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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
41/133

1-30 それぞれのカタチ 1




────同刻、森聖領域ヴェール。



「おわぁっぶねえなコイツ!!」


 血飛沫を彷彿とさせる赤黒い炎が花火みたく咲き誇る。

 真夏の暑い夜を更なる炎熱で染め上げる烈火の種火が地面に埋め込まれ、点在する罠は花火の発射装置のように見えた。

 あちこちから上る火柱を避けながら地面を滑るように移動するオリオンの視界には未だに術者の姿が入らない。

 追跡開始からかれこれ10分が経とうとしているが人の気配は全く感じられず、目に入るのは炎で火葬された死体と瓦礫と罠の数々だけで生物らしい生物はどこにも見つかっていない。

 そろそろこれが無人の罠でリオンとの分断が目的だったと解釈したいところだが、彼には炎の発生源が人間であることがすでに判っている。疑問があるとすれば敵がいつの間に単独で器用なマネができるようになったのか、だ。

 駆け抜ける闇に沈んだ深緑の大地に火が灯る度、紅く蒼い剣の根源がその距離を縮めていることが分かる。

 閃光が迸る廃墟と化した街から崩れ落ちた城に辿り着き、城門の奥から噴き出した灼熱を星空の剣が真正面から斬り穿って星の輝きで闇夜を照らす。

 燃え滾る炎を潜り抜け、ついに崩壊した玉座へと至った彼は生ぬるい風を受けながら月下に晒された室内を鳴らしながら身を潜める炎熱の主に声をかけた。


「ほら、来てやったぜ。相手してやるから出てこいよ──キャロル」


 真っ暗闇の中から鮮やかなカーディナルレッドの長い髪が浮かび上がる。

 桜のような桃色の瞳は月の白い光を得て不思議な光彩を放ち、彼が纏うクリーム色のマントが色合いに深みを持たせるシアンとパステルブルー──とは違う黒々したガーネット中心の魔装束(スペリオルメイル)はデザインこそ同じだが、マントには炙って焼け焦げた跡のような穴が点在し、薄汚さの方が目立つせいで襤褸(ぼろ)切れを肩にかけているみたいに見えた。


「……てめえ、なんか違う……?」


 明らかに様子が違うことをその目で目視したオリオンがなによりも強く感じ取ったのは虚ろな眼差しの奥に潜む()()()()()

 突然ではあるがキャロル・アクエリアスはその血に不純物なき純粋な人間だ。不適合者(ルーザー)の母親と貴族の父がいたらしいが、双方共に人間以外の生物の血は一切流れていないとシキは以前語っていた。

 では何故、キャロルからオリオンと同族の気配がするのか──、答えは彼らが今置かれたこの状況から事の経緯を辿っていけば明白だ。


「そういやてめえもまだ子供(ガキ)って歳だったな、図体ばっかデケェから忘れてた」

「貴様が年齢に反して幼稚なのが要因だろう。これを期に改めるがいい」

「なんだよ。見逃してくれんのか? 超嬉しいけど俺はてめえを見逃さねえぞ」


 思い直してみればオリオンより大人っぽく見えるキャロルはまだ16歳。異形・融合体の良質な素体が子供だと言うならギリギリ許容範囲内に収まっている。

 しかもその姿は今までの融合体とは一線を画している。過去遭遇した個体は人間だった──と思われる──部分が肥大化し、肉の塊のような姿であったり、特定の獣のような姿だったりととにかく人外とすぐ認識できる程度には化け物の形を成していたが、キャロルは服装だけが変わったくらいで人間と異なる部分を目だけで捉えることはできない。

 未だハッキリとはしていないアクスヴェインの目的が異形・融合体の"進化"にあるとしたら、人間に限りなく近いキャロルは成功例なのだろうか。

 なんにせよ人の道を外れた彼を生かしておくわけにはいかない。


「目的は、俺を殺すことか」

「そうだ。珍しく物分かりがいいじゃないか、(ココ)の弱さは一級品だったろう」

「はぁ? 馬鹿言うなよ。てめえと違って俺には野生のカンってのがある! 理屈ばっかで頭が固いキャロルには分かんねえモンだって分かるんだよ」

「この状況で殺し合いを想定できないヤツの方が少ないだろうが」

「うっ……そんなんだからお前がキライなんだよ」


 文句は言いつつ剣を上段に構え、適度な距離を保ちながら警戒の姿勢に入る。

 キャロルの両手に蒼剣が出現する気配はまだないが、戦いがいつ始まるかもうわからない。どちらかにほんの一瞬の隙ができただけで両者は攻めに転じるだろう。

 ライバルという立場上、彼の炎を駆使した剣技は十分に理解しているつもりなのだが、気になるのは融合体としての固有機能と()()だ。

 オリオンが勝手に思い込んでいるだけで本人は自称していないが現在敵対関係にあるのは間違いない。しかし同時に、白の国の双璧──蒼剣の軍師たるキャロル・アクエリアスが融合体にされたばかりかなんの抵抗もせずアクスヴェインの手先になったとは考えられないのだ。つまりなんらかの動機や利害関係を孕んでいると推測できる。

