07
さてその現象も難なく処理したところで、ぼくは立ち上がる。
それに理由は、あまりない。
ただ立ち上がっただけ。
そして、ただ逃げるだけのことだ。
やはり彼女を信用するには、それに見合う根拠が少なすぎる。
だからと言って警察に自首しに行くつもりも、あの怪しい三人組の元に行くつもりもあるわけない。
そんなの、餌もなしに自分からホイホイに突っ込んでいくようなものだ。
そんなへまはしない。
と言っても逃げた後にぼくはどこに行けばいいのだろう。
家は名前を知られている時点で不可能、電車とかを使って遠出しようにも、財布や携帯なんかは弁当と一緒に教室に置きっぱなし、匿ってもらえるような知り合いもいない。
しょうがない、徒歩で行こう。
かなりの最終手段だが、徒歩だって少ないながら利点はある。
服が血だらけだが、これも人にさえ見られなければどうってことない。
そうと決まると、鍵を引き上げ、ドアノブを回した。
扉を押したのと同時に、いくつもの発砲音が下の方から聞こえてきた。
音を聞いた限り、火薬を使ったモデルガンのように思えたが、いや閃光手榴弾を当たり前のように使っていた奴だし、もしかしたら本物でドンパチやっているのかもしれない。
しかし、またこんなところで使っていい代物では無かろうに。
待てよ、もしここでぼくが警察を呼んだら、下にいるやつら一網打尽出来るのではないか?
ぼくにしてはいい考えだと早速行動に移そうとしたが、そうだ携帯を忘れたくだりはさっきしたばかりではないか。
こうなると、常日頃から携帯を常備しておくべきだったと悔やまれる。
まあいい。
そんな習慣がまさかこんな悲劇で役立つなんて、過去のぼくもまさか思うまいし、それに家族とさえなかなか連絡を取り合うこともしないのだから。
だから、しょうがない。
さて、ここからどんなルートを使おうか。
扉から出た廊下の先に、左と右で階段が一つずつ。
確かぼくがこの部屋に連れてこられるときに使ったのが、向かって右にある階段だ。
ならば左から降りればいい話だが、それでも流れ弾なんかが飛んでくる可能性が否めない。
うーむ手詰まりだ。
ここまで追い込まれると、逆に笑いが込みだしてくる。
ふと上を見上げると、眩しい光が目に入った。
今まで気づきもしなかったが、天井にはなぜかこの廃墟らしき建物には似合わないおしゃれなガラスが埋め込まれていた。
色とりどりなガラスに日光が通り抜けて、床が眩しくグラデーションされてる。
・・・太陽の傾きから見るに、今は14時ぐらいか。
ずっと暗闇だったので少し時間間隔がくるっていたが、そうかあれからもう1時間も経っていたのか。
時間的にそろそろ警察も動き始めているころかな。
どうせなら何かの気まぐれでここにも捜査の手が回ってほしいところだが。
愚痴っていてもしょうがない。
というかもう、考えるのさえ面倒くさくなってきた―――――。
「――――と、言うわけです」
「いや、そんな出てきた経緯なんて聞いてないんだ。なんで私の言いつけを聞かなかったのかって言っているんだよ」
銃声に紛れて一部分しか聞こえなかったが、それでもその風貌で十分怒っていることを感じることはできた。
・・・詳しくこの状況を説明すると、あの後ぼくは迷わず右の階段を下りた。
そこで見たのは、まさしく戦場だった。
床や壁には血がこびりつき、人が多く倒れ、硝煙の香りがあたりに漂っている。
どうして近隣住民は通報しないのか、この時ぼくはそう思っていた。
けどそれ以上に、この光景に圧倒されていた。
声がかすむほどの衝撃?
目が潰れるほどの衝撃?
どの言葉で表現していいかわからないほどに、ぼくは激しく興奮していた。
そして、気づくとぼくは彼女の隣にいた。
まるで瞬間移動か、何かのマジックのように。
ぼくの体は、彼女の隣に移動させられていた。
目の前には冷たいコンクリートの壁があり、背中には銃の衝撃が幾度となく伝わるコンクリートの壁があった。
そのコンクリートを盾にする形で、ぼくと彼女は、今こうしてここに居る。
ただ、やはり命中しかけたのか、目の前のコンクリートに無数の撃たれた跡が残っていたが。
「だって、信用できないんですもん。いきなりこんなところ連れてこられて、いきなり部屋で待ってろって言われても、そう簡単に言うこと聞けませんよ」
「・・・・・・・ それは、まあその通りか。いやぁ、悪いことをしたね。私の配慮不足だった。謝るよ」
そう言って彼女は、こんな銃撃戦真っただ中でぼくに向かって頭を下げた。
「だが、実際危険だったんだ。だから、分かってもらえないかい?」
「まあこの状況見れば理解はできますけど。それで、説明とかはしてもらえるんですか?」
「ああ、きっちりとさせてもらうよ。ところで、あと何人ぐらい生き残ってるかい?」
「そうですね。気配からしてあと20人ぐらいですか。って、さっきよりかなり減ってますね」
さっきは、たしか100人ほどいたはずなんだが。
「そうかいそうかい。じゃああと30秒ほど待っていて」
そして彼女は、どこからか拳銃を取り出し引き金を引いた。
立ち上がって、彼らに向けて。
なんてことはなかった。
彼女は彼らに背を向けて、どころか壁に向かって発砲した。
知っている人なら当たり前の知識だが、拳銃は基本室内で撃ってはいけない。
それは跳弾によってあらぬ方向へ飛んで行ってしまう危険があるからだ。
勿論壁に向かってなどもってのほか。
最悪自分にあたってしまう危険もある行為を、彼女は今やった。
彼女は、やってのけた。
壁に向かって射出された弾丸は、法則に従って放物線を描きながら跳ね返ってくる。
そしてぼくの頭上を通り過ぎると、背後から1つ、うめき声が漏れた。
「うんまあ、この技は極力使いたくなかったんだけど、仕方ないよね。こんなに敵が多いんだもの」
その台詞に合わせるように、一発、もう一発と引き金を引いていく。
淡い火薬の臭いを漂わせながら、それも跳ね返った。
そして、それが当たり前であるかのように命中していく。
ほんの十数秒のことだった。
ぼくにとってはかなり長く感じられたが、おそらくそれくらい短かった。
彼女が多いと言っていた敵の数約20名。
それらがすべて、頭を打ちぬかれていた。
「さて、じゃあ自己紹介と洒落込もうか」
拳銃をおそらく胸にあるのだろうホルスターにしまい込むと、彼女はすっと立ち上がった。
「私の名前は荒神 雛。私は俗にいう、『殺し屋』というのをやっている者だ」
彼女は、雛はそう言った。
ああ、通りでその服が赤かったはずだ。
薄暗くて今まで気づかなかった。
彼女の服が、真っ赤な血で汚されていることに。
次回は説明回の予定です