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【Ⅲ】

「ルード。今、向こうを行った人……」




木々の隙間に見えた人物は、いつもとは違う精悍な戦闘服で森の奥へと急ぎ向かっているようだった。





「ああ、学院長だな。結界が破られたのを感じて行動を起こしたんだろう。奥に向かっていたからおそらくナディアにも気がつく。あの人は治癒のスペシャリストでもあるから、もう心配ない」





「そうなの? よかった……」





「気を抜くな! 上だ!!」





突然、すぐ上の空間から二体の黒いドレイクが姿を現した。



牙を剥き、両足の爪で二人を捕らえようと急降下する。




すぐさまルードは片手でセレスの頭を抱き、もう片方の手から上空にエフェクトを放った。



それは敵の目前で瞬時に大きな光の玉となり、二体をまとめて包み込む。




声もなく、真っ白な光に掻き消えるように、夢魔の変化したドレイク達は跡形もなく消え失せた。




が、そのルードが放ったエフェクトの光を切り裂いて、別の夢魔が二人の目前に迫る。




「……!」




バリッと落雷のような音と共に、セレスが展開したシールドに夢魔が激突する。



まさに雷に打たれたかのように、その夢魔の身体は金色の閃光に包まれ砕け散った。





「……気なんか抜いてないわよ」




ルードの腕の中からセレスが頬を膨らませて目を上げる。





「お前……前より冴えてないか?」




目を丸くしてルードが呆れたようにつぶやく。




「え……、そう……かな?」




セレスはそっと目を閉じて、両手を胸に置いた。





「なんかね……前より今は、自分がドレイカーだって信じられるの……」




「遅えよ。そんなとこまでトロ臭い」





ルードがセレスの鼻をつまむ。



久しぶりの感触に胸がポッと温かくなったが、やっぱり鼻はけっこう痛い。





「ほれにね……はんだか、バエナが張り切ってう……」




「それはわかるぞ」




ルードが白い歯を見せた時、どこからか甲高い悲鳴が聞こえてきた。



見ると、オレンジ色のミニドレスをひるがえし、ショートボブが可愛らしい下級生らしき少女が、泣きそうな顔でこちらに走ってくる。





「あ……っ! た、助けてぇ! アガレスが追って……」




すかさずセレスとルードがそれぞれの片手を構える。





「あたし、みんなが闘ってるとこがどうしても見たくて、それで寮をこっそり抜け出し…………フゴァッ!!」




ルードが正面から放ったエフェクトに少女が吹き飛ぶ。



そして飛ばされた先には、罠のように待ち構えるセレスの盾。




なす術もなく少女が盾に突っ込んだ途端、蒸発するかのように霧と化して消えた。





「みんなが闘ってる? もう指示が出ているのか。仕事が早いな、学院長」




「……声が聞こえない? 出入り口の方角……」




ルードだけでなくセレスにとっても、もう夢魔の変化の見極めなど取り立てて口にする程の事ではない。






「急ぐぞ。……アンフィス!」





瞬時に現れたアンフィスの背に、ルードがセレスを放り投げる。





「きゃっ……!」




「お前はまだそんなに走れないだろう。しっかり掴まってろ」




ルードが飛び乗るのを合図に、アンフィスが翼を広げ羽ばたく。




低空飛行で木々の間を縫うように飛び、その間も四方八方から飛び掛ってくる幻魔達を、二人は有無を言わさずねじ伏せていった。






「ルード! みんなが居る!」




森の入り口に程近い付近で、見覚えのあるクラスメートや先輩後輩たちが闘っている。




それぞれが武器やエフェクトを駆使し、いつもとは目の色が違う幻魔達を相手に苦戦を強いられていた。





ふとセレスの目に留まったのは、肩で息をする女生徒の背中に飛び掛る数体のアガレス達。




「後ろ……、シンシア!!」




アガレスの牙が届く寸前で、セレスの金のシールドがシンシアを包んだ。




「……! セレス……?」




シールドに弾き飛ばされのた打ち回るアガレス達に、ルードがこれでもかというくらいエフェクトを連射する。



