表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/310

水に流そう

ドボン!という音と共に波間は再び揺れる。当然の事ながら、小船に必死に掴まっていた魏国兵は、その跳ね返りの波を被る。散々である。それは龐徳も例外では無い。


彼は(イカリ)を降ろした跳ね返りの波飛沫だけでなく、中型船の接近した際の、(あお)り波すら受けていたから、その反動で再び水中に沈み、やっとの事で再び波面から浮き上がり、顔を出した。


想わず口から烏賊(イカ)の様に墨為らぬ鉄砲水を()く。彼にとっては最早、天中殺とさえ言えるかも知れない。


「ε- (°ㅂ°٥҂)ブゥハァ~!いったいどうなってる?」


彼は怒りすら通り越して、事の成り行きをマジマジと眺めると、"これは不味い"と思わざるを得なかった。


戦うにも、乗って来た小船は全て波間に船底を腹にして、プカプカ浮いており、連れて来た兵は全てその(フチ)に掴まっていて、戦意などすっかり失われてしまっている。


自分ですら、さすがに得物(エモノ)は掴んで離さないものの、波間にプカプカと浮いているのが関の山である。これでは、とても戦う所の話では在るまい。


すると、そこに頭の上から、猛々しい笑いが聞こえて来た。龐徳は、チラッと上目使いにそちらを見る。


彼は、実際には関羽との面識は無いので、本来ならそれが彼本人だとは特定出来なかっただろう。


けれども関羽には噂に違わぬ立派な長い(ヒゲ)があり、笑いながらその顎髯(あごひげ)をゴシゴシと(しご)いているのだから、とても判り易かったと言えよう。


丞相の諸葛亮が付けた渾名(あだな)美髯公(びぜんこう)と謂う。彼は関羽をそう呼ぶ事で敬意を表したのである。


「(*`艸´)…?おい!お前、何者だ?見掛けぬ顔だな…」


関羽は散々ぱら波を被って呆けている、将軍と(おぼ)しき男に声を掛けた。それは如何にも不様な姿に見えたに違いない。


それでも龐徳は負けていない。波間にプカプカ浮かぶだけで、未だ船の(へり)にも辿り着けないこの男が、最早ここから一発逆転を狙うには、少々心許ない。


けれども武将としての気概はまだ失ってはいなかった。


「ꉂꉂ(°ㅂ°٥҂)我は涼州の龐徳なり!関羽、目に物を見せてくれん!」


彼は気合いでそう言い切った。けれども、その言葉を聴くなり、甲板上はシーンとした静けさに包まれる。聞こえて来るのは波の揺蕩(たゆた)う音のみであった。


関羽も馬良も決して馬鹿にしている訳では無い。それは趙累も同様であった。特に彼は諜報活動を通じて、龐徳の武将としての生き様を目の当たりにして来たので、その人と成りが良く判って居たからである。


しかしながら、それでもその場から、自然と失笑が漏れてしまうのはこの場合、やむを得ない事であった。それは彼が余りにも無様だったからではなかった。


彼らは救援のため大船団を編成したというのに、龐徳が戦う気満々であり、今にも掴み掛からん程の勢いだったからである。


そんな訳で三人は甲板の上で、想わず失笑を漏らしたのであるが、龐徳はそれを侮辱と受け取った。その姿は河面で暴れ狂う茹で(ダコ)の様であった。


けれども暴れ過ぎが良くなかったらしい。彼はそれでなくても再々の水没で水は飲むし、体力も徐々に削られて行き、消耗していた。


結局このいきり立った行動で、最後の体力を使い果たす。彼は涼州という北方の辺境地で育ったためか、泳げない事は無いものの、余り水練は得意ではなかった。


そのため、元々その猪並みの溢れる体力のみで、足漕ぎを行い、水に浮く為の浮力を補っていた。そんな事は苦肉の策に他為らない。そんな訳で体力の消耗も早かったのである。


龐徳のこの全精力を使い切った自爆に依り、魏の先遣隊はあえなく降伏を表明した。彼らは全員、関羽の艦艇に収容されたのである。




関羽の艦艇では気絶している龐徳の蘇生が試みられている。関羽自らが胸骨を何度も圧してやる。龐徳の胸板の厚さが半端無いため、他の者ではウンとも寸ともいかないからであった。


