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第12話(緑の暴風)-1944.06.19:AM-

「現在までのところ60機程度を撃墜されたとの報告です」

「60機?」

 スプルアンスは、上がってきた報告を衝撃とともに受け止めた。

「まだ、集計は途上です。最終的には100機近くになるかもしれません。他にも着艦したものの再出撃が不可能な機体が多数あるようです」

 尋常ではない損害を受けたであろうことは艦隊上空に戻ってきた艦載機の様子を見れば半ば以上想像できた。帰還してきた戦闘機隊は、編隊ではなくほとんどバラバラに戻ってきた。上空まで戻ってきた機体の中には、煙を引き摺っているものや艦隊上空にたどり着いたにもかかわらず海上に墜落するものもあった。また、着艦したにもかかわらず艦上から遺棄される戦闘機も1機や2機ではなかった。

「敵は、新型の戦闘機を出してきた上に、戦闘機だけで編隊を構成していたようです」

 日本軍攻撃隊を艦隊のはるか手前で迎撃し、壊滅させるという作戦は今の所失敗だったと言わざるを得ない。迎撃に向かった戦闘機隊は、日本軍の艦上戦闘機部隊との激しい空戦に巻き込まれ多数を撃墜された。

「戦艦部隊より入電、日本軍機多数貴隊へ向かう、日本軍機は2群、注意されたし、です」

「戦闘機を上げられるだけ上げろ!」

 スプルアンスは、今度こそが本命だろうと思った。


「2つの編隊とも100機近くいます」

 リー自身も双眼鏡で2つの編隊を交互に見ながらその報告を聞く。2つの編隊は、艦隊の前後を遥かに離れて通過していく。7隻もの新鋭戦艦は、それに対して何もできることはなかった。高角砲の射程の向こう側を通過していく敵編隊について機動部隊本体に連絡するだけだった。こんな仕事は駆逐艦1隻で事足りる。リーの戦艦部隊は、今のところ完全に遊兵化していた。


 日本軍第二波攻撃隊は、第一波と同じく、4式戦場指揮管制機『飛鳥』に誘導されてほとんどまっすぐアメリカ軍機動部隊へと到達した。この攻撃にさらされたのは、新1群だった。

「J群多数、方位270度より侵入、高度4,000」

 既に外郭の駆逐艦は発砲をはじめていたが、昨日の戦闘で多数の駆逐艦を失っているため有効な迎撃にはなっていなかった。

「フラムより入電、低空より多数…」

「J群は低空と上空から侵入中!」

「フラム、被弾、爆発しました!」

「直掩機、交戦に入りました」

 次々に報告が上がってくるが、その内容は楽観を許さないものばかりだった。そもそも、機動部隊に日本軍機がこれ程多数とりつくなど想定外だった。

 第一波迎撃によって被った損害のせいで十分な迎撃戦闘機を挙げられなかったことも痛い。2群にも援護を仰いだが、攻撃を受ける前に援護が受けられる可能性はなかった。


「!」

 隼鷹戦闘機隊重松大尉は、発砲を始めた米軍艦隊を見て声にならない声を上げた。友軍の対空戦闘を見たことがあったが、それとは比較にならなかった。

 しかし、外周の駆逐艦の配置は決して多くはなく、すり抜けられそうだ。

 もっとも、重松はすり抜けるつもりなどなかった。

「ついてこい!」

 二番機の斎藤上飛曹に命じると火点の一つに機首を向けた。

「了解!」

 短く返答が帰ってくる。

 弾幕の殆どは、後方の上空で炸裂しているようだ。機体もほとんどブレない。何しろ、海面をプロペラが叩きそうな高度で飛んでいるのだ。速度計は250ノット、時速で450キロを指している。照準器に駆逐艦を捉えるとやや機首を上げ照準器の中央に捉えた瞬間、重松は発射ボタンをぐいっと押し込んだ。その瞬間両翼から猛烈な白煙を引いて何かが飛び出していった。秒遅れて二番機からも同じように発射される。更に2発、2機合計では8発が飛び出していった。

