英雄の役割
勇者の一撃は妖魔樹の核を砕いた…筈だった。
にもかかわらず、一瞬の隙に妖魔樹は忽然と姿を消した。
誰もその消滅を確認する事はできなかった。
しかし国をのみ込みかけていた瘴気は霧散。
王都にまで現れた妖魔はその姿を消した。
すぐさま国を挙げて探索が行われたが、どれだけ探しても見つける事はできなかった。
最終的には聖剣が神殿に戻った事で、討伐は成功したものとして公表される。
同時に、命と引き換えに妖魔樹を倒した勇者は英雄として称えられ、盛大な葬儀が行われた。
けれどその場に、討伐に同行した筈の聖女の姿はなかった。
その後すぐ次の聖女が選出され、闇に覆われていた世界はようやく光を取り戻した。
***
瘴気によって汚染された土地の浄化。
妖魔に破壊された王都の修復。
滞っていた物流が流れだすと活気が戻り、目に見える形での復興が進んでいく。
また悲劇の英雄を創り出した事も、人々の不満をうまく逸らした。
実際、壊滅的な被害を受けた王都が驚くほど短期間で復興を果たしたのも、プロパガンダとしての役割を勇者が果たしたからだと言える。
——救世の英雄に恥じぬ生き方を。
誰ともなく言い出した言葉は、瞬く間に人々に浸透。
俯きがちだった人々に、前を向いて生きる力を与えた彼は、確かに「英雄」だったのかもしれない。
彼がそれを望んでいたかは、別として…。
***
3年も経つと、かつての生活を取り戻した人々の記憶から、妖魔の蹂躙も英雄の死も薄れていった。
その裏で妖魔樹の探索は極秘裏に継続していた。
討伐に参加していた者達の証言で、妖魔樹が致命傷を受けた事までは確認された。
その傷が元で消滅していればそれでよし。
だが万が一そうでない場合は…。
考えたくはないが、消滅が確認できなかった以上、備えは必要だった。
しかし、その行方は杳として知れないまま時間だけが過ぎていき、いつしか討伐から7年の月日が流れていた。
やがて1つの神託が下される。
それは騎士見習いアルフォンスが聖剣に選ばれし勇者であるというものだった。
選ばれし者でなければ、他の誰であっても触れる事すら叶わない聖なる剣。
妖魔を倒す為だけに存在するその剣が、次の使い手を選ぶという事は…。
極秘裏に神殿に呼ばれたアルフォンスは、見事聖剣を鞘から抜いてみせた。
時を同じくして、妖魔樹討伐の地から瘴気が噴出。
瘴気はあっという間に近くの森をのみ込んだ。
濃い瘴気に覆われた森は日中でも薄暗く、じわりじわりと拡大を広げつつある事から、魔の森と呼ばれるようになる。
未だ妖魔樹は確認されていないものの、7年前と同様の事態に王宮内は紛糾。
その間にも被害は拡大し、遂に1つの村が瘴気にのみ込まれた。
ついに国王は、妖魔討伐を決意する。
勇者アルフォンスと聖女レティシアに討伐の命が下った。
討伐に同行するのは、王国騎士団団長ロイ・スカイフィールド。
ロイの副官で騎士ディード・ヴォルフ。
聖騎士エミリア・オルトラン。
魔術師ニール。
この6人に国の命運が託される事になった。