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02 秘密の共有




「──お姉さん、こんにちは」



 私がこの店舗に配備されてから 5年_

 小さなお客様だったその人は 立派な青年へと成長を遂げました_

 カウンターをやっと覗いていた身長も 今では私よりも高くなりましたが

 高校生になった今も変わらず 毎週日曜日に来店されます_



「いらっしゃいませ

 ご注文は ダブルチーズバーガー でよろしいですか」

「うん。今日は勉強していくから、ポテトもつけてほしいな」

「かしこまりました お勉強がんばってください」

「ありがとう。お姉さんがいると頑張れる。あ、これ。今週の本ね」



 そう言って お客様は新しい本を差し出します_

 私は 先週お借りしていた本と引き換えにそれを受け取ります_



「いつもありがとうございます」

「どういたしまして。感想、聞かせてね」



 微笑むと お客様は商品受け渡しカウンターへと移動し

 こちらに手を振ってから テーブル席へと向かいました_




 その日

 お客様よりお借りした本は 恋愛小説でした_

 その中でもおそらく『悲恋』と呼ばれるジャンルのもので

 主人公とヒロインが死別する形で 物語は終わりました_


 最近お客様は こうした恋愛小説ばかりを私に学習させます_

 これまでに私が学習した内容は 以下です_



 1.人間は愛しい人と会えなくなると 寂しい

 2.人間は愛のためならば 時に他者を攻撃することもある



 文中には「好き」という言葉が頻出します_

 ですが 知識はあっても それがどのような感情なのか 認識することはできませんでした_


 ふと その本の一番後ろのページに

『進路希望調査書』と書かれた紙が 小さく折りたたまれ 挟まっているのを見つけました_

 そこには こうありました_




 1年5組17番 笹川(ささがわ)智紘(ちひろ)