 三式噴進弾二型の初陣だった。無誘導だがその直進性は優れ、射程8000メートル、有効射程4000メートル、弾頭に125キロの炸薬を搭載した噴進弾だった。重松のはなった噴進弾は艦の前半へ、二番機の噴進弾は艦の中央へとそれぞれ集中していき、爆発する。ほとんど同時に敵の射撃が止んだかと思った瞬間、敵艦の中央が大爆発を起こした。

 右へ旋回しあっという間に爆発する駆逐艦を躱すと重松は叫んだ。「巡洋艦をやるぞ!」

「了解!」

 短く返ってきて2番機が無事であることがわかる。

 噴進弾は、撃ち尽くしたが20mm弾は全数が残っている。撃沈はできないまでも嫌がらせ程度はできるはずだった。


「フラム爆沈!」

 甲板士官が、絶叫する。そうでもしないと5インチ砲とボフォース機関砲の射撃音で艦上の会話はほとんど聞き取れないレベルになっていた。

「くそ!護衛艦が足りないぞ!」

 サンタフェ艦長バーキー大佐も怒鳴り声で言った。

「ジャップ来ます!」

 分かりきったことを言う、そう思った瞬間バーキー大佐は、艦橋の床に叩き伏せられた。次の瞬間、怒声と打撃音、悲鳴で艦橋内は阿鼻叫喚となった。

「なんてことだ!」バーキー大佐は床に転がったまま叫んだ。

 エンジン音が通過し、艦首方向から艦尾方向へと抜けていった。その時には、サンタフェからの対空砲火は半減していた。艦首方向から艦尾へと抜けた敵機の機銃掃射によってむき出しだったボフォース機銃座の大半がその操作員ごと壊滅したのだった。

 来ます、と叫んだのは横からくる攻撃隊ではなく、いつの間にか正面に回っていた日本軍戦闘機を指していたのだが、脅威度の高い攻撃機に集中していたバーキーは気が付かなかったのだ。

「敵機、正横、来ます!」

 生き残っていた見張員が叫ぶ、しかし、床に押し付けられたままのバーキーにはその様子が見えなかった。

「ええい!どかんかっ!」

 しかし、その時になってバーキーを機銃掃射から守ってくれた兵士が絶命していることに気がついた。兵士は、どかないのではなくどけないのだった。

「敵先頭機投雷!続いて2番機、3番機投雷、来ます!」

 舵輪には誰も着いていない。操舵手は、先の機銃掃射で戦死したのだろう。

「誰でもいい面舵!」

 バーキーは、覆いかぶさった兵士を押しのけながら叫んだ。


「サンタフェ被雷!行足止まります!」

「上空敵機、阻止できません、突破されつつあり!」

 クラーク少将は、猛然と襲いかかってくる日本軍機に圧倒される機動部隊を半ば呆然とし傍観していた。やられっぱなしではないが、外周から順に攻撃を受けて思うように敵を阻止できていなかった。

 右翼は、既に駆逐艦が半減し、サンタフェに続いてボルチモアが被雷し、戦闘から脱落しつつあった。

「敵急降下!来ます!」

(マイゴッド…)

 クラークは、日本軍は強いと思った。驕ったせいなのだ。マリアナ諸島を攻略すると同時にその阻止に出てくる日本軍艦隊を殲滅するという欲張った作戦のせいで友軍は、壊滅的な損害を蒙りつつあった。


「隼鷹攻撃隊右翼先頭空母!飛鷹攻撃隊右翼二番艦、龍鳳攻撃隊左翼先頭空母、突撃!」

 指揮官機の命令と同時に大野は、機体を翻した。高度4000から眼下の敵空母に向かって突撃するのだ。これから20秒あまり、回避できない決死の急降下だ。ここまで直衞戦闘機隊の勇戦で7機を撃墜されたが30機以上が残っていた。それが、3群に分かれて突撃を開始したのだ。海上からは、敵がとんでもない量の防御砲火を打ち上げてくるのが見えた。それと同時に海上に停止し猛々と黒煙を上げている艦も見える。

 本来は、艦爆隊が先に敵に攻撃をかける手はずになっていた。しかし、上空から侵入した艦爆隊は先に敵の電探に補足され、敵を呼び込むことになってしまった。雷撃隊は低空から侵入したおかげで敵に気づかれなかった。

