【Ⅴ】
「……!!」
ドクンと身体の芯が脈動する。
得体の知れない強烈な違和感に、ルードはいきなり目覚めた。
いつのまにかカウチで寝てしまったようだが、この違和感はそんなものではない。
そのまま身じろぎもせずに心を澄まし、その正体をうかがう。
「あいつ……、いや、バエナ……か?」
すると、ルードの懸念に呼応するように、身体の中でアンフィスも意思を示した。
(危険……ではないようだが。掴めぬ。我もバエナのこんな感覚は初めてだ……)
バエナと直に繋がるアンフィスにさえ、答えが出せないとは。
確かに危険とはまた違う感覚だが、なぜか胸騒ぎは収まらない。
「また森にいるのか……?」
カウチから反動をつけて飛び起き、ルードは大股に出口へと向かった。
チラと流し見たもう一つのベッドには、ファウストが呼吸すら忘れたように静かに眠っている。
どうやら先日の傷を癒すのに、思った以上に時間がかかっているようだ。
彼を起こさぬようにそっとドアを開け、ルードは廊下に出た。
(バエナが何か力を使っている……)
落ち着かない様子でアンフィスがなおも訴える。
「闘っているのか? いや……そういう感じでもないような」
(わからぬ。だが強い……、かなり強い波動だ)
足早に寮から中庭に出ると、ルードは駆け出した。
掴めない、という感覚が背筋をゾワリと撫でる。
「くそ……早く学院から出たい。そうすりゃ、目の届くところに置いておけるのに」
(仕方があるまい。留年しているのだから……)
「おかげさまでな」
そう軽く噛み付いて、ルードは湿った丘を飛ぶように下りて行く。
すると、森の入り口に両手をついてうずくまる人影が見えた。
「……ナディア?」
慌てて駆け寄り、ルードはナディアの背中に手をかける。
「どうした?! 怪我でもしてるのか! こんな時間にいったい何が……」
その瞬間、ルードとアンフィスの鼓動がひとつ大きく重なった。
「……ナディ……?」
うつむいていたナディアが、震えながらゆっくりと振り返る。
右頬の膿んだように赤黒くただれていた痣が、ほんのわずかに黄ばんだだけの痕になっている。
そして、虚ろにルードを見返す右の瞳は、見覚えのある紅――。
「……本当ね。ルードの中に私を疎む思いはない……。でも、そんな事わからなかった……わかりっこない……!」
その全身から沸き立つ、独特の気。
傍に居るとしっくりとパズルがはまる様なその気配は、紛れもなくバエナの持つ気。
「あいつ……は……?」
ルードの声がかすれる。
心臓が勝手に早鐘を打つのを、自分で抑えられない。
「森へ……。もう一人では危ないから止めようとしたけど……バエナが行かせてやれと……」
「バエナが……」
バエナの意思を感じ取れるナディア。
そして、もうドレイクの居ない丸腰の身体では森でセレスを幻魔から守る術はない……。
そこまで理屈を追ってみても、やはり心は受け入れられない。
なぜこんな事を?
なぜバエナを、アンフィスを、そして俺を他に委ねる――?!
(……落ち着けルドセブ。……セレスティナの考えそうな事だ……だからバエナも受け入れたのだろう……)
「俺は認めない!」
森を睨みつけ、ルードは立ち上がった。
(あの感覚……どうりで掴めなかったはずだ。我らをミグレイトしようなどという宿主など、かつて一人もおらなんだ……)
アンフィスの呟きに歯噛みをし、踵を返す。
「待ってルード!」
今にも駆け出そうとするルードの手を、ナディアが必死で掴んだ。
「……あなたに話さなければならない事があります……。だからセレスは……、どうか聞いて……」
怯えるような目でルードを見上げ、だがはっきりとナディアは言った。
「後で必ず聞く。だが今は……すまないナディア」
ナディアがゆっくりと、掴んだルードの指を放す。
その頭を乱暴に撫で、ルードは森の中へと大股に足を踏み入れた。