何度か試された蘇生に依り、愛でたく龐徳は意識を取り戻す。彼はその瞬間口の中からピュ~っと鉄砲水を高らかに吐き出した。


そしてやおら上半身だけその反動で起き上がると、両手を後ろ手に着きながら、反射的に首を左右に振り辺りを見回す。


彼の視界に入って来たのは、両手を腰に充てながら、心配そうに見下ろす関羽・馬良・趙累であった。


彼は不意に「(゜O゜;あっしはいったい??」と素直に口をついたが、次の瞬間、豹変する。


「(°ㅂ°٥҂)うぬぅ…おのれ関羽!よくもこのあっしを…」


龐徳は前後の見境が無くなっており、その感情の赴くままに襲い掛かるべく、起き上がろうとした…が!その瞬間を捉えた関羽によってその(ひたい)を押さえられて(もが)く。


まさに虎か猪の様な男である。ところが関羽の大きな手の圧力はその力さえも凌駕する。彼はおでこを押さえられたまま、(もが)くのがやっとであり、そこから先はウンとも寸とも動かないのであった。


関羽としては、争うつもりは端から無く、この暴れん坊をやんわりと抑え込むつもりだったので、優しく手を充てた程度の事だったのだが、意外な抵抗に辟易していた。


そこで本人的にはかなり紳士的な態度で話し掛けた。


「(*`艸´)おい!やめろ!いったい誰がお前や部下達を救い上げてやったと思っている?それにお前を助けてやるために、儂が自ら介抱してやったのだぞ!礼くらい言わぬか♪」


話の筋は通っているのだが、その声はその勇名に違わず咆哮となって、龐徳に降り掛かる。彼の鼓膜はその波動でビィ~ンと激しく震える。圧力が凄すぎて、また気絶しそうである。


彼は部下の話が出た事で、その後の顛末に気を取られる。部下想いの彼に取っては大事な事だったのである。だから彼は態度を変えざるを得なかった。神妙な態度に変化したのである。


「(°ㅂ°٥҂)…そらぁスマン!感謝しておこう、が!部下をどうしたのだ?何かあったら…」


ただでは措かない!…そう言い掛けたのだが、関羽は落ち着いており、身体をずらして視界を明けてやると、やおら振り向く様に後方を指差した。


龐徳は無論、気になるから視線は自然とその指の先を追う。そしてその光景を目の当たりにした彼は愕然としてしまった。


こちらは皆、無事か…酷い目に会っていないかと気を揉んで居るのに、彼の配下達は、拘束されていないばかりか、皆で甲板の上に座り込み、温かい食事と飲み物を与えられて、嬉しそうにガツガツと頬張っていたのである。


「(°ㅂ°٥҂)なっ!何じゃ凝りゃあ…」


彼は天地がひっくり返る程の驚きを示し、どっから声を出しているのか判らないくらいの奇妙な声で叫ぶ。まるで手で鷲掴みにされた蟇蛙(ヒキガエル)の様である。


「(°ㅂ°٥҂)おいおい、凝りゃあどうなってる?何で部下達は和気あいあいと飯を食っとるんだ!」


その光景は戦いに敗れて捕虜と為ったそれでは無い。しかも敵である筈の蜀兵がニコニコ笑顔を振り撒きながら、給仕に余念が無いのだから、驚天動地の有り様である。


するとそこに頭の上から優しげな声が降り掛かる。馬良であった。


「ღ(。◝‿◜。)龐徳さん…全ては貴方の誤解なのですよ♪我々は決して貴方達を攻めて来たんじゃ在りません!その逆です♪助けに来たんですよ?」


「(°ㅂ°٥҂)助ける…だと!いったいどういう事だ?」


「ღ(。◝‿◜。)♡それは勿論、この未曾有の災害からですよ♪どうせ大した準備もしていなかったのでしょう?我々はさる御方の賢明なる御判断により被害を最低限に抑えられました。だからこそ助けに来れたのです♪」


「(°ㅂ°٥҂)しかし我々は敵同士なのだぞ?敵の弱味を突くのが、この乱世の掟!お前ら少し頭が可笑しいのと違うか?」


龐徳は未だ信じ難いと馬良の物言いに異議を唱えた。すると馬良は然して気にする様子も見せずにこう付け加えた。


「ღ(。◝‿◜。)信じられないかも知れませんが、それが我々の新たな御主君の御判断なのですよ♪困った時はお互い様♡災難に敵も味方も無い!それが我々に示された方針なのです!無論、我々もそれに賛同しております…」


馬良の言葉は何か納得のいくものを龐徳に感じさせた様である。この男の言葉が真実であれば、目の前に繰り広げられているこの温みのある、ほのぼのとした雰囲気も理解が出来るというものだ。


