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十龍城砦  作者: 月ーん
第二章
38/38

渋協

スマホでの修正中、手元が狂って消してしまいましたので、加筆修正した上での再投稿になります。

申し訳ないです。

「何事だ!」

中梁層、管理局。

舞う埃、溢れる珈琲、崩れる書類の山。

騒然とする事務室で黒澤は叫ぶ。

壁にかけられた時計が三時を指すと同時、けたたましく鳴り響いた警報。

いつかの異形が現れた時のように、頭をかち割らんばかりのそれ。


「極所的に妖力の急上昇が確認されています。」

画面を見つめ、加賀が言う。

そこに映されているのは、激しく点滅する赤色の点。

重なった緑の円の中で、一つだけ存在を主張する。


「また八岐大蛇(ヤマタノオロチ)とか?」

朝奈が首を傾げる。

散らばった書類には目もくれず、甘いココアを啜る彼女の視線は加賀に向いた。


「...わかりません。」

「ふーん」

「ただ、大蛇なんかとは比べ物にならないとだけ。」

そこまで言って、加賀は黒澤を見る。

眼帯をつけた彼の横顔。

目が隠れて仕舞えば、それは冷たいもので。

ジャンパーの裾を握る彼女の手を縋らせてはくれない。


「総局員に命令する。至急、厳戒態勢に入れ。」

黒澤の声が、無線を駆け抜けた。




『大したもんだねぇ』

時は戻る。警報が鳴る一刻前、湿下暗。

黒くギトギトと汚れた足をそのままに、リョウが言った。


「え?」

立ち止まったリョウが見つめる先、ただの壁でしかないそれに千樹は首を傾げる。

落書きまみれの錆びれた鉄板が何だというのか。

古く変色したインクに目をこらす。


──まさか、この中にヒントが描かれていて、今までも僕が気づかなかっただけで目印は存在していて、それで、リョウさんはそれを辿ってここまで来たのだとしたら──


ふと、浮かんできた考え。

なんの根拠もない。

だが、一応の辻褄は合う。

妖力を持たないリョウが、妖力を頼らずに囮の痕跡を辿れることと。

──そういうことか。

突然に、千樹の脳は回転を始めた。

爽快感、疾走感。

湿下暗の鼻が曲がる異臭に似合わず、千樹の頭は爽やかさに満ちる。



『お手』

だがそれも束の間。

念話が全て蹴散らした。


「えっ?」

『聞こえなかった?お手。』

我に帰れば、リョウが前足を差し出し見上げている。

『お手だぁって。早くしてくんなぁい?』


お手の格好をした狐に、お手を命令されている。

「こ、こうですか?」

千樹はしゃがみ、リョウの前足を握り込んだ。

白い指が、粘ついた毛皮に(うず)まっていく。


流露花(るろうえん)玉響(たまゆら)の灯』


すぐに、リョウが呟いた。

千樹の指先から、妖力が抜けていく。

同時、暗かった路地が、無秩序な落書きが、汚水に倒れた鼠の死骸が、

橙の炎に飲み込まれていく。

穏やかな波のように、磨かれた宝石のように、煌めく満開の()


「わぁ...」

閑黄朝でも滅多に見ない光景。

されど、確実に。

撫でたところは灰へと変わる。


リョウ、妖力を無くした若い狐。

千樹の半分も生きていないにも関わらず、それを忘れさせる才を持った妖。

『うわ、趣味悪ぅ』

そう呟いた彼の先。

炎に崩れていくシャッターが隠していたもの。

焦げゆく札に覆われた通路が長く、長く、広がっていた。




「誰か来ます。」

牢の柵に寄りかかり、五十嵐は耳を澄ませる。

「二人。いや、四人...?」

「三人よ。一人は手負い。しかもこの歩き方、後遺症持ちね。」

安藤が言う。

足の悪い、城砦の下層によく顔を出すらしい存在。

そんな噂を聞いたことがある。


「武下さんあの、杖無しで大丈夫ですか?」

「...」

「で、このあとどーすんだよ。」

『ま、先方次第かな』

「先方?」

『灯徽会、聞いたことなぁい?』


聞こえてくる話し声。


「やっぱりね、均衡管理局よ。」

安藤たちの前に現れたのは、

スラリと背の高い小綺麗な龍族と、剣鉈を持った小柄な少年。

その後ろには明らかに不眠の痩せた男と、男の肩に乗る狐。

三人と一匹。


「最悪ですね。」

『光栄だよ』

わざと聞こえるように言ってやれば、返ってきた調子のいい言葉。

脳に直接響く声に、五十嵐は顔を顰めた。




ガチャリ

痩けた指が鍵を開けた。

「借り、ですか。よりにもよって殺しの集団に。」

溜め息。

牢から出るや否や、五十嵐は武下のつま先を踏む。

「...」

「何か言ったらどうなんです?気味が悪い。」

『どういたしましてぇ?貸しひとつね』

「...チッ」

狐の憎たらしい笑みに、五十嵐は武下の足を一層強く踏んだ。


「彼女たちを追ってきたのかしら?」

安藤が問う。

見つめる先には、牢に倒れた人影。

安藤の血が止まった頃に投げ込まれてきた二人組。

彼女たちの履く靴の底には、蛍光色の塗料が付いていた。

「えぇと...恐らく、はい。」

おずおずと、千樹が答える。

リョウはきっと、この蛍光塗料を目印にここまで辿り着いた、と思う。

確証はないが。教えてくれないのだから。

「彼女たち、何か事件の容疑者といったところ?再利用(囮にする)とは、人命の軽視は相変わらずね。」

「そんなことは、」

「あら、何が違うの?」

安藤の緋褪色の瞳が千樹を射貫く。

千樹は背筋を伸ばした。

リョウのことだ。非人道極まりない、なんてことはない、はず。

だがこれも、確証はない。

安藤の真っ直ぐ揺るぎない眼差しが、千樹を刺す。


「いえ、失礼。忘れてちょうだい。」

が、それもすぐに引っ込んだ。

「協力ね、今は。」

ふぅ、と息を吐くように、安藤は目を伏せる。


『懸命だね』

目を細め、リョウは右手を差し出した。

毛に染み込んだ油を、武下のジャンパーで拭うのも忘れずに。

『よろぉしく?』

「えぇ。こちらこそ」

リョウの作戦(36話、茫感より):

武下と海里が黄巾社の残党借りにわざとらしく時間をかけ、

何か裏があるかのように思わせる。

それと並行して、リョウが用意した囮に蛾骸下層・湿下暗を嗅ぎ回らせ、

武下と海里のわざとらしさが陽動として映るように誘導する。

そうすれば、陽動作戦だと気付いた(勘違いした)相手はコソコソ動く本命()を始末して満足するだろうから、その油断の隙をついて叩く。



灯徽会

正常に機能していない管理局に頼れないと判断した一般衆による自警団。

青いマントが目印。

平和主義。殺さずの理念。


安藤麻里 39歳 171cm 人間 灯徴会所属 中梁層出身

緋褪色の長いストレートの髪 吊り目 筋肉のついた体

元均衡管理局所属


五十嵐春人 26歳 170cm 人間 灯徴会所属 閑黄朝出身

黒髪 眼鏡 筋肉はあるが痩せ型 喘息持ち

少し嫌味な性格。

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