第九十三話 終わりの始まり、あるいは
いつもお読みいただきありがとうございます。
気付けば第二部も最終話となりました。
カイたちと共に辿ってきた長い旅路も、ひとまずの終着点です。
どうぞ最後までお楽しみください。
広間を静寂が包む。
バルタザールはゆっくりと一同を見渡した。
「残された手順も、あと僅かじゃ」
その言葉に誰も口を開かなかった。
だが。
バルタザールは続ける。
「その前に伝えておかねばならぬことがある」
声の調子が変わった。
穏やかだった表情から笑みが消える。
「セプテントリオを停止すれば」
「お主らの世界は大きく変わる」
カイは静かに尋ねる。
「どういう意味ですか?」
答えたのはカスパールだった。
「セプテントリオは数千年に渡り、人類を守り続けてきた」
「魔力暴走の抑制」
「魔獣の活動抑制」
「生存圏の維持」
「その全てをな」
メルキオールも続ける。
「だが停止すれば、それらは失われる」
重い沈黙。
「つまり」
ユリオンが呟く。
「我々は自分たちの足で立たねばならなくなる」
「そういうことじゃ」
バルタザールは頷いた。
「これまで人類は知らず知らずのうちに守られておった」
「だが、その時代は終わる」
マックスが頭を掻く。
「でもよ」
全員が彼を見る。
「止めなきゃ人類が滅ぶんだろ?」
誰も答えない。
答えは分かり切っていた。
「だったら止めるしかねえじゃねえか」
マックスは真っ直ぐ前を見る。
「魔物が増える?」
「防衛が弱くなる?」
「上等だ」
力強い声だった。
「そんなもん、俺たち冒険者が何とかする」
広間に響く。
「そのための辺境ギルドだろ?」
カイは思わず笑みを浮かべた。
マックスらしい。
単純で。
真っ直ぐで。
だからこそ力強い。
すると。
アルトリウスが一歩前へ出た。
「無論だ」
低い声が響く。
「銀牙も全力を尽くそう」
その言葉にマックスが笑う。
「頼もしいねえ」
アルトリウスは小さく鼻を鳴らした。
「人類が滅べば、銀牙も終わりだ」
「利害が一致しただけだ」
そう言いながらも、その表情はどこか穏やかだった。
カイは仲間たちを見渡す。
誰一人として怯えていない。
ならば。
答えは決まっていた。
「やりましょう」
静かな声だった。
「セプテントリオを停止します」
三博士は静かに頷いた。
バルタザールが手を差し出す。
「制御鍵を」
カイは懐から制御鍵を取り出した。
長い旅を共にしてきた鍵。
全ての始まりだったもの。
それをバルタザールへ渡す。
老人は静かに受け取った。
「感謝する」
そして。
広間中央へ歩み寄る。
床が音もなく開く。
その中心に現れたのは、一つの鍵穴だった。
バルタザールは制御鍵を差し込む。
ゆっくりと回した。
その瞬間。
広間全体が淡い光に包まれる。
天井。
壁面。
床。
無数の文字列が流れていく。
やがて。
機械音声が響いた。
『セプテントリオ停止シーケンス開始』
誰も言葉を発しない。
『施設間連携解除確認』
『管理権限確認』
『停止処理実行』
光が徐々に弱くなっていく。
そして。
最後の音声が響いた。
『全システム停止』
静寂。
それだけだった。
何も起きない。
地面も揺れない。
爆発もしない。
空も変わらない。
ただ静かだった。
マックスが辺りを見回す。
「……終わったのか?」
誰も答えない。
数秒後。
彼は肩をすくめた。
「なんだ」
「別に何も起きねえじゃねえか」
その時だった。
ユリオンが静かに首を振る。
「いや」
全員が振り向く。
「これで我が国は丸裸になった」
低い声だった。
「今まで我々を守っていたものが消えた」
「何が起きるか」
「考えただけでも頭が痛いな」
誰も反論できなかった。
今は静かだ。
だが。
それは嵐の前の静けさかもしれない。
カイはゆっくりと前を向く。
「そうですね」
静かな声だった。
「もはや我々だけでは対処できないでしょう」
そして仲間たちを見渡す。
「行きましょう」
一同が頷く。
カイは続けた。
「中央へ」
その言葉に誰も異論を挟まなかった。
やるべきことは決まっている。
この事実を伝えること。
そして。
来たるべき脅威へ備えること。
三博士は黙って彼らを見送っていた。
その表情はどこか安堵しているようにも見えた。
長きに渡る使命。
その終わりを見届けた者の顔だった。
こうして。
数千年続いた人類防衛システム、セプテントリオは停止した。
だが。
それは終わりではない。
始まりだった。
この国の本当の試練は。
ここから始まる。
第二部完結です。
ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
当初は古代遺跡を巡る冒険として始まったこの章でしたが、書き進めるうちに想像以上に大きな物語となりました。
監視塔、観測所、精製所、中継所、貯蔵庫、管理院、そして封印区画。
一つひとつの施設を巡りながら、セプテントリオの謎、東方の三博士の正体、そして古代文明の残した真実へと辿り着くことができました。
しかし、物語の中でも語られた通り、これは終わりではありません。
セプテントリオは停止しました。
けれど、それによって人類は長らく失われていた現実と向き合うことになります。
第三部では、これまでとは少し違う物語になる予定です。
遺跡の謎を追う旅から、世界そのものと向き合う物語へ。
カイたちの新たな戦いを、引き続き見守っていただければ幸いです。
改めまして、第二部を最後までお読みいただきありがとうございました。




