気象研究報告部
「あ、利くん?」
茜?!
……驚いた。
いや、そもそも茜で驚くなって話だ。だって、わざわざ俺の名前を呼ぶ奴なんて、茜以外にいないんだから。
「この子は?」
その疑問は、迷いなく、同じ制服を着たもう一人の方に向けられた。二日前まで、この学校にいなかったはずの人間。四十八時間前には、この場所に存在していなかった存在。もし、たまたま昨日という特定の日に休んでしまったら、絶対に知り得ない人。そして今、その本人が、好奇心丸出しの顔で俺の隣に立ってる。
そういえば、茜
も転校生の話はもう聞いてるはずだ。人って、自分のことじゃない話はしたがるくせに、自分のことは隠したがるよな。それが、人間って生き物の宿命だからな。
「やっほー!」
初対面とは思えない、元気な挨拶だ。陽キャって、本当に別の生き物だな。
「こんにちは」
「えっとーもしかして、利の彼女?」
「飛躍しすぎだ」
「ゼロじゃないもん! 私がいない間に、利が何人か彼女作ってても面白くない?」
「わけわかんねえこと言うな」
「二人とも、すごく仲良さそうだね」
美栄と話してるうちに、同じ場所にいる茜の存在を、完全に忘れてた。
「あ、ごめん。自己紹介するの忘れてた。白幸美栄です。昨日、転校してきました!」
「えっ?」
「えっ?」
なんで驚いてるんだ?
「どうしたの? どこかで会ったことあるとか?」
「いや、そうじゃなくて……利くん、白幸美栄って、幼なじみなんですよね?」
「まあ、そう言ったけど。それが何か?」
「え? でも……間違ってたらごめんなさい。利くん、幼なじみは男だって言ってなかった?」
ああ。そうだった。確かに、そう言った。今、こうして二人が会えば、当然こうなる。まるで山に住んでて、海は赤いって聞かされてたのに、実際に見たら青かったみたいなものだ。ずっと騙されて生きてきたみたいな感じだ。
「ああ、それってマンデラ効果ってやつだよ!」
「ま、マンデラ効果?」
「ふざけるな、美栄」
「へへ、冗談冗談」
相変わらず、いい感じの雰囲気をぶち壊す。もったいない。せっかく、クール系ラノベ主人公みたいなモノローグ決められると思ったのに。
その後、美栄は一通り説明した。イギリスでの治療と、性染色体移行症候群っていう異常について。
「そうなんですね……性染色体移行症候群って聞いたことありますけど、まさか実際に会うなんてしかも、国内初の症例だなんて……」
「私は貴重な標本だからね〜」
「貴重な標本は言いすぎだ」
「かっこよく言いたかったの!」
「かっこよくない、キモい」
そんな俺たちのやりとりを見て、茜が思わず笑った。
「ふふっ。本当に仲が良いんですね。羨ましい」
何が羨ましいのかわからないけど。むしろ、美栄は意地悪で、ちょっとウザい。ウザい……やっぱウザ。
「あ、これは失礼しました。私、花房茜といいます」
「もしかして、昨日利にメッセージ送ってた子? やっぱり、彼女じゃん-」
反射的に、美栄の口を塞いだ。
このガキ! ちょっと目を離した隙に、余計なことをペラペラしゃべりやがって。だからウザいって言ったんだ。
「んぐっ! んぐぐっ!(離せ! 離せって!)」
「ふふっ。そんな風に見えますか? 光栄ですけど、私はただのお世話係ですよ」
「ガブ!」
「痛っ! ……てめぇ、 噛むな、ガキかお前は!」
うわ。絶対、跡が残る。
「茜、まだ帰ってなかったのか?」
気になって、茜に聞いてみた。日はもう傾き、暑さはひんやりとした風に変わっている。この時間は、体育会系の部活に入ってる連中以外は、もうとっくに帰ってるはずだ。
「先生の手伝いをしてたんです」
「茜らしいな」
「でも、どうして二人はまだ帰ってないんですか?」
「部活探ししてたんだ」
「そうなんですね……もう、決まったんですか?」
「ああ。こいつ、気象研究報告部に入ることにしたんだ。今から入部届を出しに行くところだ」
「部室にですか? よかったら、私も一緒に行ってもいいですか?」
「いいよ」
断る理由もない。茜も、同じ気象研究報告部の部員だからな。
階段を上がる。窓から差し込む日差しが、電気なしでも道を照らしてくれる。
階段を上って少し息を切らした後、ある扉の前に着く。そこは、一部の人間しか知らない、屋上への入口だ。そう、屋上へと続く。
「え? 屋上って、立ち入り禁止じゃなかったっけ?」
