01 『好き』のしるし
いらっしゃいませ_
ワーキングダックバーガーへ ようこそ_
私は注文をお受けする お客様担当アンドロイド
通称『オーダロイド』です_
20代前半の日本人女性を模して造られたボディに
日本語・英語・中国語など 7ヶ国語に対応
複雑な問題にも対応できる GAIを搭載した
シティーロ・ネットワーク社製
2114年型 最新モデルです_
少子化・人口減少が進み
働き手の不足が深刻化する現代において
人に代わる労働力として導入されたのが 私たちです_
大手ファストフードチェーン
『ワーキングダックバーガー』の全店舗において
私と同じ型のオーダロイドが配備されています_
私は とある店舗の4番カウンターで
お客様の対応をし 注文内容をキッチンへ送信する業務にあたっています_
ですが_
その日は少し イレギュラーが発生しました_
「いらっしゃいませ ご注文を承りま」
「好きです!」
4番カウンターにいらした
男児のお客様が 大きな声で言いました_
10歳くらいでしょうか_
艶々と輝く黒髪と 右目の下の黒子が特徴的な
溌剌とした少年でした_
『スキデス』_
メニューにはないワードです_
「もう一度 ご注文を」
「お姉さんのことが好きです!」
私は 困りました_
こちらを 両の眼で真っ直ぐに見ながらおっしゃるのですが
その言葉に対する適切な回答が見つからないのです_
「申し訳ありませんが もう一度」
「好きです! あと、ワックワクキッズセットください!!」
ようやく注文をしてくださいました_
私は「かしこまりました」と言って注文データをキッチンに送信し
お客様に 金額を提示しました_
そのお客様は 小さな右手から500円硬貨を差し出すと
そのまま 私の手に触れ
「これ」
と言って
私の左腕に 何かをつけました_
「……『好き』っていう、しるし」
それは 『♡』を象ったシールでした_
受け取って良いのか つけたままで問題はないのか すぐに判断がつかなかったので
「2円のお返しです
右側のカウンターから 商品をお渡しします
少々お待ちください」
料金受け取り後の対応を 優先して実行しました_
小さなお客様は 何も言わずに
商品受け渡しカウンターの方へ 向かわれました_
ー ー ー ー ー ー
この店舗のオーダロイドは 私を含め4体います_
毎晩0時になると 交替で15分ずつの充電
および データの蓄積をおこないます_
それぞれが学習した 顧客の行動パターン
各接客ケースにおける 適切な行動指標
新たに得た知識などを
マスターコンピュータに集約_
それを4体それぞれに再共有し 同一化を図るのです_
つまり 私たち4体は
同じ知識と経験を持った 同じマシンとして
毎晩 生まれ変わるのです_
非常に 効率的なシステムです_
その日 私は 同一化処理の後
あの 小さなお客様のおっしゃった『スキデス』に対する適切な返答を検索しました_
どうやら 好意的な言葉には『アリガトウ』と答えるのが ベストなようです_
「…………」
お客様のつけた 『♡』のシール_
それを 眺めます_
『……「好き」っていう、しるし』
あれは一体 どのような意味だったのでしょうか_
ー ー ー ー ー ー
翌週の日曜日_
「好きです!!」
再び あの小さなお客様がご来店されました_
そしてまた 大きな声でそうおっしゃいます_
しかし 私は既に正しい返答を心得ています_
「ありがとうございます ご注文をどうぞ」
私の言葉に お客様は目を大きく見開いてから
笑顔を 浮かべました_
それから
その小さなお客様は 毎週日曜日に
必ずいらっしゃいました_
他のカウンターにいる『私』も 同じ対応ができるというのに
シールの貼られた『私』のいる 4番カウンターに並び
『スキデス』と叫ぶのです_
お客様は私に 度々贈り物を持ってきました_
ナット スパナ オイルなど_
どうやらアンドロイドの整備に必要なのでは と想像したものを贈ってくださったようなのですが
その贈り物は ある日突然 一冊の本に変わりました_
「お姉さんの一番の栄養は『新しい知識』だって、先生が言ってたから」
確かに お客様がお持ちになる本はどれも興味深く
毎晩 交替で実施する充電・情報蓄積の時間を利用して お借りした本を少しずつ読むことが
私の日課になっていました_
そんな日々を繰り返しているうちに
いつの間にか その 小さなお客様は_
小さなお客様では なくなっていました_