「うぬ…((((°ㅂ°٥҂)(にわか)には信じられぬが、それが本当ならあっしのした事は非礼に当たるのだろう…この龐徳、潔くお詫び致す…この通りだ!」


彼はそのまま深々と頭を下げた。さすがは道理を(わきま)えた男である。そしてその胆も据わっていた。二人も会釈でそれに応える。そして関羽は溜め息混じりに馬良に振り向き宣った。


「ꉂꉂ(`艸´*)さすがは軍師殿じゃ♪この儂よりも口が立つ!…おっと!軍師殿、これは良い意味ですぞ!褒めているのです♪」


関羽は誤解を与えると想い、慌てて補足に及ぶ。


「ღ(。◝‿◜。)✧判っていますよ、総督♡貴方の言葉には最早、(トゲ)が無い事くらいね!これもあの御方のお陰ですな…」


馬良は嬉しそうにそう応えた。


龐徳はポカンとしながら、その話しを聞いていたが、関羽が自分と同じ武辺者ゆえ、言葉足らずで、しどろもどろしている所を見て、好感を感じていた。


恐らくこの男と本気で戦えば、喩え死を賭して立ち向かったとしても、敵わないに違いない。


彼は先程、おでこを押さえられた手に抗えずに居た事を想い出して、些細な誤解から事に及ばなくて済んだ結果にホッとしていた。


「(҂٥°ㅂ°)⁾⁾ 部下への待遇にも感謝したい。有り難う!」


龐徳は一転、心からの謝意を述べた


「なぁに…(*`艸´)✧御主らを救うために、大勢の収容が可能な編成を組んだのだ!食料や薬品も積んで来たから、十分に行き渡るだろう…」


「…御主も安心してたらふく食って行くと良い!この際だから、降伏とか捕虜とかそう言う考えは捨てよ!まあ…これも、あの御方の受け売りだがな♪」


関羽はそう言うと、手を貸してやり龐徳を立たせてやった。龐徳は改めて拝礼すると、不意に気がついた様に二人に向かって問い質した。


「(҂٥°ㅂ°)✧先程から気になっていたのだが、貴方達が口にする"あの御方"とはいったい誰の事なのです?」


彼が疑問に想うのも無理はなかった。敵である相手に委細構わず施しを与える。そんな人物が果たして本当に存在するのであれば、万民に取ってはこれ以上の祝福は無い。但し、長い目で見ればの話しである。


可哀想な事だが、その人の存在は早晩、敵対国の君主にとっては、脅威となるに違いない。そうなれば一斉に皆の注目は嫌が追うにもその人物に集まる事に成る。何故(なにゆえ)か?


そんな慈愛に満ちた君主の出現は、兵や民の心を惹き付ける。今、体制を担う者に取っては、これ以上恐しい者は無く、かつ邪魔な者も居ないからである。


必ず脅威となる前に取り除こうとするに違いないのだ。だからこそ、その出現が喜ばしい事ではあるにしても、悲惨な末路を辿るのでは無いかと、龐徳は懸念を抱いたのである。


関羽は「ꉂꉂ(`艸´*)まだその時では無い!」とだけ答えた。馬良は「フフフッ…(((ღ(。◝‿◜。)いずれ判る時が来ます!」そう答えるに止めた。


趙累は相変わらず、無言を貫く。彼には口憚(くちはばか)らず、その事を口にする事は出来ないのだった。(。´-д-)…そして彼の仕事は観察し、分析し、助言を与える事にある。


間諜が彼の仕事だからであるが、彼はこの時も自分の本分を守って、決して出しゃばる事は無かったのであった。


龐徳は、二人の返答を聞いて、「そうですな、機会が在れば今後の愉しみと致しましょう(°ㅂ°٥҂)♪」とだけ答えた。彼は自分の不用意な発言に対してとても恥じていたのである。


元々答えなど教えてくれる筈も無いが、万が一知ってしまった場合、自分自身がその稀有(けう)な人物の、命を危険に(さら)す存在に成り兼ねないと悟ったからであった。


そしてそれがまさか、自分に初めに声を掛けて、怒らせたあの子供(ガキ)(´°ᗜ°)✧だとはさすがに想いも寄らないのだった。龐徳はこの時、彼らの事をとても羨ましく感じていた。


皆が心酔し、守りたいと想う人が居る。そしてその人物は、皆に人の道を説き、けして(おもね)るのではなく、堂々と意見を持ち、自分の意志で判断し、行動させる事が出来るのである。


自分もそんな眼鏡に叶う人物の許で仕えてみたかった。彼はいみじくもそう感じていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