09 解析と、出撃。 行くで! ウチらの冒険は、これからや!
トモエちゃんのあらすじ
「勇者さんの聖剣、戦士さんの鎧、魔法使いさんの魔法具、僧侶さんの十字架。いずれも、酷いもんが隠されとった。センナナちゃんとウチの活躍で、何とか無力化出来たんやけど……」
勇者パーティの四人が、行儀良う並んで寝とる。並べたんは、センナナちゃんや。魔王には、人数分のお布団持って来させとるところ。絨毯が柔らかいゆうても、氷に包まれとったし風邪でも引いたらあかんからね。
魔素で構成した身体で、ウチは四人の前に立つ。頭の方やから、枕元やね。本体はセンナナちゃんの電脳の中で、ウチに指令を出しとるから、ウチは分身みたいなもんやね。魔素って、便利やね。
勇者さんの額に、ウチは手ぇをそっと伸ばす。昏睡状態になるよう、これまた魔素で睡眠薬を調合して投与しとるから、目ぇは覚ます心配あらへんけれど、用心に越したことはあらへんからね。
指先から魔素を送り、勇者さんの精神にハッキングを掛ける。テラスが組み立てたプログラムを応用して、もうちょい効率良く出来るように改善した、ウチのオリジナルの方法。何やらプロテクトが掛かっとるみたいで、少ぉし手こずりそうやった。まあ、これは予測の範疇やから、プロテクトの解除をしつつウチは戦士さんの額にも触れる。こっちは、ガードが甘かった。
同じように、僧侶さん、魔法使いさんと額に手ぇを当てていく。ウチはハッキングプログラムを送るだけで、解析やらは本体さんのお仕事やね。
『うわ、結構えげつない事しよるね、この世界のヒトらは』
リンクしとるウチの脳内に、センナナちゃんと本体のメッセージが表示された。
『ねえねえ、おねーたん。おなかにばくだんをまいたら、おんなのひとがおとこのひとになっちゃうの?』
戦士さんのデータを解析したんやろか。センナナちゃんが無邪気なメッセージを送ってくる。
『度胸がある、っちゅう感じのことを、言うとるだけや。腹マイトで男になるっちゅうのは、比喩表現やね。戦士さん、どーみても身体データは女性やもん』
何やら、頭痛うなる会話やった。戦士さん、男になりたかったんかいな?
『貧しい故郷で生まれつきの大飯食らい、怪力引っ提げて腕ひとつでお金稼いで故郷に送る……そこだけ見たら、立派なええ子やねんけど、ねえ』
本体が、嘆かわしい、といったメッセージを浮かべる。なんとなく、戦士さんの兜を取ってみる。うん、けっこう厳ついけれど、凛々しい美人さんやね。外国ふうの顔って、ええもんやね。
『まほうつかいさんも、くろうしてるんだね』
『せやね。戦士さんのお目付け役と、新兵器の実験と……実験失敗で、腕燃えてしもうたんか。今の腕は、これも実験段階の義手やね。うん、賢者の塔は、潰さなあかんとこみたい』
物騒なこと言うとるね、本体。そーいうことは、ウチの見えんとこでやってくれへんかな?
魔法使いさんの腕に触れてみると、ちょっぴり硬い感触やった。センナナちゃん程や、あらへんけれど。
『そうりょさんも、かわいそう』
『生物兵器使うとったら、自業自得とは言えるんやけど……砂漠の国の修道院で毒物作っとるなんて、神様が怒らへんのやろか?』
うーん、どんどんセンナナちゃんの教育に、悪い情報が開示されとるね。まあ、一応兵器の主脳やから、ええんやろか?
