かつての聖女〜マリア〜
「聖女なら聖女らしく、民の為だけに祈っていれば良かったものを」
「それで救えたのならまだしも、結果助からなかったのではな」
神殿へ戻ると、スカイフィールド様が皆を集め、私も討伐に同行すると告げた。
最初は胡乱な眼差しを向けた騎士達も、元聖女だと告げると一転言動を改めた。
『癒しの聖女』
かつて呼ばれたその名が、懐かしくもあり。
同時に、苦い思い出を呼び覚ましもするのだけど。
今は目的の為なら、使える物は何でも使う。
妖魔樹をじかに知るという強みを活かし、同行を納得してもらったところで食事となり、話は一旦打ち切られた。
けれど…どうやら私の事を快く思わなかった人もいるらしい。
おそらく、カイルを助けられなかった事をさすのだろう。
片隅で話す声が聞こえてきた。
——7年前なら、もしかしたら泣いていたかもしれない。
けれど今は違う。
反論できないのは…悔しいけど。
「聖女だって人間だ。
民の為の、都合のいい形代じゃない!
誰かの為に祈るのがそんなに悪い事か?」
唇を噛み締めた私の代わりに怒鳴ったのは、一緒にいたスカイフィールド様だった。
オルトラン様が私の肩に手を置き、続ける。
「この方の祈りが国全体の瘴気を払い、妖魔を消滅させた。
事情により公にはできなかったが、これは事実だ。
彼女と共に討伐の旅に出た、大神官長である父がそう証言している」
…え?
ちょっと待って、父って?
「オルトラン…様?」
「すまぬな、名乗るのが遅くなった。
私はキース・オルトランの娘、エミリア。
あなたの事は父から聞かされていた」
——なんて事!
あの後も、ずっと私の事を気にかけてくれていたミツルギ様とオルトラン様。
特にオルトラン様は折にふれ、お手紙をくださった。
その方のお嬢様にお会いできるなんて。
ミツルギ様にオルトラン様。
懐かしい名に胸が一杯になる。
思わず涙ぐみそうになった私に頷きかけ
「この方が同行されるという事は、神の思し召しかもしれない。
異を唱える者はここに残れ」
そう言ったエミリア様に、聖騎士達は片膝をつき承諾の意を伝えた。
「そういう事だ、いいなお前達」
スカイフィールド様の言葉に、勇者と騎士達も同じく片膝をつく。
そこで背後に気配を感じ、振り向くとレティシア様が。
泣き腫らした目をしているものの、スッキリしたご様子に少しホッとする。
「レティシア様、お加減はもうよろしくて?」
「先ほどは見苦しい所をお見せし、申し訳ございません。
元聖女マリア様の同行、とても嬉しく、また頼もしく思います」
レティシア様のお口添えに、両騎士団代表のお言葉。
これで…正式に認められたのだ。
断られる可能性の方が高い、分の悪い賭けだったけれど。
同行が認められた幸運に、安堵のため息が漏れる。
「皆様も先程は大変失礼いたしました。
おかげさまでもう大丈夫です」
皆に律儀に頭を下げるレティシア様に、エミリア様も頭を下げる。
「こちらこそ、お察しする事が出来ず申し訳ありません。」
お互いに頭を下げ合う2人。
…これじゃ、いつまでたっても終わらないのでは?
