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パイナップルの淡い目覚め

老師たけのこと出会い、修行と鍛錬に励むパイナップル。

とある切っ掛けで出会った敵を前にして、パイナップルの隠された能力が開花する!

『老師、ところで老師という職業は一体何をしているんですか?』




 老師と出会い、彼の教えの元で修行を始めて五日目。俺はここに来て初めて抱いた疑問をそのまま老師にぶつけた。




 『老師というものが何であるのかは、実のところわしもよく知らん。未熟な一たけのこであった若者の私は、将来は立派な竹として成長を期待されておった。ところがな、育った山は再開発とやらで削られ、他の仲間たち――一族である竹、たけのこもろとも伐採されてしもうたのじゃ。ある竹は細工され籠や一輪挿しへと変わり果て、道の駅で土産物として売られていった。また共に育ったたけのこ達は一般家庭に引き取られ、土佐煮や炊き込みご飯になり、民の腹を満たした。そんな中でたった一本生き残ったわしは長い旅に出た』


 想像以上に厳しかった老師の過去に、俺はジョッキを持ったまま聞き入っていた。家族を失った気持ちなら俺にもわかる。だからこそ老師に初めて親近感を持ちはじめた。




 老師は自分のハイボールをじっと見つめながら言葉を継いだ。


 『旅先では数多の異民族に出会った。お飾りとして生きることを余儀なくされていたパセリ族、民家の庭先でのびのびと暮らしているかのように見えていつ捌かれるか戦々恐々としている鶏族、社交界の華となるべく大事に育てられている深窓の真鯛族、真冬の白い霜に耐えながらどれだけ美味しくなれるのかを競っている法蓮草族……彼らとの出会いを通してわしは考えた。本音を言えば成長することも叶わず、たけのこのままで生涯を送らざるを得ない我が身を呪っていたのじゃが、発想を変えればわしは彼らとは違い自由の身でもあった。はたとそのことに気付いたとき……それがさっき話した光明というものじゃった』




 俺は改めて自分自身の過去について振り返った。温室で仲間たちと過ごした日々。楽しい時間が一生続いていくものだと思い込んでいた。父、母、兄妹、友人たち。一つひとつの思い出とともに彼らの笑顔が脳裏をよぎる。そして、あの輝きに満ちた日常はもう二度と戻らない。二度と…


 ふと涙を流した俺の顔の下に老師のジョッキが添えられた。潤んだ瞳で彼を見た俺。


 『パイナップル風味のハイボールもオツなもんじゃろう?』


 そこには老師の変わらない微笑があった。


 俺は彼に出来る限り付いていきたいと、殊更に強く願った。


 『老師ッ………!俺は…俺は…老師のような存在になりたいです!!』


 溢れても溢れても止まらない涙。その殆どが老師のジョッキに滴り落ちる。


 ハイボールがパイナップルジュースに変化するほどの勢いで。




 翌日、修行生活も六日目を迎えた。


 この日は修行らしきことは何もせずに、老師に連れられて高級料亭に赴き海山の幸をご馳走された。先附八寸、刺身、吸い物、焼物など旬の食材をふんだんに使った料理の数々は、これまでの俺には食したことのない贅沢なものばかりで美味だった。


 俺たちの担当をしてくれた仲居のウドさんも気さくながら心配りの行き届いた接客をしてくれ、二時間もたったころだろうか。献立には”お食事”と書かれている茶碗が運ばれてきた。老師は常に見ている微笑よりも相好を崩している。




 お膳に置かれた茶碗の蓋をそっと外すと同時に得体の知れない臭いが鼻腔をくすぐった。見た目は炊き込みご飯の類なのだが、油揚げやごぼうに混じって茶色い断片が何切れかみえた。臭いはどうやらこれが原因らしい。


 俺はその切れ端を箸で摘まみあげ、ウドさんに恐る恐る尋ねた。


 『これは……?』


 『そちらは松茸でございます。今の時期が香りも大きさも丁度いい松茸の旬でございますのよ。ささ、冷めないうちに是非どうぞ』


 松茸。限られた松林にしか生じないという高級な茸。お目にかかった経験はないものの知識はあった。ウドさんに促されるまま箸で摘まみあげたままの松茸とやらを口元へ運んでゆく。駄目だ。俺には松茸がどうも食べられないらしい。


 老師は嬉しそうに頬張っていたが、一口も手を付けずに固まった俺に気付いた。


 『どうした、鳳梨くん。松茸ご飯は旨いぞ。食べないのかい?』


 ご馳走になるものは全て美味しくいただかないといけない。母が生前よく俺に言い聞かせていた言葉だ。その教えの通り生きてきた自信もある。しかし、これは……しばらくの逡巡の後、俺は意を決して老師に告げた。




 『老師、本当に申し訳ございません。俺にはこの松茸とやらがどうしても食べられません』


 あわよくば、老師が俺の松茸ご飯まで食べてやろうと言ってくれることさえ期待していたのだが、彼の返答は意外なものだった。


 『好き嫌いなく何でも食べられるようになれるのも修行の内じゃよ』


 ああ、老師がこのような場所で高価なものを食べさせてくださっているのは、俺が苦手なものを克服するための修行だったのか。ということは、今日食べてきた一連の懐石料理というものをダンジョンに例えるならば、松茸はさながらラスボスというわけだ。長く冒険をして、敵を倒したとしても、最後に立ちはだかるラスボスに打ち勝たなければ、すべてを攻略できたことにはならない。


 俺が今、するべきこと。目の前の松茸ご飯、すなわちラスボスに勝つことだ。その為に俺は如何なる策をとるべきか………


 横で控えるウドさんと、正面の老師。双方から不安のこもった視線を感じる。


 温室育ちで育った自分の不甲斐なさを思い出す。その黒歴史を塗り替えていく未来のために与えられた初めての試練。


 俺は……―――俺は…………!!




 全身に得も言われぬ力が駆け巡る。


 眩い光に包まれ、この時の俺は何かに突き動かされるようにして絶叫した。


 『大いなる神よ。我このものを一掃せんと願わん!マツタケブロックバニッシュメント! !!』




 ―――――あれ?


 俺を覆っていた光が消えていく。眼前に再び現れる現実。同じく老師。右手には正座しているウドさん。


 しかし先ほどとは違い、ふたりとも呆然とした表情でこちらを見ている。


 状況が全く把握できない俺は困惑して、手許に目をやる。その瞬間、困惑などという陳腐な感情を飛び越して訪れる驚愕。


 俺以外のふたりが息を飲み込む気配だけが和室の中を満たしていた。


 『鳳梨くん、おまえさんは……あの詠唱魔法を、古代の神々より選ばれたるものにしか使えないという伝説の詠唱魔法を………』




 崇高な存在に導かれるようにして、マツタケブロックパニッシュメントと叫んだ俺のお膳からは件の松茸ご飯が茶碗ごと消えていた。脇に置いた蓋を遺して。

パイナップル自身も知ることのなかった潜在能力が明らかになった。

この調子で咲き誇れ、パイナップル!!伝説の魔法使いとして。

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