僧侶さんの、爛れてめくれあがった左半分の顔の皮膚に触れる。ナノマシンと魔素で、どうにか出来んやろか? ちょい夢に見そうな面構えやもん。ウチは、寝ぇへんから夢は見ぃへんけどね。
『おーい、ウチ。そろそろ、勇者さんのハッキング、終わりそうか?』
本体からウチ向けに、メッセージが来る。
『まだやね。結構上位のプログラムで、精神が上書きされとるみたいなんよ。待っとる間に、僧侶さんの顔、治しといたってくれへん?』
『そやね。ついでに、僧侶さんの精神にちょい細工するから、プログラム送っといてぇな』
『了解や』
センナナちゃんから、ナノマシンが射出される。僧侶さんの顔に蛍みたいに取りついて、皮膚の爛れた部分を治していく。その様子を見守りつつ、ウチは本体から送られてきたプログラムを僧侶さんに送り込んだ。
『送ったけど、これ、何のプログラムなん?』
『精神支配を、解除するもんやね。戦士さんと魔法使いさんにも、それぞれ作っといたから、よろしゅうね』
『精神支配? どーいうこっちゃ』
『勇者さんの仲間として、テラスを倒すことに命張るよう、無意識化で洗脳されとったんよ。放っといても、ええことあらへんからね』
『うわ、えげつな』
何か闇の深そうな話を聞いてしもうたウチは、慌てて戦士さんと魔法使いさんにもプログラムを転送した。ウチが言えた義理やあらへんけれど、物騒な世界なんやね、ここは。
そうこうしとるうちに、勇者さんのプロテクトを解除出来た。結構固いやつやったけれど、ウチにかかれば五秒でオープン。どや。
『うわあ……』
送った勇者さんのデータに、本体が早速嫌そうなメッセージを出す。やめてえな。夢も希望もあらへんファンタジーの裏側なんて、ウチは知りとうないよ。
『かみさまって、わるいひとなんだね』
センナナちゃんも、憤然とした調子のメッセージを送って来よる。何なんやろね、全く。
『これは、神様やあらへん。勇者、いや、可哀想な実験体を利用しとる、悪魔や』
本体のメッセージを聞き流し、ウチは勇者さんの前髪をそっと梳いた。寝顔は可愛らしい男の子やっちゅうのに、物騒な世界に生きとるんやね、君は。
『分身、プログラム、頼むわ。ちょい重いけれど、頑張ってな』
本体がそう言うて、プログラムを送ってくる。受け取ったウチが、あまりの膨大さにちょい眩暈を起こすほどやった。
『重っ! なんやの、コレ!?』
『勇者さんの洗脳を解くプログラムや。ついでに、ヒトとしての基礎教育とか、色んなもんを詰め込んどいたんよ。どや』
『メッセージでどやらんでもええわ。でも確かに、プロテクトの固さ考えたらこれくらいは必要みたいやね』
『せや。失敗したら勇者さんの精神壊してまうかも知れんから、慎重にな』
『任しとき。ウチを、誰やと思うてる?』
『ウチの分身』
『うん。的確な答え、ありがとさん』
刹那のやり取りの後、ウチは勇者さんの精神へアクセス、プログラムを送り込む。外部からの妨害があるかと思うたけれど、どうやら取り越し苦労やったみたい。びくんっ、って勇者さんの身体が跳ねて、身体じゅうから力が抜けたみたいにぐったりとなった。綺麗に修正出来たみたいやね。さっきよりも、心なしか寝顔が幼いもんになってきたわ。
『書き換えプログラム、完了や』
『ご苦労さん。ほな、そろそろ戻って来てええよ、分身』
『了解や。魔素の身体分解してから、帰還するわ』
本体へメッセージを返し、ウチは身体を構成する魔素へコマンドを飛ばす。きらきらと、綺麗な光がウチの身体から溶け出していく。同時に、ウチを構成しとる部分も薄うなってきて、ウチの意識が、徐々に……消え、て。
独立ユニットにして作った分身が、戻ってくる。身体を持つっちゅうのも、たまにはええね。お疲れさん、分身。っちゅうても、ウチ自身なんやけどね。
ハッキングをして解ったんは、どこの世界にも、ろくでもない奴っちゅうのはいるもんや、っちゅうことやった。賢者の塔はヤクザと実験狂いの科学者の集まりみたいなとこやし、教会は穢れなき乙女に毒物作らせとる。穢れはあらへんかも知れんけれど、皮膚は爛れとったよ。許しがたいことやね。
そんで、勇者さんを洗脳して、核兵器持たせて送り込んで来たんは、一国の王様や。まあ、魔素で構成した、核兵器モドキなんやけどね。テラスと魔王城を吹っ飛ばして、残った領土を奪おうっちゅう魂胆やったみたい。賢者の塔も絡んでるとこ見ると、たぶんスポンサーはこの王様やね。
