家にはいつも誰かがいる
更新が遅くなってすみません。
いろいろ理由はあるんですが、一番の理由は卒業で、学校のことでバタバタしていました。
夕食の時間だ。
時間通りに家に着いた。ドアを開けると、部屋は明るくて、もう電気がついていた。いつもの日常だ。
茜は、俺が鍵を置いてある場所を知っている。たいてい、一緒に帰って、夕飯の前に他愛もない話をしながら過ごすこともある。
両親は仕事で、夕飯の時間にはいつもいない。
だから、誰かがご飯を作ってくれるのは、正直ありがたい。誰かがご飯を作ってくれるなんて、誰にでもある贅沢じゃない。
鍵のかかっていないドアを、ゆっくりと開ける。ドアの音を聞いて、茜がダイニングから顔を出した。どうやら、夕飯の準備はもうできているらしい。
「ただいま。」
「おかえり〜」
玄関で靴を脱ぐ。普通の人なら、そうする。
目の前で、茜がこっちを見ている。なにかを期待してるような顔だ。お礼とか? でも、茜はお礼を言葉にしなくていいタイプでもないし、誰かに感謝を求めるタイプでもない。
「なにか?」
「なんとなく…ご飯、先にする?」
ああ、そういう流れか。まあ、たまにはこういうのも悪くないから、乗ってやるか。
「他の選択肢は?」
「それはご飯にする? ご飯? それとも…ご・は・ん?」
「なんだよ、その質問。どっち選んでも、結局飯食えってことじゃねーか。」
「もしかして… なんか期待しちゃってる?」
なにも期待してなかったって言うのは嘘だし、嘘をつくような人間じゃない。
「ちょっとだけな。」
「さすが利くん。」
「つまり、俺は変態だって言いたいのか?」
「そういう風にも取れるね。」
どういう意味だ?
「とにかく、ご飯食べないと冷めちゃうよ。冷めると美味しくないから。」
「はい。いつもありがとな、茜。」
「いいえいいえ、私がやりたくてやってることだから。毎日利くんのために料理できて…えへへ。」
「茜は、料理するの好きだもんな。」
「好きなのは、料理じゃないんだけどね。」
茜は料理が好きじゃないって言うけど、わざわざ時間を作って夕飯を作ってくれている。きっと面倒なこともあるはずなのに、それでも作ってくれる。
でも、個人的には、料理ができる女の子って、それだけで魅力があると思う。
茜が先に歩いていく。その後ろについて、ダイニングへ。薄暗い部屋は、スープの湯気でじんわりと暖かくなっていた。ご飯が並んで、誰かが待っている。妙に家庭的で、平和な夕食の時間だ。
「「いただきます」」
◇◆◇
昼休みは、誰にとっても神聖な時間だ。特に、ぼっちにとっては。陽キャな連中には、昼休みにぼっちがどんな気持ちか、絶対にわからない。「一緒に食べよう」とか「今日何食べた?」とか、そんな普通の出来事は、ぼっちには一生縁のないものだ。
だから、たいていのぼっち、もしくは自称ぼっちは、ぼっちだけが知る神聖な場所へ向かう。いわゆる、ぼっちの聖域。というわけで、今、俺はそのぼっちの聖域へ向かっている。わからない人に言うと、「古い物置の裏」だ。
ここはとても神聖で、もし別のぼっちが来たら、競争になる。自分の聖域すら確保できない負け犬ぼっちに、価値はない。
「いや、違いますよ。」
「調子に乗りすぎじゃねえか?」
ん?
誰か、もういるのか? 誰もいないはずなのに。
「いやだって言ってるでしょ!」
「綺麗な顔してると、調子に乗るなよ!」
げっ。なんでリア充がこんなとこにいんだよ。汚い! 不純だ! 一気に食欲失せたわ! リア充爆発しろ!
