選ばれたカードは何を思う
《キングのカード》
「くそっ!何であいつが選ばれたっ!?」
少年は怒りをあらわにした。
少年は一番でないといけなかった。選ばれないといけなかった。
自分の信念を貫いて、それ相応の努力をしてきたはずだった。
なのにダメだった。
悔しい悔しい悔しい。
自分はまだこの家の名を背負うほどの器ではないのだと言われているような気がした。
だけど、同時に情けない。
大切な人たちに気を使わせてしまった。
淡々と、だけど、親身になって話を聞いてくれた彼の顔。
泣きながらも、懸命になって励ましてくれた彼女の顔。
思い出すのはあの人に選ばれずに絶望していた気持ちと、そんな自分を隣で支えてくれた二人の顔。
そうだ、まだ終わったわけではない。本番はこれからだ。
少年は深い息を吐き、気持ちを整える。
勝てばいい。
そして、頂点に立てばいい。
王の隣に立つ者として相応しくなればいい。
民の上に立つ者として実力を見せればいい。
だからまずはやつを潰さなければ。
少年は冷めた目で対戦表を見る。
民を見捨てた裏切り者。上に立つ者としてしてはいけないことをした断罪すべき相手。
少年が最初に勝つべき敵は、少年の信念に相対する者。
さあ、裁こう。
奴が民衆にしてきた罪を。
さあ、知らしめよう。
民衆の命を背負う者としての生き様を。
少年は眩いばかりの黄金色の光を目に宿し、己の誇りという名の武器を強く掲げた。
《クイーンのカード》
少女は一人、踊る。
一緒に踊ってくれる人々はもうずっと前からいなくなっていた。
冷たい冷気が少女を包む、少女を隠す。
少女の手から水が滴る。
だけど、望まなくても水が少女の手から離れる頃には氷に変わる。
サファイアブルーの瞳が揺れる。
何度願ったってその氷は溶けることはない。
何度願ったってその氷は誰かに癒しを与えることはない。
本来、持つべきはずのものを少女は持っていない。
唯一自分を証明するのはこの瞳。
この瞳が少女を少女でいさせてくれる。
この瞳が少女とあの人たちとの繋がりを教えてくれる。
でも、あの人たちはもういない。
優しく流れる水のような思い出は、今の少女には心をかき乱す濁流にしかならない。
もういっそこの思い出ごと氷のように凍らせて閉じ込めてしまえばいいのに。
冷気は濃さを増し、凝縮し、氷の壁が出来上がる。
そんな優しい思い出は何も生み出さない。
思い出すべきは怒りの思い出。今の自分を構成する復讐の思い出。
少女の瞳に影が落ちる。
とたん、氷の壁は崩れ、かけらの一つ一つが刃へと姿を変える。
あの人たちは正しい。あの人たちは正義だ。
『生きろ、何があっても生き延びろ』
頭に響くはあの人の言葉。
ああ、そうだ。私は生き延びた。
自分を偽り生き延びたんだ。
だから、もういいでしょ?
氷の刃は宙を踊り少女の周りにある全てを引き裂いた。
私は復讐者だ。
あの人たちを裏切った全ての人々に牙を向ける準備を始めようでないか。
氷のステージに立つ少女はひどく美しく、ひどく寂しそうだった。
《ダイヤのカード》
その部屋は異界だった。
薄暗い部屋を照らすは怪しげな色を発光するアクセサリー。
部屋を彩るは多くの文字が刻まれた多種多様な武器と、散りばめられた魔法石。
そして、何より部屋の中心にいる青年が異質そのものとも言えるような不気味な笑みを浮かべている。
「グフ、グフフフフ」
青年は勝ちたいという欲はなかった。
青年の目的は他の参加者と比べ圧倒的に異なっていた。
青年の戦うべき相手は対戦表にいる彼ら彼女たちではない。
戦うべき相手は観戦者である教師や貴族の学生。
そう、青年が戦おうとしている舞台は闘技祭ではない、商売である。
闘技祭は青年にとっては商売の場でしかない。
魔法具という商品を武器に顧客と戦うのだ。
だから、闘技祭の対戦相手には商品を魅せるために動いてもらわないといけない。
どう舞台で演じてもらおうか?
しかし、困ったことにどこを探ろうにも相手の情報が少なすぎるのだ。
誘導するのには、操るのには、何よりも情報が力となる。
「はぁー、可愛い女の子やったら、まだやる気がでんのになぁ〜」
その上、相手はただの野郎。
男について徹底的に調べるのは気分が下がるだけ。
青年にとってこれほど憂鬱なことはなかった。
《クラブのカード》
それはただ主人のために造られた。
それは主人の威厳を守るため。
それは主人に迷惑をかけないため。
それは紛れも無い偽物。
本来それは主人の隣に立つのを許されない身分、立場、存在。
ああ、醜い、醜い。
醜く汚い泥だらけの手。
でも、こんな泥だらけで穢らわしい存在でも主人の役に立てる。
思い出すのは辛く苦しんでいる主人の顔。
見たいのは誇りと自信に満ちた主人の顔。
彼には笑っていてほしい。
愛おしいと呼ぶにはあまりにも自分は不躾で、
一緒にいたいと言うのにはあまりにも自分は不相応で、
でも、彼は自分を赦してくれた。
だから、それは決意した。
愛おしいではない。一緒にいたいではない。
それは言った。
自分を踏み台にしてくれと。
それこそが自分に相応しいと。
主人は肯定も否定もしなかった。
それが彼の気持ちであり、立場でもあったから。
だからそれは舞台に立った。
主人がスポットライトを浴びて輝くために。
ああ、惨めな惨めな泥だらけのお人形、おまえはこの舞台で何を演じる?
