挿話 弍
「くっ...」
「じっとしてるんです。治療を受ける気がないんですか」
「随分と...手厳しいじゃない」
暗い密室、した鉄柵で覆われた檻の中。
うつ伏せで呻く安藤の脇腹には穴が開き、とろとろと血が流れ出ていた。
「肺まで届いてないのは流石というかなんというか。」
五十嵐はピンセットを掴む。
転がっていた酒缶をひっくり返し、中身をその先にかけた。
「伊達に管理局員やってなかっただけありますね」
「それは...褒め言葉かしら?」
「喋らない。」
額に脂汗を滲ませる安藤を黙らせ、五十嵐はかけていた眼鏡を外す。
レンズを叩き割れば、暗闇に散る透明な破片。
その中から一番鋭いものを選んで手に取れば、指先の柔らかな皮膚に赤い線が走る。
「そこまでしなくても」
「喋るなと言ったはずですが」
破片を鉄骨に擦り付ければ、火花が小さく散る。
赤い花はピンセットに触れ、青白い炎をあげた。
「気休め程度の消毒です。いいですね?」
「ぁぐっ...」
噛み殺した悲鳴、こもった沈黙。
──カラン
軽やかな金属音とともに、丸い鉄塊が落ちる。
数十分前、泡を吹いて死んだ浮浪者の女。
女が吐いた血に気を取られていれば、背後を取られていた。
引き金が引かれるのと、安藤が盾になるのは同時だった。
彼女は既の所五十嵐を庇い、撃たれた。
「取れました。」
「そぅ...」
痛みに消耗したのか、安藤は消え入るような声を出す。
「撃たれたらその場で動かずじっとしておく。まさか撃ち返す馬鹿がいるとは。
傷が広がる上に流血量も増える、常識ですがね。」
己の青いマントを裂き、傷口を抑えながら五十嵐は言う。
「しょうがないでしょう?あそこで銃を撃ち落とさないと、貴方まで撃たれてたかもしれない」
「あのとき盾になるべきは貴女じゃありませんでした。肉体担当が負傷してどうするんです?
対して僕は自分で治療できますし、負傷しようがしまいが戦力にはならな──」
そこまで言って、五十嵐は口を閉じた。
聞こえてきたのは、こちらに近づく何人かの足音。
音の重なりから推測するに、無傷が二人、負傷者が二人。
紫に変色してきた青布を抑える腕に、さらに力が籠る。
無傷の方はおそらく、自分達をとらえた組織の人間。
そして負傷者は、管理局か、灯徽会か。
ギィ
重い柵扉が軋む音。
薄く揺らぐ光が、鉄格子の隙間に差し込んだ。
「入れ!」
ピントの合わない視界のなか、
荒い声とともに投げ込まれてくる人影二つ。
同時、濃くなる苦い匂いに、
五十嵐は眉を顰めた。
灯徽会
一般衆による自警団でありながら、民衆の人気・信頼を集める。
青いマントが目印。
平和主義。殺さずの理念。
安藤麻里 39歳 171cm 人間 灯徴会所属 中梁層出身
緋褪色の長いストレートの髪 吊り目 筋肉のついた体
元均衡管理局所属
五十嵐春人 26歳 170cm 人間 灯徴会所属 閑黄朝出身
黒髪 眼鏡 筋肉はあるが痩せ型 喘息持ち
少し嫌味な性格。




