二章9話-贖罪
「白い髪……青い眼……!お前が……お前が《厄災の魔女》か!!」
目に涙と激しい怒りを宿した少年が、そう叫ぶ。《厄災の魔女》。それはニコがこの10年間の無意識行動の間にもたらした被害により付けられた異名であり、覚えていなくともニコ自身の最大の罪の証である。
「お前の……お前のせいで!!おれの父ちゃんと母ちゃんは!!!!」
「おいやめろ!落ち着けベン!」
「父ちゃんと母ちゃんの仇!!うわあああああ!!!!」
すかさず村の大人が止めに入ろうとするも間に合わず、ベンと呼ばれた少年は木剣を振りかぶりながらニコに襲い掛かる。ニコは、受け止めようとも身を守ろうともせず、ただ苦々しい表情を浮かべながら、目を閉じて痛みが訪れる瞬間を待つ――が、3秒、5秒、10秒待てど、痛みは訪れない。恐る恐る閉じていた目を開けば、少年の背後に回ったアレスが少年の木剣を動かないように掴んでいるのが視界に映った。
「~ッ離せよ!父ちゃんと母ちゃんの仇を取るんだ!!《魔女》は、あいつはおれが……!!」
「よすんだ。少年」
変わらず半狂乱になりながら叫ぶ少年に、アレスが聞いたことも無いほど、今までの彼からは想像も出来ない程冷静な声色で静止の言葉を掛ける。少年は少しだけ落ち着いたものの、それでもニコを睨む目つきも、その眼の奥に宿す復讐の炎も消えていない。
「……少年、冷静になれ。《厄災の魔女》は君がどうにか出来る相手ではない。それに、目の前に居る彼女は、たまたま一致する容姿の特徴を持っているだけの冒険者だ。……君が怨む相手ではないよ」
――嘘だ。事前にゲインさんがそういうことにしておいたとはいえ、その話は全くの嘘。でも、それが嘘だと気付かれてはいけない。せっかくの根回しも無駄になるし、村人達に攻撃されれば、わたしはきっとそれを受け入れてしまう。
「……っそんなはず……!」
「これ以上続けるのなら、」
言葉を発そうとした少年に、掴んだ木剣から手を放しながら被せるようにアレスが口を開く。
「こちらとしても、君の行為を見逃すことが出来なくなる。彼女は今回の依頼における重要人物だからね。邪魔をするようであれば、それは依頼遂行の妨害をしているに等しい。意図的な妨害行為は、ギルドを敵に回すことになる。それでもやめないというのなら――まずは僕が相手になろう」
冒険者ギルドも教会も無いこの村に於いて、冒険者の立場はあまり浸透していない。冒険者がどれほどの権力を持つものなのかが、村の者達にはわからない。先の言葉は、それを解った上での虚仮脅しである。実のところ、依頼中の冒険者を邪魔したところで、罰せられるわけではない。『自分自身や親しい者への害が無ければ仕事の邪魔はしてはいけない』という、人々に根付いた良識から、冒険者に対しても多くの者がそうしているだけである。
「……ッうあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それでも、と少年は木剣を振り上げ、走り出す。剣の基礎もなってない、素人とすら呼べないような動きで木剣が振るわれ――
「そこまでだ。――なんてな。ベン‶ッ‶」
と、格好つけて入って来た青年が壁となり、アレスにもニコにも当たることは無かった。
村人の家を借り、倒れた青年を運び込み、ポーションを飲ませる。外傷というほどのものは無いが、頭部に強い打撃を受けたことにより気絶してしまった青年は、安らかな寝息を立てて横たわっている。アレスとニコと眠る青年だけの沈黙が続く空間。ポーションが功を奏してか、程なくして青年の目は開かれた。
「ん――目が覚めたら、知ってる天井でした……」
「お、目覚めたようだね」
アレスのその言葉に、俯いていたニコが顔を上げる。
「あの……大丈夫、ですか?」
「ぉ――――」
青年は上体を起こし、ニコの声に反応し振り返り、そのまま硬直する。表情から言葉、呼吸まで忘れてしまったかのように数秒止まって、ようやく言葉の続きが紡がれた。
「――お、おう!そりゃもう元気満タンよ!あ~もしかして君が看病してくれた感じ?ありがとな!」
「い、いえ、わたしは何も……」
「看病したのは残念ながら僕だ。すまないね」
「お、おう……そうか……」
青年は露骨に肩を落とすも、しかし気持ちをすぐに切り替えて立ち上がる。