避けられたかに見えた数射もセレスのシールドで跳ね返り、全弾、辺りに居た他の幻魔達に命中していった。




無数の衝撃音と土煙、そして幻魔が霧となった真っ白な視界の中で、呆気に取られた生徒達が声もなく佇む。





「ちょ……ルード。こんなに見境なく倒しちゃっていいの? また結界張る時に幻魔が全部居なくなってたら……」




「ああ……、考えてなかったな」





「少しは考えんか、このたわけ者が!」




薄れてきた土煙の中から、ルル=リタの怒声が飛んできた。





「……なんだ、ババアも駆り出されてたのか」





「なんだとはなんじゃ。結界と森の存在意義の為に、適した個数と力の塩梅がある事、知らん訳でもあるまい。ちゅーか、ワシを上から見下ろすな、さっさとアンフィスをしまわんかぃ!」




「あー……うるせえ」




ルードがひょいとセレスを抱き抱えると足元のアンフィスが掻き消え、二人はストンと軽く地に降り立った。





「今、連絡が入っての。奴が到着してこっちに向かっとるそうじゃ。あやつに森を見てもらってバランスを調節せねばならんから、もう幻魔を減らすな。わかったな青二才と小娘!」




ビシッとセレスとルードを杖で指し、ルル=リタが睨みをきかせる。





「……来たのか」




ルードが困ったようなうんざりしたような、なんとも複雑な顔になった。





「全く、トロ臭いんじゃ。もっと早くに来ておれば生徒達もこんな怪我をせずに済んだやもしれんのに」




トロ臭い、という言葉にセレスが自分を重ねてピクンと反応する。





「だいたいじゃなルード。あやつは昔から緊張感が足りないと言うか、のほほんと言うか」





「知らねーよ。俺に言わないで本人に言え」





「言うても聞かんから、お前に言って憂さ晴らしじゃ」





まるで姉弟喧嘩のような言い争いの中、ふとセレスの目に思いがけない人の姿が映りこんだ。




「あ……!」




森の入り口から、数人の男達を従えて現れたその人は、セレスに気がつくとハッとしたように顔を上げて駆け寄ってきた。





「セレスティナ嬢……ここでしたか。心配しました。怪我はありませんか」





「クロセルさん……」




すっかり失念していたが、今日、彼はセレスの今後を話し合う為に学院に来ることになっていたのだった。



だがバエナが戻ってきた今、無駄足をさせてしまった事になる。





「あの……クロセルさん。せっかく来て頂いたけれど、私……」




「申し訳ありません、無事を確認できたのでお話は後でゆっくり。とりあえず始末しなければならない仕事がありまして」




「お仕事……、何か後見人さんの……?」




彼がおっとりと目を細めると、その腰の辺りをルル=リタが杖で突いた。





「こりゃ、のんきに挨拶なんぞしとらんでサクッと仕事せんか。トロ臭いというとるじゃろ」





「おい……挨拶はいいが、俺はあんたとこいつが知り合いとは聞いていない。どういう事だ」





クロセルがため息混じりに振り返ると、ルルとルードの怖い顔に突き当たる。





「やあ、ルル教授。これでも急いで来たんですよ。こちらもオルグの残党狩りに手が足りなくて。ルードも、その質問はセレスティナ嬢にしてくれ」




「残党? 全部取り逃がしたんじゃなかったのか」




「主力メンバーはそうだが、こちらもプロだ。あれだけの情報を入手しておいて手ぶらという訳にもいくまい? まあそれも後でゆっくりな」





二人を軽くあしらい、クロセルはついと森の中に足を踏み入れると、空を仰いで静かに目を閉じた。




クロセルの身体から、ユラユラと陽炎のようなエフェクトが立ち昇っていく。





「クロセルさん……? 何をしてるの……」





セレスのつぶやきに、ルードが隣で答えた。





「森の中に居る幻魔の個数と、魔力の密度を確認してる。ここを生徒達の演習に使うには、多すぎても危険だし少なすぎても用を成さない。ベストな加減を計って結界は張られる。奴のドレイクは、魔力やエフェクトの密度を正確に把握する能力があるからな」





