朧憶
「で?どーすんだよ」
安藤とリョウの握手を尻目に、海里は問うた。
腕を組み、牢柵に寄りかかるその目には苛立ちが滲む。
「作戦、いんだろ」
「おい、なんか聞こえないか」
コンクリ打ちっぱなしの薄暗い廊下。
懐中電灯片手に、見張り番は足を止めた。
「あぁ?」
「あぁ?じゃねぇよ耳すませ」
ーー、ー...ー。
「...何人かいるな。」
聞こえてくるのは二、三人の話し声。
「灯徽会のやつ二人捕らえたっつってたよな。逃げ出したんじゃねぇの」
「ありゃ片方手負いだろ、ないな。」
「じゃぁ管理局か?もう嗅ぎ付けてきたとか」
見張り番の二人は足音を殺して近づいていく。
「誰だ!」
角を曲がるや否や、二人は懐中電灯を目の前に照らした。
白い光の中、浮かび上がったのは──
「なっ...!」
──極端に痩せ、下半身が歪んだ人影。
能面のように表情の抜け落ちた顔、光を反射しない真っ黒な鋭い瞳。
「おま、何者だ」
「妖...じゃねぇな。人間か」
武下の風貌に気を取られた二人は、
腰から鍵を抜き取っていった手に気づかなかった。
「誰だ!」
カッ
懐中電灯の、白く眩しい光が顔に当てられた。
あまりの明るさに目が痛む。
──頭が、痛んだ。
無影灯の光を手で遮ろうとして、動かせないことに気づく。
仰向けに固定された体は動かせない。
「どうだ」
低く掠れた声。マスクを付けた、白髪の男。
「見せてみろ」
言うが早いか、男は顔を掴んできた。
ゴムの匂いが鼻腔を満たす。
「.......正常...呼吸...」
ピ、ピ、と電子音が響くなか、
こちらを覗き込んだまま、男はぶつぶつと呟く。
鼻が触れそうな程の近距離では、呼吸で揺れる前髪がよく見えた。
目尻の皺、垂れた目蓋、その奥の爛々とした輝きまでも。
『でぇ?お前は何ぼーっとしてんの』
ふと、肩が重くなった。
コンクリートが打ちっぱなしの廊下、武下は立っていた。
「っし、うまくいった」
目の前には、伸された白衣の男が二人。
そしてカードキーを指で弄ぶ海里。
「あいつらより早ぇだろ」
「競争ではないですけどね」
「ぁ?ぁんだよ文句あんのか」
「ちょ、いた、痛いです!」
と、海里に脛を蹴られた千樹。
安藤と五十嵐。灯徽会の二人を牢から出した後、
五人と一匹は二手に分かれることにした。
灯徽会には灯徽会の、管理局には管理局のやり方があるだろうと。
同刻、管理局のサイレンが鳴る三十分前。
「で?いつまで頭抱えてるの」
安藤は後ろを歩く五十嵐に問うた。
管理局と別れ、歩いていた二人。
「抱えていません。」
黒髪を掻きむしりながら、五十嵐は返す。
「抱えてるわよ」
灯徽会、自警団としてできることは限られている。
戦闘訓練をしているわけでもなく、そもそも殺しはせず。
組織の相手は管理局に任せ、二人は歩き回っていた
間取りを把握し、逃走経路を得るために。
「あの痩せた能面男、箱子ですよきっと。
管理局に来たくて来たわけでもないだろうに僕は八つ当たりしました」
「足踏みつけてたわね」
安藤は振り返りもせず返す。
五十嵐のこれは今に始まった事ではない。よくある。
捻くれた態度をとるくせに、後で後悔するのだ。
「...あ、そこ右にいくと先程の通路に繋がります。」
抱えていた頭を上げ、五十嵐は通路を指さす。
「というより、お話ししなくてよかったんですか。
あの狐、安藤さんが管理局にいたときの仲良しだったのでは?」
「リョウのこと?」
安藤は振り返った。
「いいのよ。向こうはあたしのこと覚えてないでしょう。」
「覚えていない?」
五十嵐は怪訝な顔をする。
「えぇ。妖はそういうものよ。やっぱり人間の感覚とは違う。
来るもの拒まず去るもの追わず、会わなくなれば興味を無くす」
ふと、廊下の先から足音がした。
二人は角に隠れ、足音の主が通り過ぎるのを待つ。
「僕はそうは思いませんでしたけどね。」
気配がなくなったのを確認し、五十嵐は口を開いた。
「来るもの拒まずかもしれませんが、去るものは追うのでは?
あの狐、箱子に執心しているようでしたし。ずっと肩に乗って。」
「それは単に歩きにくいからよ。か、もしくは──」
──安藤は黙った。
「もしくは?」
「面白がっている、とかね」
灯徽会
正常に機能していない管理局に頼れないと判断した一般衆による自警団、
少数でありながら絶大な人気・信頼
青いマントが目印。
平和主義。殺さずの理念。
安藤麻里 39歳 171cm 人間 灯徴会所属 中梁層出身
緋褪色の長いストレートの髪 吊り目 筋肉のついた体
元均衡管理局所属
五十嵐春人 26歳 170cm 人間 灯徴会所属 閑黄朝出身
黒髪 眼鏡 筋肉はあるが痩せ型 喘息持ち
少し嫌味な性格。自分が捻くれている自覚があり、会話終わりはよく頭を抱えている