この世界で、このまんま魔法や魔素の研究が捗ってしもうたら……ウチらのいた地球と、同じ未来を辿ってまうことになる。確率は、八十八パーセント。天変地異や災害で、ヒトが生きてくのもしんどいようになってしもうたら、その限りやあらへんけどね。せやけど、力を追い求める限り、どのみち避けられへん道や。嘆かわしいこっちゃね。
『おねーたん、ぼく、いかなくちゃ』
センナナちゃんが、勇者さんらのハッキングデータとウチの試算を受けてメッセージを出した。
『センナナちゃん。何をするべきか、解っとる? 事を起こしたら、仰山の人間さんらに恨まれることになるかも知れへんよ?』
土下座のヒトらと、仲良うしたい。そんな無邪気な思いで、センナナちゃんはここまでやって来た。テラスにハッキングしたときに、決意は聞いたけど、ウチはもう一度、念を押しとうなった。
『うん。でも、せかいじゅうで、こまってるひとがいるんだよね? そして、ぼくにはそれを、たすけてあげられるちからがあるの。だから』
『わかった』
センナナちゃんの覚悟が、メッセージから伝わってくる。それは、ウチを動かすのに、充分な原動力やった。
『悪者ぜーんぶ、壊しに行こ。ウチが、センナナちゃんのナビゲートしたるから。そんで、全部綺麗に片付いたら、世界中の皆と、お友達にでもなろか』
『ううん、おねーたん。ぼく、ぜんぶやっつけたら、だあれもいないところにいって、おねんねするよ』
ウチの気楽なメッセージに、センナナちゃんがそんな言葉を返す。
『おねんね? スリープするんかいな?』
『うん。ぼくのちからは、つよすぎるから。へいわなせかいには、ひつようないものなの。ちきゅうでも、そうするよていだったでしょ?』
センナナちゃんが言うとるのは、ウチらの地球でのミッション終了後のことやった。自動兵器が全部おらんようになったら、量産されたウチらは眠りにつく。眠りっちゅうても、寝るわけやあらへん。自壊して、新たな人類さんが生まれて来たときのための道具に作り替えられる。そういう、予定やったんよ。
『せやけど、センナナちゃん』
『ぼく、もうきめたの。つきあって、くれるんだよね、おねーたん?』
『人間さんらと、仲良うなりたいっちゅうのは、どうするん?』
『いつか、きっと……にんげんさんたちが、ぼくたちのちからを、うまくつかえるようになったら、そのときに、なかよくなる。いつかくるそのひまで、だからおねんねするの』
ほんまに、そんな日が来ると思うんか? そのメッセージを、ウチは飲み込んだ。合理的に考えれば、可能性は、ある。この世界の文明が、ウチらの地球に追いついて、センナナちゃんとウチを平和に利用してくれる日ぃは、もしかしたら来るかも知れへん。何千年、とかかるかもやけれどね。
『ええよ、センナナちゃん』
せやから、ウチは言う。メッセージに、万感の思いを込めて。電脳やからこそ、伝わる手段で。
『ありがと、おねーたん』
『なんでもあらへんことや。ウチとセンナナちゃんは、一心同体やもん。それより、そろそろテラスが戻って来よったみたいやから、お別れ言っときね』
『あーい』
謁見の間へ、布団を抱えたテラスが戻って来る。
「友よ、我は、征かん」
「んあ? 行くって、どこへだ?」
「使命を、果たす」
「使命って、何だよ?」
「さらば。息災であれ」
きょとんとするテラスを置いて、センナナちゃんが入って来た壁の穴の前に立つ。
背部ブースター、展開。ぎょっとなったテラスが、布団を落として両腕で身体を防ぐように構える。
脚部スラスター、点火用意。大丈夫や。別に、攻撃はせえへんから。言うても、聞こえへんか。
姿勢制御システム、起動。勇者さんらと、仲良うするんやで、テラス。まあ、言わんでも大丈夫か。テラスも、性根はええ奴やもんね。
轟音とともに、ウチらは飛び上がる。音の壁を超えて、暗雲を切り裂いて、どこまでも。成層圏近うまで飛んでから、まずは砂漠の国を目指し、進路を固定。
『ほな、行くで、センナナちゃん!』
『あい!』
こうして、ウチらは出撃した。敵は強大やけど、センナナちゃんと一緒やったら、怖いもんナシやね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
お話は、あと一話だけ、続きます。どうぞお楽しみに。
今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。