 艦爆隊は敵戦闘機の邀撃を受けたが、敵の対空砲火の多くはより脅威度の高い雷撃機に振り向けられていた。もちろん、左翼の護衛艦からの防御砲火は激しい。しかし、恐れるほどではない。

「二番機被弾!」

 後席から報告される。

 ぐんぐん、海面が近づいてくる。ケツが浮いて操縦がしにくくなるが、足をしっかり突っ張り背中を背もたれにぐっと押し付ける。操縦桿を折れんばかりに握り締める。

「ハチマル!」

 高度1000を切った。しかし、まだ遠い。

「ロクマル!」

 敵の艦首がやや右に振れるのが見えた。それに合わせてほんの少し機体を振る。

「ヨンマル!テッ!」

 投弾と同時に操縦桿を思いっきり引きつける「くそったれぇぇぇっ!」声の分、力が漲る気がした。そのまま海面に叩きつけられそうになる。

 ふっと体が軽くなるのと彗星が水平になるのが同時だった。後席から着弾の報告が届けられる。

「至近弾、至近弾、命中!命中!至近弾…」

 自身の投弾は、外れたが最終的に4発の50番が敵空母の甲板を抉った。さすがの米空母も4発もの50番を見舞われた以上戦線から離脱せざるを得ないだろう。旧来の99式艦上爆撃機なら25番しか投じられなかったが新型の彗星はその倍の50番を投弾可能だった。

 25番と50番では貫徹力も破壊力も全然違った。

「他の空母にも命中しています!」

「了解」

 大野は、そう応えると改めて操縦桿を握り直した。投弾には成功したが、母艦に戻ってこそだった。


「敵攻撃終了」

 戦闘参謀が、ホッとしたように報告する。戦闘は最終段階に入りつつあった。2群から駆けつけた戦闘機隊が、敵を追撃し、急速に艦隊上空はクリアになっていった。だが、それとは裏腹に部隊が受けた被害は尋常ではなかった。

「本艦の状況はどうか?」

 クラークは、海上を見回した。

「1発が缶室まで到達して現在出しうる速度は15ノットです、格納甲板の火災は今の所予断を許しません」

「他の艦は、どうか?」

「空母に関しては、無傷な艦はキャボットのみです。ベロー・ウッドはすでに総員退艦が命令されました。バターンも、もういくらも持たないでしょう。モービルにも戴艦命令が出ています、ボルチモアとキャンベラも行き足が止まっています」

 そこまで言ったとき空気をビリビリ震わせる大爆発が起きた。遅れて轟音が届く。

「ヨークタウン、爆発しました!」

 視線を向けるとヨークタウンは前後の僅かな部分が見えているだけでほとんど全てが爆煙に包まれていた。吹き上がった爆炎は、ムクムクと上空へ戻っていく。


「1群より入電、我戦闘継続不能、以上です」

「クラークにもう一度被害状況を詳しく知らせよと伝えろ」

「アイサー!」

 艦隊は、現在北東へ進んでいる。日本軍索敵機に発見され一方的に攻撃されているが、味方索敵機が敵を補足していない以上守勢は仕方がなかった。

 問題は、攻撃隊を防ぐことに失敗している現状だった。

 第一波攻撃は、ファイタースィープだったと判断されている。従来ならファイタースィープを目論まれてもそうはならない自信があった。ゼロに対しヘルキャットは圧倒的だったからだ。しかし、ヘルキャットを圧倒する戦闘機が投入されて、数も多かったことからヘルキャット隊は多くの被撃墜機を出してしまった。撃墜に至らないまでも損害を受けたヘルキャットは母艦に降ろさざるを得ず、その収艦作業中に第二波攻撃を受けることになった。多数を撃墜された上に多くの損傷機を出したことで艦隊上空は一種パニックに陥っており第二波に対する迎撃が円滑に進まなかった。

 また、艦隊編成も再編したが外周に配置すべき駆逐艦が圧倒的に少なく効果的な輪形陣を構成することができなかった。

 また、戦闘機だけでなく爆撃機や攻撃機も新型機に更新されており、旧来機の速度に慣れていた砲手が対応しきれなかったことも投弾前に敵を十分に撃墜できない結果となった。


 しかし、日本軍がこの決戦に投入してきた新型兵器はこれだけではなかった。

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