺、なにか妙なこと言ったか?――不安に駆られていると、ピーマンが何事もなく答えた。
『よく剣使いだと間違われるよー。でもねーこのパーティーには剣の名手がいるからねー。僕はドンキを担当しているよー』
ドンキ。何だそれは?話の流れからいくと、ドンキというものも武器か?
今まで聞いたことのない単語に戸惑う俺を察した老師たけのこが教えてくれる。
『鈍器じゃよ。棍棒とかハンマーとかその手の武器をピーマンは使えるのじゃ』
『あとピーマンはバールのようなものも愛用だよねー!!!』
人参の愛らしい声が響くと、居酒屋こじゃんと内の客がドッと笑う。
全て実在の自治体および固有名詞が出てきますが、当然のことながら該当する場所にダンジョンはありません。
土佐打刃物はよく切れます。龍河洞には神の壺以外にも神秘的な箇所があります。




