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ツインテイル§ドレイカー  作者: 花凛兎
ドレイク§テイル
5/56

【Ⅱ】

その講義室は三階の一番奥、かなり大きな扉がついた部屋だった。





「ここは演習室だよ。今日の午後は、二限続けて実践演習の講義だからね」





「演習?」





 セレスの疑問符を無視して、ファウストが躊躇なく扉を押し開ける。




すると突然、その部屋の中で、絹を切り裂くような女性の悲鳴が響き渡った。






「きゃああああっ! ファウスト様よ!」





「うそーっ! いやああ、本当だわ。ファウスト様ーーーーっ!!」







あっけに取られるセレスを部屋の中へと促して、ファウストはその歓迎の嬌声に笑顔で手を振った。



途端にさらに大音響のファウストコールが鳴り響く。






部屋は扉の大きさに比例してかなりの広さがあり、天井も高い。




スポーツをするのに適したようなガランとした造りになっている。






その中央で、男女およそ三十名ほどの生徒が群れるように立っていた。





「どうしたの、早くおいで。ほら、教授がお待ちかねだよ」






ファウストがまたセレスの手をぱっと掴み、その群れに向かって歩き始める。




すると今までの嬌声がまたたく間に怒声に変わった。






「ぎゃあああ、なんなのあの子!」





「ファウスト様の手を握ってるー!」







(……握られてるのはこっちなんですけど)





一歩ずつ近づきながら、セレスは凶暴な肉食獣の群れに挑むような錯覚を覚えた。





女生徒から人気があるだろうとの予測はあったが、ここまで熱狂的だとは思いもよらなかった。






「……ファウストさん。なんか私、怒らせてるみたいですけど」





「次に、さんをつけたら、みんなの前でキスするからね。死にたくなければファウストって呼んでごらん」





セレスとて死にたくはない。




それに、ファウストならその程度の事は本当にやりそうだと判断した。






「……ファウスト。あなたのせいで転入初日から敵を大勢作ったみたいです」





「それは大変だ。でもご心配なく。セレスは僕が守ってあげるからね。こう見えても、僕は最強だよ」





勘弁してくれ、とセレスが肩を落とした時、生徒たちの群れの奥からしわがれた声がした。



「こりゃ、遅いぞ転入生。待ちくたびれて干物になるとこだったわい」



群れが左右にスッと開き、そこには杖をついた小柄な老女が立っていた。




「やあ、ルル=リタ教授。遅くなって申し訳ありません。でも先生は干物どころか人魚のようですよ。あいかわらずお美しい」





ファウストの言葉に片眉を上げて、ルル=リタ教授はセレスの前に進み出た。




片足が少し不自由なようで、杖を頼りにヒョコヒョコと歩いてくる。






「セレス、こちらが七年生の実践演習の講義を受け持つ、ルル=リタ教授だ。ご挨拶を」





「ワシに挨拶などいらん。時間が惜しいでな。じゃが、クラスメートに自己紹介くらいはした方がええじゃろ。ほれ、早く」





ルル教授はそのままセレスの後ろに回りこんで、急かすように杖でお尻を突いた。




一斉に生徒たちの視線がセレスに集まる。





(最初の試練か)





きゅっと締め付けるような緊張感が身体を刺す。




はたして、良家の子女ばかりのこの学院で自分の経歴が受け入れられるのか。




だが、セレスはそれを隠すつもりは毛頭なかった。



これは想定内の事だったし、もとより覚悟は決めてある。






(私は私。ありのままの自分を紹介すればいいだけだ)





セレスはひとつ深呼吸をしてクラスメート達に向かった。





「初めまして。私はセレスティナ=オズモント。西方のウェールズという村のオズモント孤児保護院から来ました。さる方のご厚意により、今日からこのロックバート学院に転入することになりました。どうぞよろしくお願いします」





それでも声が震えてしまった。




やはり、歓迎とはいえないざわめきが、生徒達の間に広がっていく。






(孤児保護院ですって。まさか、孤児なの?)





