転校生
そろそろ高校生活にも慣れて登校中に口を隠さずに大きな欠伸ができるようになった頃、僕たちのクラス一年一組にある変化が訪れようとしていた。
二週間ほど前に担任の橋本先生からこのクラスに転校生が来ると告げられたのだ。いつも静かな朝のホームルームがざわざわとしたのは言うまでもない。
学生のビックイベントといえば体育祭や文化祭などはもちろんのこと転校生が来るというのも当然その一つに含まれているのだ。
それはそうとこんな時期に転校してくる生徒には少し同情する。夏の鬱陶しい暑さにもそろそろお別れして秋の訪れを感じる頃にはクラスの仲良し集団は既に確立してしまっているからだ。そこに入り込む余地はない。断じてだ。
女子は王子様の登場を男子はヒロインの登場を心のどこかで求めている。転校生の容姿に期待を抱くのはとても残酷なことだとは思うが高校生なんだから仕方のないことだと許してほしい。
そんなことを考えながら家から高校までの憂鬱な登校をなんとか乗り切り、一年一組の教室の前まで来ていた。僕は先月の席替えで手に入れたクラスの中央付近に位置するなんともいえない席に着いた。
「おはよう~」声をかけてきたのは前の席の岡野である。
「岡野おはよう。なんかみんな静かじゃない?」
「そりゃそうだよ。今日は転校生が来るんだから」
「あれ、今日だったか」
「うぇー、知ってたくせにー」岡野が目を細めて睨んでくる。ちっバレたか。転校生が来るなんてビックイベントを忘れるわけがないだろ。でも忘れているくらいがちょうど良い気がしたのだ。
転校生に興味を示さない生徒はいない。しかし、それを表に出すことは出来なかった。なんとなく伝わると思うが『転校生に興味津々なやつ』という地味に嫌な印象をクラスメイトのみんなに持たれたくないのだ。
それにしても転校生側はどういう気持ちなのだろうか。盛大に歓迎されたいのか、それともそっとしておいてほしいのか。もし前者なら申し訳ない、このクラスに盛大に歓迎するタイプの生徒はいないからな。
お気づきではないだろうが、僕は大きな過ちを犯していた。いきなり学校が崩れるくらいの大災害が来てしまったとき、刃物を持った不審者が学校に侵入してきて同じクラスの女子を人質にしてしまったときの想像は数え切れないほどしたっていうのに転校生が来たときの想像はしたことがないのだ。
こんなことになるのなら普段からアホな想像力を膨らませておけば良かった。現時点では、不審者から人質を救出する方が転校生に話しかけるよりも遙かに簡単に思えるからな。
あいにく心の準備をする時間なんてものはなかった。表情ではいかにも冷静を装いながら転校生が来たときの想像を急ピッチで行っていると橋本先生が教室のドアを開けた。ドアを閉めるそぶりを見せず、開けっぱなしのまま教卓まで歩いたところで確信した。
ドアの向こうに転校生がいる……
ゴクッと唾を飲み込んだ音が教室内に響き渡っていないか心配なほど動揺しているが表情はいたって冷静である。そのはずだ。
教室に入ってきたのは随分と背の低い女の子だった。ロングの髪の毛を揺らしながら歩く様子は井戸の中から出てくるあいつを連想してしまった。長い前髪で顔が覆われているし、とにかく転校生から覇気を感じない。第一印象はとにかく不気味という感じだった。
「おはようございます。私の名前は七寺小和と申します。今日からよろしくお願いします…フフ」
猫背気味な姿勢と顔の半分を隠すほど伸びた前髪、そんな七寺の笑みはお世辞にも可愛いとは言えないものだった。違う意味で教室にいる全員の視線が釘付けになっていた。
「みんな仲良くしてやれよー。じゃあ相沢、七寺の席を準備してほしいから音楽室にある机と椅子を持ってきてくれ。綺麗なやつ持ってきていいからな」
前の席の岡野が僕をみてニヤニヤとしていた。覚えておけよ。
「なんで僕なんですか……」
「なんでって、出席番号が一番だからに決まってるじゃないか。一時間目が始めるまでに頼むぞー」
そう言うと、橋本先生はそそくさと教室から出て行った。出席番号が一番なことで不幸な思いをすることは高校生になる頃にはすっかり慣れていたはずだったが、今回のはあまりに理不尽すぎやしないか。
みんなの目線を避けるように僕は橋本先生の後を追い教室から職員室に向かった。さっさと音楽室の鍵を借りて強制的に発生した高難易度のミッションを終わらせよう。そう思っていたのだが……
「あの、私もついて行きますね」
「えっ!」思わず大きな声が出てしまった。後ろを振り返ると、転校生の七寺が長い髪をゆらゆらと揺らしながら小走りで追いかけてきていた。たまに見るB級ホラー映画よりも躍動感があって怖い。
ふと周りを見渡すと、廊下にいた他のクラスの生徒たちが興味津々とこちらを見ていた。転校生というだけでも目立つのに、この見た目だもんな。見てしまう気持ちは分かる。
でも少しニヤニヤしているのは何故なのだろう。やはり、転校生の女の子と二人っきりというシチュエーションがあらぬ想像をかき立ててしまうのだろうか。
朝のホームルームが早く終わったからといって、一限目までの時間は多くない。もたもたしてると授業がはじまってしまうため、僕は少し歩くスピード上げた。
その時だった——
「ねぇ、あなたには私がどう見えていますか?もしかして……」
ガッと肩をつかまれ問いかけられた。一瞬の沈黙が流れる。当然、振り返っても長い前髪のせいで七寺の顔は隠れて表情を見ることが出来ない。質問の意図も不明である。
喉元がつっかえる感覚だ。本心は『怖い』であるが、それを伝える勇気はあいにく持ち合わせていない。
「小動物系?みたいな。可愛らしい人って印象かな。あはは」
あれ、何言ってるんだろう。取り繕いすぎて全く逆のことを言ってしまった。
「か、可愛らしいですか?」
「う、うん。ごめん、なんかチャラいよね。あ、早く職員室行かなきゃ」
「フフ、そうですね。あなたも対象外でしたか……」
「え、なに。対象外?」
七寺は「忘れてください、フフフ」といって下を向いた。