 ところがその先──キャロルがアクスヴェインと手を組んでまでオリオンと戦いたい理由、それがどうしても解らない。

 年に一回は顔を合わせて斬り合い殴り合いを繰り広げ、戦歴は五分五分。なんの優劣の差があるというのかオリオンにはさっぱりだった。

 彼の読めない思惑が重なる鋭い眼光がぶつかり、構えた剣に稲妻が輝き火花が跳ぶ。

 彼の口元が緩み、右腕を振り下ろしたのを目にした瞬間、────ついにその時が訪れた。


「──は……ッ!?」


 ズドン、と強い衝撃を伴って()()()()()()がオリオンの全身に襲いかかる。

 一体なにが起きたのか瞬間的には全く理解できず、自身を捕らえようとする"重さ"から逃げることしかできなかった。

 炎ではない。罠らしき形跡や第三者の魔力の残滓もない。残されていたのはオリオンを囲うくらいの大きさのクレーターと()()()()()()()()()


「魔法……!? 不適合者のてめえがなんで!!」

「ふんっ野生のカンはどうした。自分で結論を出してみろ」

「……異形と合体したからソイツが魔力転換してくれるってか」

「及第点だな」

「結局他力本願じゃねえか、そんなヤツに負けるかよッ!!」


 と啖呵を切ったが重力系の空間魔法なんて生まれて初めて見たオリオンは内心焦っている。

 なによりも恐ろしいのはその魔法が現在進行形で際限なく繰り出され、同時に複数箇所をぺしゃんこに潰す威力があること。これに関しては冷静に分析すれば納得できる攻撃性の高さだ。

 キャロルは今まで魔法らしい魔法を使ったことがない。ガラティンから発せられる炎に使用した魔力は剣に内蔵されたものか魔力パスを通したシキのものだし、オリオンの記憶の中では詠唱を試みようとする様子も今までなかった。

 溜め込んだ魔力は1()6()()()。それを万が一この戦いで一気に放出されたなら、もう万全とはいえ急ピッチで回復したに過ぎない彼では勝てるはずもない。

 ハンマーを振り下ろすように右手で重力を操るキャロルから逃れるため強化の魔法で加速するが、互いに全力で戦ってきた間柄故にパターン自体が読まれている。

 入り組んだ道を進むように蛇行しながら近づいていくことで距離感を掴めなくして自分は平然と首を取りに行く──、オリオンが対人戦で最も用いる手段。故にキャロルが潰していくのは彼の周囲だ。蛇行させず、強制的に正面突破を狙わせる。

 その手にまんまと引っ掛かったオリオンは高速で突っ切ろうとする道を確実に潰されていき、スピードを抑えながら回避してまっすぐキャロルに向かうしかなく、彼が計画した通りの悪循環に陥っていく。

 それでも当たり負けしなければいいのだ。重力魔法がなんだ、オリオンは体格で劣っていようと全身に強化を施すことができる。

 剣がぶつかった瞬間にキャロルを吹き飛ばし、怯んだところをすかさず追撃しておしまい。実に簡単な作業だ。────いつも通りなら。


「相変わらず貴様は安直だな」

「ほざきやがれ!」


 キャロルの左手に握られた蒼剣とオリオンの紅剣の切っ先が触れ合い、薄く金属音が響く直前、頭や肩にのし掛かる重圧を感じ取り、思わず距離を開けようとした……が。


「てめッ……!」


 ──────本来二振りのはずの蒼剣を何故か持たない右手がガシリと()()()()()()()()、手のひらから血を流しているのも意に介さぬままオリオンの逃走を許すまいと歯を食い縛っている。

 一方はキャロルの行動に呆気に取られ、剣を引く前に襲ってきた重力に捕まり硬いガラス製の床に叩きつけられたオリオンは、立ち上がることすらままならないほどの圧迫感に息が止まりそうだ。