(そんな子がこの学院に? 信じられない)





(さる方のご厚意? 一体どういう……)





(どんなドレイクなんだ? 今頃になってからわかるなんて珍しい)





たまらずセレスはペコリと頭を下げた。






「よしよし、もういいかのう。講義を始めたいんじゃが」




その場の空気などお構いなしに、ルル教授はニコニコとセレスを覗き込んだ。





「あ、はい。あの、挨拶の時間をいただいてありがとうございました」





 そしてもう一人、空気など読まない男が朗らかにセレスの肩を抱いた。



途端にまた、キーっという女性徒の奇声が上がる。



「いい挨拶だったよ。ちょっと緊張してる感じが初々しくて可愛かった。じゃあセレス、僕は行くけど何かあったら……」





「はて、行くとはどこに行くつもりなんじゃ、ファウスト」





ルル教授の鋭い口調にファウストが痛そうに顔をしかめる。





「先生、僕は今日一日オフなんですよ。そこを学院長につかまって、彼女の案内にだけ」





「なにがオフじゃ。他の講義はどうでもいいが、ワシの講義だけは参加しろといつも言っとるじゃろ。制服もよう着んと、ふらふらしおって。何年留年すれば気が済むんじゃ、このバカちんが」





ルル教授の杖が、しっかりとファウストの腰を引っ掛けている。




セレスは目を瞬かせてファウストを見上げた。






「ファウスト……、あなた生徒なの? 先生じゃなかったの?!」





「何が先生じゃ。こやつは世間に出て苦労したくないっちゅうて、進級試験を毎年放棄しとる万年留年生。この学院の目の上のたんこぶ、いつもフワフワふらふらしとる、たちの悪いゴーストのようなもんじゃ」





「ファウスト様はゴーストなんかじゃありません!」




「言いすぎです、先生! 撤回して下さい!」





「えーい、うるさいわい! お前らがそうやってちやほやするから、こやつが調子に乗るんじゃろうが!」





やいのやいのと騒ぎ出す一同の輪から、セレスとファウストは息の合った後ずさりでうまく逃れた。





「僕は先生だなんて言った覚えはないよ?」





「そりゃ、そうだけど」





セレスはそれ以上何も言えなくなってしまった。




確かに、勝手な思い込みと言われればそれまでなのだから。






セレスの困惑顔に含み笑いを投げかけて、ファウストはどこ吹く風とばかり、しかも若干楽しそうに騒ぎの見物を決め込んでいる。






「だーーーーっ! 時間が惜しいと言うとるんじゃ! 騒ぐなバカちんどもが。こりゃ、ファウスト、それから転入生セレスティナ。ワシのショータイムを削った罰として、お前達が今日の生贄じゃ!」