いや、待てよ。女の子の方、見覚えがある気がする。同じクラスだっけ? 花なにがしさん。どうでもいい。今は、この聖域をこの連中から取り返さないといけない。
「先生! この箱はどこに運べばいいですか?」
もちろん、先生も箱もいない。ハッタリだ。
「誰かいるのかよ。時間の無駄だった。」
先輩たちは、見つかるのを怖がって立ち去った。先輩たちは去ったけど、その女の子はその場に立ったまま動かない。ここで昼飯を食おうと思ってたけど、さっきの出来事で完全に食欲がなくなった。もう食べなくていいや。そう思って、その場を離れた。
昼休みの出来事のせいで、結局、放課後にパンを食べるハメになった。たまたまコンビニに寄ったついでに、夕飯用に温めるだけで食べられる弁当も買っておく。
朝飯を作るのと、夕飯を作るのは違う。楽な選択肢があるなら、疲れる方を選ぶ必要はない。つまり、単に作るのが面倒なだけだ。
「あら、里仲くんじゃない?」
里仲くん…俺のことか?
声のした方を見ると、見覚えのあるような…ないような女子が立っていた。誰だ?
「え…あ、はい。」
いやマジで誰だ? 知ってる気がするんだけど、思い出せない。
「クラスメイトの花房茜ですよ。」
ああ! さっきの昼休みの子だ。
「もちろん知ってる。」
「いや、それ絶対嘘でしょ?」
バレた!
「何買ってるの?」
「夕飯用の温めるだけの弁当。」
「温めるだけの弁当? 美味しいの?」
美味しいのか? そう言われると、美味しいのかどうか、よくわからなくなってきた。
「とにかく、そんなのばっかり食べてたら、体に悪いよ!」
「毎日じゃないけど…」
「本当に?」
「ああ。夕飯の時だけだ。」
「それ、毎日じゃん!」
弁当を奪い取られて、ついてこいと言われた。
「よし、今日は私がご飯作ってあげる。」
「え?」
「タンパク質が必要だから、卵でいいかな。で、炭水化物は、ご飯と一緒にじゃがいももいいね。」
「え?」
「カレーは好き?」
「嫌いじゃない。」
「じゃあ、決まり。」
「何が?」
「カレーを作るの。」
え? 作るって、俺のために?
「作るってどういう意味だ?」
「作るは作るでしょ? 作ってあげるってことは、私が作ったものを里仲くんが食べるってこと。」
なんか、ラブコメみたいな展開になってきた! これはヤバい。頭が追いつかない。
どうやら、レジで会計を済ませて、家に向かって歩いているらしい。ありがたいことに、家はコンビニから遠くない。なのに、家に着くまでの道のりが、やけに長く感じる。
夕日が空をオレンジに染めて、道も同じ色に染まっていた。
「里仲くんって、一人暮らし?」
茜の方から話しかけてきた。気まずい沈黙より、話しかけられた方がもっと気まずい気がするけど。
「違う。親は仕事で、夕飯は一緒に食べられないだけだ。」
「そうなんだ。」
会話が終わった。あまり話したことのないクラスメイトに、これ以上は期待できない。むしろ、今までで一番話したんじゃないか?
家の前に着いたら、母さんが仕事に行くところだった。
「偶然ね、利。」
「あ、こんにちは。花房茜です。里仲くんのクラスメイトです!」
「あら、しっかりした子ね!」
「えへへ。里仲くんのお母さんですよね?」
「そうよ。里仲陽葵です。茜ちゃん、どうしたの?」
「たまたま里仲くんが夕飯にコンビニの温める弁当を買ってたので、私がご飯を作ってあげようと思って。」
「茜ちゃんは優しい子ね! 利には何度も夕飯くらい作りなさいって言ってるのに、いつもコンビニ弁当なのよ。もう、この子ったら…」
「もう、仕事行けよ!」
「はいはい、そんなに怒らないで。じゃあ、利のこと、よろしくね、茜ちゃん。」
母さんが余計なことを言い出す前に、早く帰らせる。振り返ると、親指を立ててから歩いていった。何か勘違いしてないか? 絶対に勘違いしてる。
「お邪魔します。」
「どうぞ入って。」
廊下を歩いて、カバンをソファに置いて、手を洗う。
「台所はどこ?」
「廊下の突き当たりだ。好きに使ってくれ。」
「はい、わかりました。」
わぁ…俺の台所に女子がいる。こんな経験、中学生の誰にでもあるもんじゃないよな。むしろ、女子にご飯を作ってもらえるなんて、運がいい方なんじゃないか?