「あ~……まずは自己紹介でもするか?俺の名前はユウキ・イロハ!玄関を出たら知らない場所に居た引きこもりの親不孝者の18歳!この世界では姓が後だって聞いたからな!俺のことはまあ気軽にユウキって呼んでくれ!それで……君の名前は?あ、勿論隣の……看病してくれたお兄さんも教えてくれ!」
青年は、わざとらしく大袈裟なポーズを決めてユウキと名乗った。その様子に、アレスは苦笑し、ニコはぽかんとした顔をする。
「はは……もうお兄さんと言われるほど若くもないんだが……僕はアレス・ベルジュだ。よろしく」
「ぁ……わたし、は、」
アレスに続けて名乗ろうとして、ニコの声が止まる。言葉を詰まらせたのは、先程の少年の眼と、言葉。生まれて初めて、直接向けられた強い憎悪がフラッシュバックし、ニコに自身の正体を伝えることを躊躇わせる。
「……ニコ殿。こちらへ」
見かねたアレスが、ニコに手招きをする。少し身を寄せる程度で済む距離ではあるが、耳を貸すような仕草で、意思を伝える。ニコは少し戸惑うものの、その動きの意図を解し、耳を寄せる。
「ニコ殿、《厄災の魔女》の容姿は知られているが、名前は公表されていない。名乗ることについては問題ないと思うよ。それと……貴殿の姿を見てそれらしい反応が無かった辺り、彼は恐らく、アレを知らないと見える。……僕の勘違いでなければ、彼はこの村で、現状唯一まともに君と関わってくれる相手だ。僕を除いてね。……友好関係を結んでおくことで損は無いと、僕は思うよ」
必要最低限の囁き声で、少しズレつつも前向きにさせてくれる言葉をニコに贈ったアレス。いい顔をしながら元の距離に戻れば、ニコは「わたしは、」と言葉を切り出した。
「わたしの名前はニコ・ツノイア、です。今日は依頼で、隣の森に用事があって来ました。……えっ、と、何か知っていることがあれば、教えて貰えると助かります」
先程のアレスの言葉を信じ、しっかりと相手――ユウキと名乗った男を見据え、名乗る。ユウキはこちらを見つめて口を半開きにしながら、固まっていた。数秒、十数秒待ってもそのまま。沈黙に耐え兼ねたか、それとも純粋な心配か。ニコが声を掛ける。
「あの……大丈夫ですか?」
ニコの声に反応し、ユウキはハッ、と目を覚ましたかのように身体をびくりとさせ、目をぱちくりとさせて動き出す。
「――あ、ああ、悪い、何でもない。あ~それで?依頼で、って言ったか?隣の森、ってなるとアレだよな、なんかとんでもねえバケモノがいるんだよな?申し訳ねえんだけど俺はそれ以上の情報は知らねえんだ。悪い」
「……そうですか。ありがとうございます」
思ったような情報は得られず、少し残念に思う。それが表情にも出てしまったのか、ユウキがすぐさま喋り出した。
「まあ、情報はねえけど安心してくれ!俺が付いていって、ニコをサポートする。それでどうだ?」
「さぽーと……?がどういう意味かはわかりませんが……冒険者でもない方を危険な場所に連れて行くわけにはいきません。ユウキさんはここで大人しくしていてください」
ニコの言葉は至極真っ当なものだった。身の安全を考えるなら、この言葉に逆らう必要など微塵も無い。まともに考えれば、従っておくのが一番安全だというのは誰でもわかる。しかし、ユウキ・イロハはそうではなかったようだ。
「心配ご無用!こう見えても死なないように立ち回るぐらいは出来るんだ。安心してくれ!」
「そういう問題ではなく……」
ニコは呆れたように、困ったように返す。それを見て、アレスが割って入った。
「ユウキ殿、と言ったか」
「お?ああ。ユウキだが、なんだ?」
「通常、冒険者の依頼に冒険者でない者が同行することは、一部の例外を除いて禁じられている。その一部というのが現地までの竜車の御者や現地での案内者などなのだが……君、森の土地勘は?」
「無いな!」
「ではダメだ。依頼は彼女が単独でこなす。キミが同行することは出来ない」
「単独、って……一人で行かせんのかよ。こんな小さい子に」
「幼くは見えるが、彼女はこれでも20年以上は生きている。立派な大人だ。……これは顔つきの話だが、少なくとも僕には、君よりは大人に見えるね」
「ぐっ……!」
ユウキが露骨に言葉に詰まる。実際、彼の雰囲気には子供っぽいところがある。彼自身、その自覚があるのだろう。
「……アレスっつったよな。お前は行かねえのかよ」
「僕は緊急時の村の警護が今回の仕事だからね。彼女が万が一、《森の悪魔》を仕留め損なった時、と言えばわかりやすいかな?」