 いきなりルル教授が振り返り、生徒たちの輪の中からセレスをビシッと杖で指し示した。



「え? な、なんで私が。それに生贄って?」





「ルル先生、セレスには無理です。ドレイクがまだ覚醒していませんから」




ファウストの言葉に、セレスがハッと息を飲む。




同時に生徒たちの間からも、波のように声が上がった。





「覚醒してない? 七年生に編入ならもう十六、七歳にはなってるだろ。それなのにまだなのか?」




「交信は? そんなケースがあるなんて」




「本当にいるのかしら。……ドレイク」






ざわめきが、嘲笑にも似た笑いに変わっていく。





自分の経歴に関しては、何を思われても恥じる気持ちはない。




だが、ドレイクの有無に関しては、自分にも疑問がある為か居たたまれない気持ちになってくる。





セレスがその場でうつむくと、ルル教授がフンッと荒い鼻息を吐いた。





「おもしろいじゃないか」





「先生もですか。実はぼくもそう思ったんです」





同調するファウストの言葉に、その場が水を打ったように静まり返る。





「ファウスト……?」





「学院長から君の事は大体聞いてるよ。ドレイクの保有は認められたが、君に自覚症状はないそうだね。でも心配しなくていい。僕の見たところ、覚醒はまもなくだと思う」




「本当? ファウスト!」





 その確信的な微笑みに、思わずセレスはファウストの手をすがるように掴んだ。





「ふむ、その根拠はなんだファウスト」





ルル教授が教師らしく、ファウストに問う。



それに軽くうなずいて、ファウストはセレスに向かって口を開いた。






「今、君の中はやけにざわついている。この学院に充満してる仲間のドレイクの気やエフェクトに触発されたのか、それとも何か君に変化があったのか。原因はわからないが、セレスのドレイクが持つエフェクトがかなり膨張している。いつ弾け跳んでもおかしくないくらいにね。間違いないよ」





「エフェクトって……」





「なるほど。ファウストが言うならそうなんじゃろうな。それなら好都合ではないか。どれ、ひとつ叩き起こしてやろうかの」





ルル教授がニッと白い歯を覗かせる。



まるでいたずらを思いついた子供のように。


ファウストの説明も教授の言う事も、いま一つピンとこないセレスを尻目に、二人の話はどんどん先へと進んでいく。






「今、この授業でやるんですか? 少々、乱暴な気もしますが。ま、先生は言っても聞かないでしょうね」





「当たり前じゃ。普通の戦闘演習なんかより、ずっと興味深い授業になる。心配するな、危険はない。お前がセレスティナのフォローに付くんじゃからな」





「は? 僕がですか」





「何も知らない女生徒に、優しく未知の世界を教えるのはお前の十八番じゃろ。それにお前がフォローするなら、ワシも思い切りやれる。早よせんか」






「先生は言う事もやる事もお若い。ま、いいでしょう。確かにこの場に居る者の中では、僕が一番適しているようですしね。……という訳だがセレス、準備はいいね?」





「ふぇ?」





ファウストにいきなりふられて、セレスの口から間抜けな返答が漏れた。





「いいねって、な、何が。何をするの」





「なんじゃ、トロくさい! ワシのやる気に水を差すと、新米でも容赦せんと赤点くれてやるぞ」






 そう言い放ち、ルル教授が手にした杖で、ドンと床を突く。




その瞬間、彼女の背後に緑色の大きな影がそびえ立った。





「……わっ!」






太ったトカゲのような肢体。



裂けた口元には鋭い牙、そして背中に大きな翼。






それはまぎれもなく、このシエスタ公国の守護竜、ドレイクの姿だった。






「君はこれから、先生のドレイクが作る幻魔のダミーから攻撃を受ける。ドレイクは本来、自分の宿主を守ろうとする習性があるからね。それを利用して、君のドレイクを無理やり目覚めさせるんだ。僕が防御は引き受けるけど、それはないものと思って戦ってごらん」