「夕飯ができるまで、テレビでも見てていいよ。」
そう言われたけど、クラスメイト程度の関係の女子にご飯を作ってもらうのは、ちょっと罪悪感がある。だから、手伝うことにした。そうしないと、ただでさえ悪いのに、女子を利用してるみたいで嫌だ。
「なにか、手伝えることあるか?」
「優しいね。じゃあ、じゃがいもの皮むき、手伝ってくれる? 味付けは私がやるから。」
「わかった。」
じゃがいもを切る係。誰にでもできる作業だ。切るだけなら、大きさを測るだけでいいし、多少大きさが違っても、味は変わらない。
「さっき、気になったんだけど。」
花房さんが、なにかを考えながら言った。
「リビングを通ったとき、写真立ての隣にグローブがあったんだけど。もしかして、弟?」
ああ。リビングの写真のことか。数年前にいなくなった美栄と俺が写っている写真だ。
無言になったのを、拒否されたと思ったのか、茜が謝ってきた。
「ごめん、話したくないことだった?」
「いや、そういうわけじゃない。これは、友達の白幸美栄と俺の写真だ。」
「ああ…野球、一緒にやってたの?」
「昔な。」
「昔? つまり、今はもうやってないの?」
ずいぶん詮索してくるな…でも、話しても大丈夫そうだ。余計なことは言わなそうだし。
「別にやらなくなったわけじゃない。やりたくても、できなくなったんだ。」
「どうして?」
「実は、何年か前に、急にいなくなったんだ。何があったのか、今でも知らない。」
「それは…お気の毒に…」
「いや、いいんだ。俺が勝手に話したことだから。」
その後は、沈黙が流れた。急にそんな話をされたら、何て言えばいいかわからないよな。
しばらくして、夕飯ができた。中学生が作ったとは思えないほど、ちゃんとしてた。むしろ、美味しそうだった。
「「いただきます」」
ゆっくりと、カレーの染みたご飯を、じゃがいもと一緒に口に運ぶ。一粒ずつ味わうように、ゆっくりと噛んで、舌の上に広がる味を確かめる。
「どう?」
「…美味い。」
「やった!」
自分の作った料理を褒められて、嬉しそうだった。美味い、としか言えなかったけど、それは俺の語彙力の問題であって、実際はそれ以上の美味しさだった。マジで美味い。
◇◆◇
「ごちそうさまでした」
やっぱり、茜の作る飯は美味い。何度食べても、いつまで経っても忘れられない味だ。
「えへへ、どうだった?」
「美味い。いつもありがとな、茜。」
「よかった。」
いつものやり取りだ。いつからこんな日常が続いているのか、もう覚えていない。気づいたら、茜はいつも、俺の隣にいた気がする。
「じゃあ、ご飯も終わったし、そろそろ帰るね。今日もごちそうさまでした、利くん。」
「こっちこそ。」
「えへへ。じゃあ、また明日学校でね?」
「ああ。」
そう言って、茜は帰っていった。俺が家まで送ろうとしなくなったのは、たぶん、前回「必要ない」って言われたからだ。それに、彼女は自分は強いから、自分で守れると言っていた。女性の気持ちは尊重したい。だから、好きにさせる。
リビングに戻って、スマホを開く。見ると、未読のメッセージが一件。茜以外からメッセージが来るのは珍しい。見てみると、美栄からのLINEだった。
ああ、そういえばさっき、ID交換したんだった。
『利! ソシャゲやってる?』
…
よし、今日はもう寝よう。明日に備えて!
そう心に決めて、美栄からの最後のメッセージを無視した。
ミエ:利が全然メッセージ返してくれない!ひどすぎる!
利は嘘が嫌いだと言っていたけど、ミエと再会してからすでに二回も嘘をついている。
いつも通り、最後まで読んでくれてありがとうございます!