「……ッお前一人で、その万が一に対応できんのかよ。その万が一を起こさないために、お前がついていかないってんなら俺が代わりについていって、ニコの仕事を手伝ってやる、って言ってんだよ」
「《森の悪魔》の強さは正直、直接相対したことは無いからどれほどか、というのは知らないが……伝聞でなら何度も聞いたしギルドへの報告でも聞いたさ。村を一つ、一夜にして滅ぼした、とね。その上で断言しよう。僕は一人で、あれに勝てる」
「じゃあなんで一人で行かせんだよ!ってか、そんな危ねえ奴に、なんで連れてきてんだ!」
「これは彼女の問題だ。詳しくは話せないが……過去の罪の贖罪、と言えば伝わるかい?」
アレスは、冒険者ではないユウキを危険な地に行かせない為に、そして、ニコにより一層覚悟を決めて貰う為に、こういった物言いをしている。しかし誤算だったのは、ユウキの想いの強さだった。人当たりが良く、明るく元気なだけの態度で振る舞い、その実他者に特別な想いを抱いたことは無いアレスには、想像が出来なかったのだ。その感情が、人に与える影響の大きさは。
「贖罪、っつうなら、俺が一緒に償ってやる!何したのかは知らねえけど、誰も助けちゃくれねえってんなら、俺が助ける!具体的に何する、とかはわかんねえけど、俺が全部一緒に背負って、一緒に戦ってやる!!俺に出来ることなら、なんだってしてやる!!」
面食らったアレスの隣で、ニコはハッとした顔で、ユウキの顔を見上げながら、目を見開いていた。それは、今日まで誰にも言われなかった言葉への驚きと、そこまで言ってくれる相手への仄かな喜びと、受け入れてしまいそうな自分への嫌悪感と、受け入れてしまえば相手にも背負わせてしまうことになる罪悪感。そんな様々な感情が混じりあった中で、ニコは、自らにとって最も選ぶべきでない選択を採った。
「……アレスさん」
だめだ。その先は言ってはいけない。
「どうしたんだい?ニコ殿」
先程の言葉がもし勢いだけの嘘だったなら、自分が傷付くだけだ。
「わたしは、」
ああ、でも、信じていいのなら、咄嗟に出た虚言などでないのなら、
「この人を連れて行ってもいいと思っています」
根拠は無いけれど、そう思いたい。思ってしまう。
「……そうか。それはまた、どうして?」
ただ、自分がそう信じたいだけで、それ以上のものなんてなくて。
「わかりません……ただ、なんとなく、そうした方がいい気がして」
大層な理由なんてないのに、ただ信じたいだけで、無関係のはずの彼を巻き込もうとしてしまう自分がどうしようもなく嫌で。
「……そうか。君の判断だ。それを僕が止める権利は無い」
止めて欲しいのに、その選択を止める人はどこにもいない。
「……ありがとうございます」
そして、選んでしまったからには、止められない限りは止まるわけにはいかない。
「え、っと、ユウキ、さん?」
「お、おう。どうした?なんだ?あぁ勝手に背負うとか言って悪かったな、きっとすげえ重くて、一人で抱え込むつもりとかだったならそんな気落ちを俺は踏み躙ってしまったわけで……うわ!思い返したらなんか段々恥ずかしくなってきたし申し訳なくなってきた!」
ひとりでに慌てふためくユウキに歩み寄り、ニコは、その碧い瞳で彼の顔を見つめる。
「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」
半分は嘘だ。重荷は少し減っても、減った分以上に今度は別のもので自分を責め苦しめ続けている。
「――――」
「一緒に来てくださるのなら、出発は明日にします。……気が変わっていなければ、明け方、村の入口の方へ来てください。それでは」
軽く頭を下げ、それだけを告げて部屋の外へ出る。中で、置き去りにされたアレスと、ユウキが何か話しているようだが、内容までは聞き取れない。程なくして、アレスも部屋から出てきた。
「ニコ殿。本当に、彼を連れて行くのかい?僕としては――」
「一緒に行くかどうかは、明日の彼次第です。……来なければ、わたしは予定通り一人で行きます」
「……そうか。まあ、君がそうしたいと言うのなら、僕にそれを止める権利は無い。時間も時間だ。僕は休ませてもらうとするよ」
ニコの有無を言わせぬその返答の早さに、アレスは思わず言葉を止めてしまった。元より反論するつもりは無いのだが、アレスにとって、自分の言葉を遮られるのは初めての経験だった。その驚きを隠しながら、アレスは待機している竜車へと戻っていった。それを見届けたニコは、一人、森の中へと入っていくのだった。