「ごらんって、そんな軽いノリでこんなのと……しかも戦うってどうやって」





初めて目にするドレイク。





身の丈は人の三倍ほどで、大きく裂けた口からは、グオオと呼吸とも声ともつかない音が聞こえてくる。




何よりも、その全身から溢れ、押し寄せる圧力のようなものにセレスは立ちすくんでいた。




「セレスティナ、お前さんのいた村では何の幻魔が多く出た?」



 青いドレイクの前にちょこんと立ったルル教授が、楽しそうに聞いてくる。




「あ、あの。緑色の……犬のような狼のような姿をしたものです。それしか私は見たことがありません」





「ふむ。アガレスじゃな。人の精魂よりも血肉の方を好む。攻撃は至って単純で、直接人の喉笛に喰らいつく。ほれ、これじゃろう」





ルル教授が背後を見上げると、彼女のドレイクが心得たとばかりにその大きな口から霧のようなものを吐き出した。それが一瞬にして緑の狼に似た四足の動物をかたどる。





目の前に現れたよく知る幻魔の姿に、セレスは息を飲んだ。






「もちろんこれは、わしのドレイクが持つ特殊なエフェクトで作った幻影じゃ。これからこいつがお前さんを襲う。本物だと思うて自分の身を守ってみい」





「で、でも私、今は武器も持ってないし、身を守るって言っても何をどうすればいいのかわかりません」





「武器なら、お前さんの中で眠っとるじゃろ? 追い詰められれば出てくるかもしれん」





のんびりとした口調のルル教授の傍で、幻魔アガレスが牙を剥いて唸っている。




今にも飛びついてきそうなリアルな幻影に気圧されながらも、セレスはやってみようと決心した。




これで本当に自分のドレイクが目覚めるのなら、願ってもないことだ。






「……わかりました。幻影ですよね。本物じゃないんですもんね。頑張ってみます」




セレスが一つ深呼吸をして身構える。




すると今まで静観していたファウストが、横から楽しそうに口を挟んだ。






「セレス、確かにこれは幻影だけど、別に安全って訳じゃないよ。仮にもエフェクトの塊なんだから、触れれば怪我じゃすまないかも」





「ええっ! そうなの? そもそもエフェクトって一体……」





思わずルル教授を見つめると、彼女はふむふむと顔を縦に振った。



「エフェクトは、ドレイクが持つ力の効果。それを宿主が操作制御し、攻撃の波動や盾として具現化させるのじゃ。言うとくが、本気でやらねばドレイクだって出てこんぞ。死なない程度には手加減するから安心してやられろ]





「やられろって……!」





ルル教授の顔は笑っているが、目は笑っていない。



本気だ、とヒシヒシと感じる。






「こりゃ、ファウスト。お前もわかっとるな?ギリギリまで防御はしてやらんでよい。他の者も手出し無用じゃ。エフェクト制御のタイミングやら、力加減やら、学ぶことは非常に多いぞ。心して見学するように。ああ、も少し下って、各自防御シールドはすぐに出せるようにして、とばっちりを食わんようにせい」





はあい、と、そこかしこから返答が返り全員が後ずさっていく。





情けないことに、セレスの心臓はこれ以上ないくらいにバクバクと鳴っていた。





怖い、というより、何をどうすればいいのかわからない事が、頭の中をパニック状態に追い込んでいる。






「……落ち着いて。大丈夫。僕の言うことをよく聞くんだ」





 耳元で、ファウストの柔らかな声が響き、セレスの肩がそっと押さえられた。





「いいかい? あれは幻影なんかじゃない、本物だ。そう思わないと心に隙が生まれる。本気であれを消す、消さなけりゃこっちが殺される。……わかるね。そして心の中に語りかけるんだ。『助けて』じゃなく、一緒に戦おうってね」





「……わかった。やってみる」





震える唇で何とかそれだけを答え、セレスはごくんと唾を飲み込んだ。




ファウストが背後からスッと身を引くのが気配でわかる。






「よし。準備はよいな」





ルル教授が手にした杖を、ゆっくりと掲げた。




アガレスの幻影は頭を床に伏せ、低く低く、唸りを上げている。






「では、参る!」





高らかな宣言と杖の指示を合図に、アガレスが弾かれたように跳びだした。




黄色く光る眼の空洞がセレスを完全に捉え、そのまま真っ直ぐに向かってくる。






「う……! きゃあああっ!」






セレスが無様に頭を抱え、横っ飛びに転がる。




せめて箒でもあれば振り回してやるのだが、素手で一体何ができよう。





標的を仕留め損ね、勢い余ったアガレスが見物の生徒たちに迫る。



だが、彼らは少しも慌てる事なく、それぞれが片手を前に差し出した。



その瞬間、彼らの前に薄い膜を張ったような壁が出現する。





「あれ……! あれが、防御のシールド?」





床に這いつくばったまま、セレスはそのシールドに目を奪われた。





(あれがドレイクを宿す人たちの力。あんなのが、本当に私にもできるの?)