《スペードのカード》
「アヒャ、アヒャヒャヒャ」
青年は嗤う。
周りには幾人もの犠牲者が転がっている。
「オイオイ、もう、壊れちまったのかよォ。つまんねェナ」
青年は壊したりなかった。
青年は遊び足りなかった。
次の玩具はまだか?次の玩具はまだか?
「ア、そーだ。あれ、やってみるかァ」
新しい遊びを思いついたのか、青年は意気揚々と右手を横に突き出す。
すると数百個もの小さな茶色の魔法陣が現れる。
小さいとはいえ、普通ではありえないほどの魔法陣の数。
しかし、それは青年の半分以上の力を使っていない。
青年はもう片方の手、左手を突き出す。
指を鳴らし、別の魔法陣を形成しようとする。
だが、
バチンッ!
左手に収集し、今まさに放たれようとしていた魔力は弾けたように雲散した。
「クソ。相変わらず邪魔だなこれ…」
青年は忌々しげに左手首を見つめた。
それは青年を縛る手枷だった。
一見、青年を彩るブレスレットにも見えるそれは呪い。
絶対的な力を持つ青年を悩ませるもの。
いくつもの夥しいまでの魔法陣と魔術式が刻まれた魔法石が、その金色に輝く枷に埋め込まれている。
ああ、邪魔だ。邪魔だ。
苛立ちを発散させるように、青年は取り残されていた魔法陣を全て発動させた。
それは地獄絵図。
岩石が弾丸となって全てを襲う。
人も、物も、関係ない。
誰も隣に立つことを許されない。
青年はただ一人、嗤って壊す。
その絶対的な力を、
その狂気的な笑みを、
人々はこう呼ぶ。
鬼人と。
それが、彼であり、彼の呪いである。
《ジャックのカード》
剣は傷つけるものではなく守るものである。
剣は愛する人を守るためにある。
それが青年にとっての剣であり、それが青年を強くさせた。
だけど、まだ、足りない。
青年は剣を構え、目を閉じる。
まだ力が必要だ。
深く呼吸をし、張りつめたように意識を集中させる。
青年にとって愛する人はまだ、いない。
だけど、いつまでも隣で一緒にバカみたいに笑っていたい人がいる。
大胆不敵で、奇想天外な相棒。
そいつはかっこいい少女で、可愛らしい少年だった。
出会っときから変わってしまったことはあったけど、大切な人ということは変わらない。
だから、愛する人ができるまで青年はそいつを守ることに決めた。
しかし、今のままでは守ることができない。隣で立っていることすらできない。
だってそいつは前へ前へと走っていくのだから。恐ろしい速さで強くなっていくのだから。
そいつの隣に立って、守っていくためには青年も同じか、それ以上に強くなっていかないといけない。
だから、やってやろうじゃないか。
瞬間、青年は閉じていた瞳が開き、稲妻のような眼光が瞬く。
そして静電気のような痺れが全身に駆け巡り神経を刺激し、肌に触れるもの全てを青年は感じ取る。
きた。
あらゆる方面から幾多もの炎の塊が青年に飛びかかる。
熱く空気を燃え上がらせ徐々に大きさを増していっている。
だが、青年は一つも余すことなく、全てを己の手にある剣で切り裂いた。
さあ、戦おう。
さあ、守ろう。
青年は剣を強く握りしめた。
《ハートのカード》
少年の役は決まっていた。
主人を支え、勝利まで導くこと。
だから、少しでも多く邪魔者を排除しなければならない。
ぼくらそのために生きているのだから。
昔々の見ていた世界を思い出す。
酷くて、怖くて、大嫌いだった世界。
真っ暗闇の中、彷徨っていたぼくらに光りを灯してくれたのが主人だった。
主人はぼくらにとっての光だ。
主人はぼくらにとっての救世主だ。
世界に愛されなかったぼくらは、そこで初めて温もりを知った。
風が吹く。
稲穂を撫でるように優しく少年を包む。
少年は吹く。
奏でる音色は故郷の風音。
少年の手に握られた竹笛は主人と少年を繋げてくれた宝物。
捧げよう、この音色を。
捧げよう、勝利を。
捧げよう、ぼくら自身を。
貴方の栄光のためなら何だってできる。
だから、ね、ほら。
「若、若はただ、前を向いていればいいのであります」
ぼくらは貴方を支える影になろう。
《ジョーカーのカード》
昔の思い出のほとんどは霧がかかったようにぼんやりとしていて思い出せない。
だけど、鮮明に一つだけ思い出せることがある。
大きな背中、広がる紅のマント、振りかざす剣。
誇り高き憲兵団。
その姿に、生き様に憧れた。
すごいと思った。かっこいいと思った。なりたいと思った。
それが、少女の見つけた夢。
夢を叶えるためなら貪欲に挑戦しよう。ずる賢く、だけど、真っ直ぐ生きよう。己を貫こう。
だから、欺こう。男の仮面を被って少年になるのだ。
だから、遊ぼう。奇想天外な魔法と剣を使って。
だから、狂わせよう。決まり切ったゲームなんて面白くもない。
だって、その方がきっと楽しい。
少女は騎士であり、道化師だ。
厄介で、イレギュラーな乱入者。
それが、幸か不幸かどちらに転がるかは誰も分からない。
だけど、夢を持った珍妙な道化師はこのゲームに選ばれた。
道化師は踊る。
さあ、始めよう。愉快に笑って。
新入生闘技祭は幕を開かれた。
最後に勝利を手にするのはいったい誰だ?