「ちょこまかと動き回る貴様は地べたに這いつくばるのが似合いだな」

「く……ッこのやろ……!!」

「ようやく見えたぞ。貴様の位置が、シキの世界が、この手で──」

「な、に……」


 手袋が外され、露になったキャロルの右手はオリオンの想像を遥かに越える"形"をしていた。


「お前……異形の腕を、くっ付けたのか……!?」


 禍々しくおぞましい血管らしき赤黒いなにかが脈打ち仄かに光る()()()()は黒いインナーの奥にも続いているようにも見え、とても人間のそれとは考えられない。


「そうだ。俺はついに、俺に足りなかったモノを手に入れた。アクスヴェイン・フォーリスの下らない計画がまさか、な」


 ────事の全てはキャロルがジェーン・ドゥを名乗ったレオンに()()()()から始まる。

 全身を数多の剣で串刺しにされ、確かに死んだと確信していた彼は次の目覚めた時、驚きを隠せなかった。

 場所はアーテル王城ではなく、紫の国"聖ヴィオレーラ教国"国境沿い付近にある兵士の駐屯地──という体を成した異形・融合体の研究所。

 目覚めた時にはキャロルの腕はすでに異形のモノと化し、彼の前に現れたアクスヴェインは二つの選択肢を提示した。一つ目は自身と協力しオリオンを打倒する事、二つ目は自殺する事。

 異形との同化に成功したキャロルは異形の生命力を得て蘇生し、魔力を活性化させるにまで至った。魔法を使うことができるようになったことによって埋まるものは"不適合者"という世間のカーストなどではなく、今や同じ立場のオリオン・ヴィンセントとの目に見えない戦力差──それを交渉の最大手として用意していたアクスヴェインはキャロルが断らないことなど見通していただろう。

 平常心を保てない状態での交渉でただ渇望に身を任せた彼は、自らを襲った黒幕との共闘を望んだ。その時にアクスヴェインから異形・融合体に関する目的や計画を聞いたが耳には入っていなかった。

 とにかくオリオンに対抗する力を手にしたことに歓喜し、今まで読んだこともなかった魔法書を読み漁り、この日を待っていたのだ。


「俺は常に越えられない壁の前で立ち尽くしていた。だが、力を手に入れた以上もうその必要はない。本来あるべきだった力……この手で、貴様を殺してみせる──!!」

「ざっけんじゃ、ねえッ!」


 頭を掴もうと降ってきた腕を避けるために力いっぱい両腕を動かし、キャロルの右足を片方で殴り付けて片方で更に捻り込む。

 術者の体がガクッと崩れたからか重力は解除され、すぐに身を翻して後方へと退避した。


「てめえつまんないヤツになったな」

「なんだと」

「俺はお前が羨ましかったんだぜ。人らしく、誰よりも人間くっさいお前がな」


 純人間に憧れる心は今だってなくしていない。羨ましいとだけなら一颯やリオンにだって同じことを思う。

 その中でもキャロルという人間らしさに溢れた剣士の存在は、互いに最強の位置に立つからこそ際立つものだった。ムカつく相手、腹立たしい頑固者、頭の良い成り上がり者──そう思うのは彼に対する羨望があるからだ。

 キャロルにはオリオンのような魔法の才はなく、オリオンにはキャロルのような天才的頭脳がない。同等の立場にいるのに自分に持たないを持つからこそ対抗心が芽生え、好敵手を名乗るようになった。

 少なくともオリオンにはその自覚がある。だから望んだ力に振り回されるキャロルの姿が見るに堪えなかった。


「俺は失望したぜ。だからライバルだとかそういうのはもう終わりだ。こっからは明世界の異形狩りとして相手してやる、キャロル」


 業火が滾る爆炎の魔人と化した元好敵手を前にし、深海の青い瞳に憐れみと強い意思が宿る。

 叶ったつまらない願望に振り回されるキャロルを人間だとは思わず、その手に握った剣の錆に変えるべき異形だと認識して、バルトの時のようにもう迷わないよう──聖なる刃に星光を宿す。

 たとえこれが兵士たちの嘲る同族殺しだとしても、生かしておくわけにいかない悪があるなら命の続く限り戦うと誓った剣士として、捨て置くことは絶対にできない。


「なにが失望、だ。勝手にしていろ、夢魔(インキュバス)の剣士め。そこまで言うからには本気で戦う覚悟があるらしいな。ならば────どちらがあるべきカタチであるか。決着を着けよう、オリオン・ヴィンセント」


 赤が握り締める蒼剣から蒼い火炎が揺れ動く。

 青が握り締める紅剣には紅い流星が映り込む。

 月下の精霊界に取り残された互いが望むものはただ勝利し、自身の主張を殴り貫き、それぞれの目的を果たすこと。ただそれだけでそれ以上はなにもない。

 二人を戦いの先に導く者が天使であろうと、死神であろうと、文句が言えないほどに完璧な決着に向けて────。


 大地を蹴る異なる形が閃光と共に駆け抜けた。



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