「ちょっとどこ見てるの! 早く立って!」





 一人の女生徒の金切り声が耳に届き、セレスはハッと顔を上げた。





 呆然とシールドに見入っているうちに、引き返してきたアガレスがすぐそばまで迫ってきている。




牙を剥いたその口が、目の前で大きく裂けるように開く――。






「セレス!」





その瞬間、ファウストがセレスに跳びつき、二人はもつれながら床に倒れ伏した。





アガレスの牙がファウストの肩を掠めていく。




下敷きになったセレスの頬に鮮血が迸った。





「ファウスト!」





「大丈夫。僕は平気だ。それより君は戦う気があるのかい?」





 ファウストはすぐに起き上がって、行き過ぎたアガレスを見つめている。




肩はシャツが引き裂かれ、肘までを真っ赤に染めていた。





「で、でも、私……。戦うなんて、やっぱり私にそんな力ないよ。ごめんファウスト、ごめんなさい……」





「違う! いいからアガレスから目を逸らすな! 君はドレイクの主だ。君がそれを信じなければ何も始まらない、何も果たせない!」





「果たす?」





 アガレスが再びセレスに狙いをつけ、唸り声を上げながら周囲をゆっくりと廻りだす。





「そうだよ。ドレイクを有し、その大きな力を預けられた僕たちは、悪しきものと戦い、人々を守る責任と義務がある。君にもいるだろう、守ってあげたい人たちが。自分の力でその人たちを守る、そう覚悟を決めるんだ」





血に染まった肩を庇うこともなく、ファウストの蒼い瞳は、アガレスにむけて強い光を放っている。





「守りたい人たち……」





セレスの目の奥に、孤児院の子供たちの姿が見えた。



全員が不安げな顔をして、セレスにすがるような目を向けている。





そして、その子供たちの後ろにもう一人、スッと人影が立った。





ドクンと、身体の奥で、何かが大きく脈打つ。




背の高い、人影。





それは、黒と赤の瞳を持つ、あの黒髪の彼の姿だった。




熱く、胸に込み上げる脈動。





自分が守るべきもの、それは全て。





守りたいもの、それはたった一つ。






そんな想いが極限まで膨れ上がり、そして――弾け跳んだ。






「セレス! 集中するんだ。アガレスから目を離……」





「……ふん、臭いが違う。あやつ、本物ではないな。本物はもっと、腐りかけの血肉の臭いがするもの。とんだ余興だ」





つぶやきながら、セレスがゆらりと立ち上がる。





「セレス……?」





ファウストの向こうで、アガレスがひたと脚を止めた。




その奥にはルル教授とそのドレイクも控えている。




それら全員に向かって、セレスは不敵に微笑んだ。






われの盾、知るが最期……」






セレスの言葉を待たずに、アガレスが床を蹴る。




同時にセレスの右目が、赤に染まった。





「これは……! ダメだ先生、シールドを!」





ファウストがルル教授に向かって両手をかざす。





キュインと耳鳴りがして、セレスとファウストの周囲を何かが通り過ぎる。




その瞬間、飛び掛かってきたアガレスは突然現れた光の壁に弾かれ、姿は消えうせた。



が、そのエフェクトだけは光の壁に弾き返され、術を放ったルル教授に向かっていく。



その威力を倍増させて――。






次の瞬間、耳をつんざくほどの衝撃音が講義室を揺さぶった。





弾かれたエフェクトが、ファウストとルル教授が展開したシールドで砕け散ったのだ。




だが、放ったエフェクトの数倍はあろうかというその威力に、二重のシールドはもろくも崩れ去っていく。






今、講義室は水を打ったように静まり返っていた。





見学の生徒たちも、ルル教授も、そしてファウストも、誰一人として中央で佇むセレスから目を離すものはいない。






「……今の、私……?」





そう漏らした途端、セレスは糸が切れたようにその場に倒れこんだ。




慌ててファウストがそれを抱きとめる。






「……あ―、誰かその子を医務室へ。いや、自分の部屋に運んでやりなさい。初めてエフェクトを使ったんで、疲れただけじゃろう。……しかもいきなりあんなでかいのを」





ルル教授の言葉に、一人の女生徒がもつれながらセレスに駆け寄る。






ファウストは、自分の腕の中で眠るセレスを抱き直し、たった今見た、その瞼の奥の色に思いを馳せていた。




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