第五十九話 運用計画会議
辺境伯邸を出た頃には、外はすっかり夕暮れに染まっていた。
赤く沈みかけた陽光が石畳を長く照らし、街路を行き交う人々の影を引き伸ばしている。
だが、カイの頭の中では、先ほど聞かされた内容がまだ整理され続けていた。
塔は単独設備ではない。
国家防衛網の一部。
各地に点在する遺跡群。
老朽化した連携回路。
そして――修復には、一時的な防衛機能停止が必要になる。
「……想像以上でした」
隣を歩くセリーヌが、小さく息を吐いた。
「正直、塔の件は局地的な異常だと思っていました」
「あれだけの設備だ。単独で存在している方が不自然だ」
カイは淡々と答えた。
「問題は規模だな」
「ええ」
セリーヌもすぐに頷く。
「各地の施設を調査するだけでも相当な人員が必要になります」
「しかも、防衛機能を停止する区間が発生する以上、護衛戦力も必要です」
「単純な調査任務では済みません」
カイは歩きながら整理する。
必要になるのは、
調査班。
護衛戦力。
補給線。
魔力触媒。
現地との連絡網。
そして、異常発生時の撤退基準。
どれか一つ欠けても、現場は崩れる。
「まずは情報を揃える」
カイが言った。
「各地の遺跡位置、既知の異常報告、軍の巡回記録、過去の調査履歴」
「最低でもそれが必要だ」
「辺境軍との連携も要りますね」
「ああ。修復中の空白地帯をどう埋めるかは軍側の問題になる」
そこでカイは一度言葉を切った。
「……だが、おそらく軍だけでは足りない」
セリーヌが視線を向ける。
「冒険者を使いますか?」
「使わざるを得ないだろう」
辺境全域を軍だけで防衛するには範囲が広すぎる。
しかも修復期間中は、どこで魔物の活性化が起きてもおかしくない。
機動力のある小規模部隊が必要になる。
つまり、冒険者向きだ。
「ギルドへ戻ったら、まずオスカーさんを交えて会議ですね」
「天衝のレゾナンスにも早めに話を通す」
「銀牙には?」
「現時点ではまだ早い」
カイは即答した。
「中央側の動きが見えない」
「辺境伯も、新総務局長がどこまで把握しているか断定していなかった」
「中央援軍が来るとしても、編成が分からない以上は組み込めない」
「……ですね」
セリーヌも納得したように頷いた。
下手に期待を前提にすると、運用計画そのものが崩れる。
それは避けるべきだった。
ギルドへ戻ると、受付ホールはまだ賑わっていた。
討伐帰りの冒険者たちが依頼報告を行い、受付職員が慌ただしく書類を処理している。
以前の混乱した空気とは違う。
騒がしくても、流れが整っている。
それを見て、オスカーがこちらに気づいた。
「お帰りなさい」
中年受付職員は、すぐにカイの表情を見た。
「……厄介な話でしたか?」
「かなりな」
カイは短く答えた。
「会議室を使う。主要職員を集めてくれ」
「分かりました」
オスカーは余計なことを聞かなかった。
そのまま素早く受付へ指示を飛ばしていく。
数十分後。
ギルド奥の会議室には、オスカー、セリーヌ、数名の実務担当職員が集まっていた。
カイは辺境伯から受けた内容を簡潔に共有する。
国家防衛網。
各地の遺跡。
連携回路異常。
修復計画。
説明が進むにつれ、室内の空気は静かに重くなっていった。
「……つまり」
オスカーが腕を組む。
「今後、各地で似たような異常が起きる可能性があると」
「ああ」
「しかも、修復中は危険地帯が増える」
「その認識でいい」
実務担当の一人が難しい顔をした。
「護衛依頼が急増しますね……」
「輸送依頼も増えるだろう」
カイは言う。
「軍の移動、触媒運搬、調査班の同行、避難誘導」
「今の受付処理能力では追いつかなくなる可能性が高い」
セリーヌがすぐに補足する。
「依頼分類を再編します」
「通常依頼と、防衛関連依頼を分離した方がいいかもしれません」
「緊急度ごとの色分けも必要ですね」
「やるべきだな」
カイは頷いた。
こういう時、セリーヌは話が早い。
必要な整理をすぐ理解する。
オスカーが低く唸った。
「……忙しくなりそうですな」
「これまでは辺境ギルド単体の問題だった」
カイは机上の資料へ視線を落とした。
「だが、今回は違う」
「辺境全域――いや、王国規模の運用になる」
その場の誰も、軽口を叩かなかった。
全員が理解している。
これは、塔の時のような単発異常ではない。
長期的に続く問題だ。
そして、おそらく。
一つ対処して終わる類の話でもない。
その時だった。
会議室の扉が、控えめに叩かれる。
「失礼します」
入ってきた若い受付職員が、やや緊張した様子で言った。
「中央から使者が到着しました」
室内の空気がわずかに変わる。
「使者?」
「はい。総務局からとのことです」
職員は一瞬だけ困ったような顔をした。
「……それと」
「随分と機嫌の悪そうな学者先生も一緒です」