そう。屋上は立ち入り禁止だ。ただし、そのルールには例外もある。一部の者のみが持つ特権。気象研究報告部のアクティブメンバー(自称)になる権利。実際は活動なんてないけどな
顧問の先生から預かった鍵で、禁止されてる場所、高校の楽園・屋上への扉を開ける。
「わあ! 本当に屋上だ! なんかアニメみたい!」
「確かに、そんな感じがするね」
ここからの眺めは最高だ。河原も見えるし、街全体が見渡せる。通りに新しくできたカフェも見える。オープンしたばかりで混んでるけど、そのうち熱が冷めて、客足も減っていくんだろうな……
でも、ここに来たのは景色を見るためじゃない! もちろん、景色が最高なのは否定しないけど。
屋上に来たのは、気象研究報告部が活動している場所、つまり部室に行くためだ。
屋上にある建物の前に立つ。ドアの横には、来年の夏までもたなそうな手作りの看板がかかっている。ここが、気象研究報告部の部室だ。
「ここ?」
「そうだ。目の前の真実を受け止めるのだ! これが、気象研究報告部だ!」
「なんかよくわかんないけど、そのセリフ、私も言いたかった! これが、気象研究報告部です!」
「そうだ! 一緒に叫べ! これが気象研究報告部だ!」
「だ!」
「あはは…とりあえず、入る?」
そうそう。入部届を出すのが目的だ。そこからそれないようにしよう。
ギシッと音を立ててドアが開く。中は薄暗く、部室の天井に飾られたキラキラ光る星たちと、気象研究のために買ったパソコンの弱々しい明かりだけが頼りだ。
「よお、春。土産持ってきてやったぞ」
誰もいないところに言ってるわけじゃない。暗くても、確かにここに彼女の気配を感じる。
「誰かと話してるの? 誰かいるの?」
美栄は混乱して、キョロキョロと周りを見回す。ここは暗すぎて、目の前に誰かがいることに気づかなかった。いや、暗さのせいじゃない気がするけど。
「おっ! 利、来たのか!」
「うわっ! びっくりした。誰、このチビ子?」
「はぁ? チビ子? 失礼な奴だな! 私は小森小春だ。君の先輩で、部長だぞ!」
「名前も『小』が二つも入ってる! 可愛い」
「可愛いって言うな!」
「ふむふむ…もう仲良くなったみたいだな。よしよし」
「はぁ? お前、目が見えないのか? メガネかけてるのに、視力は良くならないのか!」
最後のは無視しよう。
どうやら二人はうまくやってるみたいで、何よりだ。部活は平和が一番だからな。平和な部活の第一条件は、先輩後輩が仲良くやることだ。
「茜。いじめられてた」
「よしよし。春先輩はいい子いい子ですね」
「茜…本当に、女神」
「俺もそう思う」
「お前の意見は聞いてない!」
小春は茜にしがみつき、茜はそんな彼女を子供でもあやすかのように、優しく頭を撫で続けた。
この人が、自己紹介してた通り、小森小春だ。気象研究報告部の部長だ。見た目はこんなだけど、実際は三年生。身長は148センチくらいで、ジェットコースターの年齢制限に引っかかりそうな中学生に見える。
でも、この人のおかげで気象研究報告部は成り立っている。この人が全部の書類仕事をやってるから、生徒会に部活が機能してないってバレないんだ。本当に頭が上がらない。
茜の胸に顔を埋めるのに満足したのか、小春はようやく元の自分に戻った。
「何か用?」
「はい! これ! 受け取ってください!」
美栄が用紙を渡す。小春は、茜の膝の上に座ったまま、頭を撫でられながらそれを受け取った。
「どうやら、また失礼な奴を連れてきたみたいだな、利」
「あっ! 利は失礼な人を連れてきたの? それはダメですよ!」
「お前のことだ!」
小春はため息をついて、茜の膝から立ち上がった。自分の机に歩いていき、用紙を確認する。手慣れた様子で、こういう作業に慣れてるんだなって感じだ。
「はい、もう捺しといたから」
「やった! ありがとう、はるっち!」
「はるっち? 何それ。利に借りがあるからやってるだけで、そうじゃなかったら、こんなのやってないからな」
小春は美栄に用紙を渡しながら、何かを呟いてた。どうでもいいから無視した。
用紙には、承認印が押してある。部長が入部を承認した証だ。この紙は、その人がもうこの部活に所属しているという証明であり、つまりこの学校にい続けるための条件を満たしたっていう証拠でもある。パチパチパチ。
「わあ! 天井に星がある!」
「触るな!」
どうやら、心配しなくても大丈夫そうだ。未来は明るい。いや、未来はもうここにある!