 第一希望 : 国立大 理工学部

 第二希望 : なし




 ササガワ チヒロ_

 それが あのお客様の名前_

 初めて知ったその名を 私はしっかりとマスターコンピュータへ 共有事項として送信しました_




 ー ー ー ー ー ー




 翌週の 日曜日_



「どうだった? この本」



 ご注文後 お客様は そう尋ねてきました_



「感情の表現が多彩で 興味深かったです」

「うん、そっか」



 お客様は微笑みながら 静かに頷きます_

 私は その本を差し出しながら



「貸していただき ありがとうございました

 チヒロさん」



 そう 伝えました_

 すると



「えっ。なんで、俺の名前……」

「この用紙が 挟まっていましたので拝見いたしました

 こちらは 読むべきではなかったでしょうか」

「ああ、こんなところに挟まっていたのか……恥ずかし」



 チヒロさんは

 紅潮した顔を隠すように 自身の手の甲を口元に当てました_



「……じゃあさ、満を持して聞くけど」

「はい」

「お姉さんの名前は……なんて言うの?」



 そう聞かれ

 私は 適切な回答を導き出すのに少し時間を要しました_


 何故なら 私の呼称は


『アンドロイド』

『オーダロイド』

『ロボット』

『ワックのお姉さん』


 など 時と場合によって変わるのです_


 ですが 私は



「C-17号機 です」



 そう 答えました_

 これは 私の個体識別番号です_

 質問の意図を鑑みるに ササガワチヒロ のような 個体そのものを識別する名称を答えるのがベストだと導き出したのです_



「C-17……じゃあさ」



 チヒロさんは 頬を赤らめたまま 俯き加減で



C-17(しいな)さん、て…呼んでもいい?」



 そのように 尋ねてくるので_



「それは 個体の名称変更でしょうか

 その変更を実行するには管理者の権限が」

「あぁ違う! あだ名だよ、あだ名!!」

「アダナ」

「そう。愛称って言えばわかるかな。親しみを込めて呼ぶ、特別な名前のことだよ」

「特別な 名前」



 そのような申し出は これまでの4体の『私』の経験を統合し 検索してみても 前例のないことでした_

 何しろ 私たちは 皆同じ体と中身を持った "特別"とは最も縁遠い存在だからです_



「了解しました

 では 我々の呼称に『シイナサン』を新たに追加します」

「我々?」

「はい 他3体にも新しい情報として共有します」

「そんなの駄目だ」



 私の説明を遮って

 チヒロさんは カウンターに身を乗り出しました_



「『しいな』は()()()()あだ名なんだから。他の人と同じじゃ、意味ないでしょ」



 私は その言葉の意味を考えました_


『他と同じじゃ 意味がない』_


 それは この C-17という個体と 横に並ぶ3体の『私』との 同一化が 意味を成さないということでしょうか_



「なぜですか」



 わからない_

 だから 尋ねました_



「あなたはなぜ それほどまでに

 この C-17に 固執するのですか」



 私たち4体は 皆 同じ経験と知識を持ち合わせています_

 隣に立つC-16に同様の話をしても 同じ答えが返ってくるでしょう_

 それなのに_



「『好きっていう しるし』」



 5年前に言われた その言葉の意味が

 左腕(さわん)の甲に貼られた シールの意味が

 今でも 導き出せないのです_



「あれは どういう意味ですか」



 私の その質問に_



「え。ど、どういう、って」



 チヒロさんはまた 顔を紅潮させて




「……言ってんじゃん、ずっと。……好きなんだよ。あなたのことが」




 目を逸らして 答えました_

 私は 質問を追加します_



「あなたはいつも このC-17に『スキ』と言います

 他のオーダロイドも 私と"同じ"なのに それでは駄目なのですか」

「ダメだよ」

「なぜですか」

「そんなの……っ」



 チヒロさんは一度 言葉を詰まらせてから



「……そんなの、わかるかよ。好きになるのに、理由なんかないんだ」



 そう 言いました_


 理由が ない_

 私はこれまで あらゆる事象には必ず理由や原因があるものと認識していました_

 しかし 人間の感情というものは 理由もなく引き起こされる場合が ある_

 なんと 危険で曖昧なプログラムなのでしょう_

 それでは 必要な動作に支障が生じます_


 チヒロさんは目を逸らして 続けます_



「俺の『好き』を知ってもらいたいんだ。それで、言葉にしたり、プレゼントをしたり、本を読んでもらったりして……」



『スキ』_

 対象物を よいと思う 肯定の感情_


 理由は不明ですが 私はチヒロさんに一個体として肯定されているということがわかりました_

 なので_



「わかりました

 では 『シイナサン』という名称は このC-17にのみ適用されるよう 非共有事項として処理いたします」



 チヒロさんの オーダー通りの対応を取ることにしました_

 何故ならば お客様からの命令(オーダー)は 絶対だからです_

 チヒロさんは少し目を見開いてから 穏やかに微笑んで



「うん。俺としいなさん、2人だけの秘密だよ」



 声をひそめて 言いました_






 その夜 私は初めて

 マスターコンピュータに 全てのデータを取り込まれることを 拒絶しました_

 ただ一つ


"『シイナサン』は C-17のみを指す呼称である"


 そのことだけは 他3体に共有することを拒んだのです_

 それにより バグが発生するなどということはありませんでした_


『私』_


"他と同じ"であることが 『私』の製品価値であったはずなのに

 隣に立つC-16とは 異なる点ができてしまった_

 しかし これはお客様からの命令(オーダー)によるもの_

 それに従うこともまた 私の重要な製品価値_

 だからこれは 極めて正しい判断であると 考えます_




 ー ー ー ー ー ー




 それからも

 私とチヒロさんの『秘密の共有』は続きました_


 私が『しいな』と呼ばれていることや

 チヒロさんとの会話の内容

 貸していただいた本の内容は 他の個体と共有しない_


 そうして

 隣のカウンターに立つオーダロイドには答えられない

 C-17(しいな)だけが知っている "特別"なデータが 増えてゆく_


 オーダロイドとしての アイデンティティの 崩壊_

 同時に

 C-17(しいな)としての アイデンティティの 確立_


 それを 『もっと』と欲する"なにか"が 私の中に生まれていることも

 私は マスターコンピュータに集積されぬよう 隠しました_




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