クロセルを見つめながら事細かに説明するルードの横顔を、セレスが不思議そうに見上げる。




「クロセルさんもドレイカーだったの……。でもルードこそあの人と知り合いだったなんて私ちっとも……」





「知り合いも何も。あいつはクロセリノ=アンフィス=ド=シエスタ……俺の親父だ」





「…………」





セレスの脳に、その事実は簡単に沁みこんでいかない。






「えと……、でもクロセルさんは私の後見人の代理で秘書さんで……ルードのお父さんってドージェ(公爵)でしょ? ドージェは推薦状……」





「お前の後見人? 代理? そうだったのか……なるほどな。おそらくバエナの存在に当たりをつけて、身分を隠し、なおかつ自分自身で首を突っ込めるようにしたわけだ」






「あの、それってつまり……」





「つまり、お前を見つけて後見人になったのは、あのクロセル本人。ドージェで俺の親父。そういう事だ」





呆然とクロセルに視線を戻すと、改めて様々な事に合点がいく。




厳しい程の真剣な横顔は、怒った時のルードによく似ている。



一緒にやってきた男達はおそらく軍の親衛隊だろう。


しかもよく見ると、クロセルの着ている軍服のような正装はルードのそれと同じデザインだ。





「ルードの、お父さん……」




思わずつぶやくと、クロセルが目を開けた。



が、セレスの声に反応したわけではなく、彼は森の奥からやって来た学院長に気がついたようだ。





「クロセル。やっと来たのか。どうだ?」




学院長が挨拶もなしに切り出す。





「ああ。学院内は今調べながら来たが、幻魔は残っていなかった。後はこの森だが、ドレイクが二体、それと中央付近にやけに大きな幻魔がいる。それが邪魔だ」





「ドレイクはファウストと、もう一人ドレイク保有の女生徒が残ってる。だが、すぐファウストが連れて出てくるはずだ。問題の幻魔はおそらく……」






セレスとルードは互いに目を見交わし、森の中へと歩き出した。






「……親父。その幻魔はライアンの夢魔だ。消して来るから、あんたは結界の準備をして待っていてくれ」





「ライアン……あの時の生徒だな。今のオルグの代表でもある。今回の騒動は彼の仕掛けた事なのか」





「ああ。だから俺が行かなきゃならない」






クロセルの脇をすり抜けて、ルードがセレスを伴って奥へと進む。





「私の見たところ、その夢魔はアンフィスに近い魔力がある。油断するな」





「近いのはアンフィス……だろう?」





ルードの背中がそう答えると、クロセルは苦笑いをしてセレスに視線を送った。






「そう……か。今はもうアンフィスは一人ではなかったな」





「……はい。いってきます、クロセルさん。私を、見つけてくれてありがとう……」




セレスはクロセルにありったけの感謝の想いを込めて、頭を下げた。





クロセルに見い出されたその時から、セレスの世界は変わり始めた。



そして今、ドレイカーとして初めて大きな敵の元へと赴く。





すると、森へと踏み出したセレスの背中に遠慮がちな声がかかった。





「セレス……あの、気をつけて……」




振り返ると、そこにはドレスもボロボロに破け、擦り傷も痛々しいシンシアが佇んでいる。




「シンシア……」



たちまち今まで沈黙していた大勢の生徒達から、一斉に声が上がる。




「頑張れよ! 後は任せたからな」




「セレスなら大丈夫。ルードを必ず守って……!」




「次期公爵なら何とかして見せろよな! シンデレラに傷ひとつ付けるんじゃねえぞ!」




ルードがニヤリと笑い、背を向けたまま片手を上げる。



セレスがみんなにもペコリと頭を下げると、その首に腕を回され引きずられていった。






「……子供ってのは成長するんだな。寂しいものだ」




クロセルがぽつりと二人の後姿につぶやく。




「まあな。もう少し、越えられない壁で居たかったが……時間の問題かもしれん」




学院長も同じような目で見送る。



旧友でもあり、同じように妻を早くに亡くし、男手一つで息子達を見守ってきた二人には通じるものが多くあった。






「……こりゃ、しみったれとる場合か。さっさと結界の準備をするぞ、この親バカ小僧ども」




コンコン、と二人の頭が杖で小突かれる。





国と学院のトップ二人は、学生時代、共に憧れた女性にはいつまでたっても頭が上がらないのだった。




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