あとは那仁田先生にこの紙を出すだけだ。それで全部終わる。
「白幸美栄」
「はい?」
「転校生、だな」
「そうです。そんなに有名ですかね?」
「転校生は、噂になるに決まってる… そうじゃなくて!」
「?」
春の反応は、いつも見てて面白い。
「このカルト集団の契約に、自ら身を縛ることを決めた以上。全てを犠牲にして、そんな契約の中で青春を生きる覚悟はあるか?」
「よくわかんないですけど、なんか誤解を招きそうな言い方ですね!」
絶対、誤解するよな、あの言い方!
「よし、かかってこい!」
「代償を背負う覚悟はあるか?」
「あります!」
「苦難を乗り越える覚悟はあるか?」
「あります!!」
「気象研究報告部の部員になる覚悟はあるか?!」
「あります!!!」
部室での出来事の後、茜と一緒に帰っていた。美栄はいつもの黒い車で帰ったから、残ったのは俺たち二人だけ。
「驚きました」
茜が、リラックスしてるのか混乱してるのか、よくわからない表情で言った。
「何に?」
「白幸さんに」
美栄に。
最初は、俺も驚いた。いなくなったと思ってた友達が、突然、美少女として現れたら、どう思うだろう? 何人経験者がいるんだろうな。数字はわからないけど、日本で、少なくとも俺だけだとは、自信を持って言える。
「なんだか、白幸さんは何か隠してるような、不安な気持ちになるんです」
「そうか」
女って、何か隠してるって聞いたことがある。でも、美栄を女として扱っていいのかはわからない。
「あっ、でも、悪い人ってわけじゃないんですよ! 何か隠してるのは全然いいと思うし。私だって、何か隠してるし…」
「そうか、茜も何か隠してるのか」
「はい、女の子は、いっぱい秘密を持ってるんです」
それは、男には決して立ち入ることができない、男にはわからない世界だ。
「でも、たぶん病気のせいなんじゃないかな」
「え? ああ、そうか。あの病気があるからね。急に男から女に変わっちゃうなんて、大変だっただろうな」
そう、ここ数年、苦しかったに違いない。急に原因不明の病気にかかって、体が激変するなんて、本当に怖い経験だろう。それがわかる。まともな人間なら、わかるだろ?
茜は前を向いて、こっちを向いて笑った。その光景は、ギャルゲーのワンシーンみたいだった。
「そうですよね。白幸さんは、きっと大変だったんですね」
「茜が友達になってくれたら、いいんだけどな」
「私、喜んでお友達になりますよ!」
「それはよかった」
「……ふふっ」
茜が突然、笑い出した。
「何だよ?」
「いえ、利くんはお父さんみたいだなって思って」
「どうも」
「それ、褒めてないんですけどね。利くんは変わってますね」
俺は変わってるのか? まあ、男はいつか父親になるし、誰の心にも(父性本能)ってやつが、ずっと前から存在してるんだと思う。
◇◆◇
とある黒い車の中。帰り道、ある少女とその執事が乗っていた。
「はああああ……」
少女は、今日一日の出来事に疲れ果てて、少しイライラしているのか、大きなため息をついた。
「何かありましたか、若様?」
「うるせぇな。お前に関係ねーだろ。首突っ込んでんじゃねーよ」
「申し訳ございません、若様。ご無礼をお許しください」
見た目に反して、その少女はかなり口が悪い。
「はぁ……。外の景色を見てるだけで、ヘドが出そうだよ」
少女が独り言を言っている間も、世界は動き続け、まだ夜になったばかりの街は、人々で賑わっている。
生気のない、濁った目で、少女は車の窓の外を見続ける。車がゆっくりと前に進む中、少女の目には光が映らない。世界はこれからも繰り返されて、取り残されたやつを置いていくんだろう。
とし:はる、今日は雨が降りそうだな。
はる:いや、空めっちゃ晴れてるけど?
とし:近づいてくる雨の匂いがする。
はる:そんなのわかるわけないでしょ! ……っていうか、呼び捨てにすんな! 私、お前の先輩なんだけど!
最後まで読んでくれてありがとうございます!
最近ちょっとモチベが下がり気味なんですが、他の方の作品を見るとやっぱり書きたくなってしまって……まだ書き終わってないのに新しい話のアイデアが浮かんできて止まりません。
これからは、できるだけ週に1回は更新できるように頑張ります!(保証はできませんが…)




