第三十二話 そのころ勇者は……?
城内はざわついていた。
先日召喚したばかりの勇者が見るも無残な姿で帰ってきたのだから。
勇者のニブル奇襲が失敗に終わり、魔王軍内では、本当に勇者は強いのかという疑いの声も上がっていた。
「兄さん。どうしてこんなことに」
ノボルはベッドに横になった兄の側でつぶやいていた。
勇者であるために見た目の傷はすでに完治しているが、装備品はヒビが入っているどころではなく、明らかな打撃で砕けている箇所が多くあった。
まずもって、これほどの火力を出せる何かがニブルにいるという恐怖。
それでいて、聖剣ランスロットを持っている限り死なない兄がここまでの深手を負ってでもニブルを奇襲した理由がわからない疑問。
複数のことがノボルの頭を駆け巡っていた。
そう。
ノボルはなぜ兄がニブルに奇襲をかけたのかの理由を知らないのである。
召喚した翌日には魔王軍を数人と共に飛び出し、翌日にはボロボロで帰ってきたのだから、まったくもって理解不能なのである。
「ノボルか?ここは……」
「魔王城だよ兄ちゃん」
「魔王城……?俺は、あの時ゴスロリに殴られて……イテテ、いや痛くねーな」
「そりゃそうだよ兄ちゃん。兄ちゃんの持っている聖剣は、勇者の治癒力を限界まで高めるからね。致命傷でも首が落ちない限り死ぬことは無いんだよ」
「そうだったのか」
「それで。兄ちゃん。なんで勝手にニブルに攻め込んだりしたのさ。説明してくれるよね?」
ノボルの額には明らかに怒りマークが浮かんでいる。
ノボル自身は魔王という身の上でありながら、完全な平和主義者なのだ。
面倒事が増えそうな勇者召喚も、もともとは反対していたが、魔王軍の士気の為仕方なく行ったというのが実際のところだったのだ。
「だって、ノボルがいってたんじゃないか。人間側にイジメられたってよ」
「言ってないよそんなこと!!人間側に魔剣が出たから対抗するために勇者を召喚したって言ったんだよ!!!ちゃんと人の話聞いてよもう」
ノボルは呆れながらも兄だからなぁという諦めにも似た感情を感じていた。
「いやいや、配下のやつが言ってたぞ?砂鉄取り行ったら、数人残して皆殺しにされたって聞いたぞ!?」
「違うんだよ兄ちゃん。そもそも人間側にちょっかいかけたのはこっちからなんだよ。なんでも砂鉄取りに便利そうな道具を使ってたから奪おうとしたら揉めたって話だよ。つまり、こっちから火種を起こして、そのうえ負けたの。わかる?そこに兄ちゃんがさらに追い打ちかけに行って惨敗。これもう死ぬほどこっちが小物感全開になっちゃってるんだよ」
「それってもしかして、俺、かなり余計な事したの……か?」
「そうだよ!!ったく、まぁちゃんと言っておかなかったのも悪いけど、もう勝手な事しないでね。どうしよ。ニブルの国王に菓子折りでももって謝りにでも行かなきゃだめかなぁぁ」
ノボルは心底胃が痛くなる気持ちだったが、実行犯が身内、しかも前世からの身内となると尻ぬぐいも仕方ないかと諦めることにした。
「それにしても、人間の使ってたっていう砂鉄とりの道具?すげー便利そうだったらしいんだよな」
「見てた魔族はどんなのだったとか言ってなかったの?」
「それが見たこともないものだったって言ってたんだよ」
「みたこともないもの?」
「そうなんだよ。棒みたいなのを砂に突っ込んだら綿毛みたいに砂鉄がついてきたって、あれ、これひょっとして」
「どう考えても磁石だねそれ」
「ノボル。この世界に磁石ってあったか?」
「いや、ないはずだよ。ここに転生してくるときに、地球にある当たり前のものが無い世界って説明されたし」
テレビもネットもゲームもないって言われて、転生やめようかと思ったよ。
「俺そんな説明されなかったぞ?」
「そりゃそうだよ。兄ちゃんは直接ここに魔王軍としての儀式でよびだしたんだもの」
「そんなもんか。でもノボル。この世界にないはずの磁石があるってことは?」
「同じこと考えてたよ。多分、うちがちょっかい出してしまった人間ってのは、多分同じ転生者だね」
「そうだな。仲良くなれるといいなぁノボル!」
「本気で言ってる?」
「ん?」
この兄はなぜにこんなにも、頭だけは残念な人なんだろう。
「兄ちゃんがちょっかいかけてやられたのがその転生者なんだよ??」
「あっ……」
「どう考えても、仲良くなれるわけないでしょ。考えてよ兄ちゃん。カツアゲしに来たヤンキーが次の日ニコニコ仲良くしようぜ!って来たらどうする?」
「まず殴るな。グーで」
「でしょ。そういうことだよ。これはまずは謝罪からだね……」
これでも大事な兄だ。
尻ぬぐいでも何でもするしかないなと覚悟を決めるノボルだった。
「兄ちゃん。あと言い忘れていたけど、兄ちゃんには罰をうけてもらうよ」
「くっ。仕方ない!ノボル、この兄になんでも言ってみろ!火あぶりか?股裂きか?」
「そんな怖いことしないよ!!!いい?ヴァルって街で武闘大会がある。その優勝賞品が生卵だから、それをとってきて!」
勇者はきょとんとした表情から大笑いした。
「ん?生卵?……あははははは!!ノボルさすがにそれはないだろ!生卵が商品って、スーパーの目玉セールでもないのに」
「それがあり得る話なんだよこの世界だと。いい?この世界だと生卵の値段は、家が建つぐらいなんだよ」
「……マジか?」
「マジだよ」
「でもなんで生卵なんだよ。どうせならどこかの町から女でもさらってこいとか言われた方がなぁ」
「そんな魔王みたいなこと言うわけないでしょ!」
「いや、ノボルは魔王だろ」
「あ、違った。そんな魔王みたいなこと勇者にさせるわけないでしょ。僕もしないけどさ」
いや、魔王もするなよと自分に突っ込みを入れたくなるノボルであった。
「それにさ、日本食が食べたい……」
「ノボル……やっぱり俺たち魔族とか言われても中身は日本人だもんな」
「こうややこしい問題とか重なると故郷の食事は欲しくなるよ」
「悪かったって。よし分かった。今度はノボルからもらった指示だから大手を振っていってくるぞ!ヴァルって街って言ってたな。必ず兄ちゃんが生卵をゲットしてくるから楽しみにしておけ!」
キラキラした笑顔でいう勇者に少しばかりの不安があるが、今回はただ武闘大会に出るだけだし問題も起きないだろうと思うことにした。
優勝できなくても、まぁそれはそれでいいかなとも思えた。
こうして勇者は単身ヴァルでの武闘大会参加を胸に、魔王城を出発することになったのだ。