というか…ある意味不器用な方なのね、エミリア様も。
けれど顔を見合わせ、お互いにフッと笑い合うレティシア様とエミリア様は、少しその距離を縮めたように見えた。
「あの、ありがとうございました。
先程は私の代わりに怒ってくださって」
本気で怒ってくれた事が嬉しくて、飲み込んだ思いを代弁してくれたスカイフィールド様に、私も頭を下げる。
「いや、勝手な事を言ってすまなかった」
「いいえ、立場上反論はできませんでしたが、お気持ちは嬉しかったです」
「だが…」
お優しい方。
私の気持ちを慮り、なおも言葉を重ねようとするスカイフィールド様を、頭を振って止める。
「カイルは、元勇者はもう助かりませんでした。
彼の命の灯火はあそこで尽きてしまった。
私には生と死の理を曲げる事はできません。
でも…皮肉なものですね。
民の為ではなく、たった1人の為に祈ったのに、結果的に民が救われただなんて」
私の祈りが、違った形で神に届いていたなんて。
7年も経って知らされた真実に、苦笑するしかない。
「救いたいという貴女の想い。
それが純粋かつ真摯な物だったから、神が応えたという事では?」
……どうしよう、ホント。
この方ときたら、私の涙腺を刺激するのがお上手。
自分を責め続けたあの日の痛みが、ほんの少し遠のいた気がする。
堪えきれず一筋零れた涙を見られたくなくて、咄嗟に俯いた 。
そんな私の頭をポンポンと撫で、スカイフィールド様は勇者様の方へ向かわれた。
***
翌朝、魔の森へ向かう私達に神官様が朝食を用意して下さった。
大皿に盛られた焼きたてのパン、新鮮なサラダ、鳥の香草焼きに野菜のスープ。
「田舎ゆえ王都のような豪勢な食事は用意できませんが」
と笑う神官長に
「いいえ、これ程の食事を用意してくださった皆様と神に感謝します」
生真面目に答えるのはエミリア様。
この方も性格も、少しはわかってきたかも。
というか、真面目で律儀で面倒見の良い所はお父様そっくりね。
わざわざパンを焼き、肉を用意し野菜を取ってきてくれた神殿側の配慮に、感謝しながら皆でいただく事にした。
背筋を伸ばし、綺麗な仕草で食べるエミリア様は、さすが高位貴族の令嬢といった所。
対してスカイフィールド様は豪快に平らげている。
その仕草は、貴族のそれとはかけ離れているけど決して粗野ではない。
むしろ流れるような所作で、肉を切り分け口に運んでいる。
結構な量があっという間に消えていく様子は見事ですらあった。
つい見とれてしまったのを誤魔化すように、目を逸らした私は黙々と肉を咀嚼した。
神官様が、自分達の分を削ってでも私達にこの食事を用意してくれた事を、みな理解していただいている。
魔の森へ向かったら、当分はまともな食事は期待できない。
もしかしたら…これが最後の食事となるかもしれない。
皆の覚悟が伝わってきて…元よりわかっていたけれど危険な任なのだ、と改めて気を引き締めた。
***
出発に先駆けて、レティシア様が全員に祝福を授けて下さった。
私が『癒しの聖女なら』レティシア様は『浄めの聖女』。
魔を払い浄化する力に、特に優れているという。
聖女のみが行える祝福により、聖なる力を武器や防具に纏わせる事ができ、防御・攻撃力ともアップする。
またレティシア様の祝福は、瘴気の影響を受けにくくする効果もある。
その事は昨夜、実証済みだ。
驚く事に、昨夜魔術師ニール様が魔の森へ単身侵入した。
そして『気配察知』『探知』の魔法で妖魔樹の状態を確認してきたという。
話を聞いた時は、あまりの無茶に心臓が止まるかと思った。
もちろん、ニール様は後でこってりスカイフィールド様に絞られていたけれど…
けれどニール様のもたらした情報は、とても有益なものだった。
昨夜のうちに、私が知っている事は全てお話ししてある。
それらとニール様の持ち帰った情報を照らし合わせるに、妖魔樹の覚醒は間近だという事がわかった。
森の中にそびえる一際大きく異質な巨木。
どす黒く太い幹は岩より硬く、細身の剣なら弾いてしまう
幹から曲がりくねった枝が伸びていて、血のように真っ赤な実がぶら下がっている。
その実の1つ1つが妖魔の卵であり、それが孵る事により妖魔樹が覚醒が促される。
ニール様の話では、卵のいくつかにひびが入り、孵化は目前だとの事。
事は急を要する。
私達はすぐさま魔の森へ向かった。
それぞれの覚悟を胸に。




