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⑩治癒



 ヘビーボアの肉を燻製にした日から、二週間が過ぎた。出来は上々で、口にした事が無かったドルチェもとても喜んで食べたが、元々あまり肉は口にしない方だったようで、(もっぱ)らシルヴィ達とカズンが消費した。


 そんなベーコンや燻製フランクフルトのお陰で、廃兵院の食卓は賑やかになったのだが、それよりも廃兵院の様相が様変わりした最大の要因は、やはり手足を失ったシルヴィ達が義体化を経て、自由に動き回れるようになったせいだろう。



 【……ホント、夢みたい……】


 身体の治療(と言っても部分義体化だが)を施された最後のシルヴィ……アマンダが陽の当たる中庭の椅子に腰掛けながら、手をスッと伸ばして指先の動きに見惚れている。


 部分義体は省電力仕様の駆動モーターを、体内に埋め込んだ血液循環充電噐(血管に発電モーター付きのカテーテルを入れる)からバッテリーに蓄電して賄っている。その為、出力的には全身義体の俺と比べれば雲泥の差が有るが、義体化しなければ靴下すら一人で脱げなかったのだ。


 【本当に……こんな日が来るなんて、想像も出来ませんでした】


 アマンダはそう言うと自らの頬に手を当てて、愛おしそうに撫でながら自らの肌の感触を確かめる。


 アマンダの火傷は一際酷く、首から耳元まで松の皮のように黒く固まり、少しでも動かすと破れて血が滲む有り様だった。


 しかし、義体化に伴い培養皮膚移植と表皮再生手術を受け、見違える程に快癒したアマンダは、何処から見ても美しく、清楚で気品のある……


 「アマンダぁ~!! ご飯だよ~っ!!」


 【は~い! 今すぐ行きま~すぅ♪】


 ……典型的なシルヴィだが、やっぱり花より団子、飯より善きはなかりにけり……って所だな。カズンの呼び声と、厨房から漂う旨そうな《ヘビーボアベーコンのこってりカルボナーラパスタ》の匂いで、さっきまでの落ち着いた雰囲気はどっかに吹き飛んで、嬉しそうにスキップしながら食堂へ向かって行った。



 「じゃあ、これはそっち……で、これはアマンダ。よろしくね?」


 「……バフッ!!」


 白い生地の柔らかな服を緩やかに(ひるがえ)し、ドルチェが皿に盛り付けたパスタをリュウの頭に載せる。彼等はいつも通り器用にバランスを取りながらスタスタと歩き、指示されたシルヴィの傍らに立ち止まると袖を()み、鼻を鳴らして皿を取るよう促す。


 【……みんな、揃った?】

 【うん! 凄く美味しそうよね!】


 テーブルに着いた五人のシルヴィと、カズンとドルチェの各々に配られた皿が置かれ、盛り付けられたパスタから食欲をそそる良い匂いにうっとりする様を見つつ、俺は食堂から廊下に出た。


 そのまま賑やかな食事の喧騒に背中を向けながら、重篤(じゅうとく)患者のシルヴィの部屋に足を踏み入れる。


 「……お邪魔するよ」


 返事のないまま部屋へと入る。中には二つのベッドが部屋の壁際に置かれ、窓の方に足を向けて横たわる二人のシルヴィが居た。


 二人とも、生きてはいる。しかし、その目に光が射し込んでも反応は無い。怪我の症状は治せない、いや義体化出来ない範囲では無いが、それを施す事を彼女達に尋ねても返事を聞く方法が無い。二人とも、喋る事も身体を動かす事も出来なかった。



 俺はベッドの間に椅子を置き、腰掛ける。ぎしっ、と軋みはするが微妙なバランスを保ちながら持ちこたえ、華奢に見える椅子の巧みな仕上げに感心させられる。何処の世界にも、匠の技ってのは有るもんだ。


 (……でも、どれだけ技術があろうと……人間の頭の中身まで完全に治せやしない)


 身動き一つしない二人のシルヴィの間に座り、暫く考える。


 彼女達の身体を、動かせるようには出来る。地下要塞の技官達はどれ程微弱だろうと必ず脳波を手繰り寄せ、失われた手足の神経と繋ぎ直して復活させられる、と言うのだが、



 ……この二人の意識は、果たしてそれを望むのか。いや、そもそも二人の意識を()()()()させて意図を汲み取れたとしても、その思考は本当に彼女達が伝えたい事と、一致しているのか? ……途中で介在する脳波増強器(ブースター)は彼女達の意識と寸分の狂いも無い感情表現に至るのか。


 (全身義体の俺は、便利がって副電脳を使っているが、本当に自分の意思で行動や思考を促しているのだろうか。もしかして知らん内に副電脳に上手く使われていや、しないか)


 疑い出せばキリがない。俺の場合は自分が自分だとハッキリ意識していられるから、まだいい。だが、二人のシルヴィは()()()()()()()()()()()()()()が、無い。もし、彼女達が大脳にまで手が及ぶ義体化手術を受けたとして、新しく生まれ変わった二人が以前と同じだと保証出来る者は、何処にも居ないのだ。



 ……この、二人のシルヴィもいずれ義体化を施され、食堂に集う五人と同じように治療される。きっと二人とも見違えるような姿と表情で、再び動けるようになれた事を感謝するかもしれない。


 しかし、それを二人が最初から望んでいたのか、そして義体化されてまで治療されたかったのかを、今すぐ確かめる方法は無い。



 ただ、義体化を施されたシルヴィは、どうやら魔導とか言う身体強化や【飛竜種】へと姿を変える事が、出来るらしい。


 そして、俺の副電脳は軍略に沿って四肢欠損したシルヴィ達を治癒させれば、新たな戦力になると判断し、俺はそれに従った。



 ……間違ってはいないだろう。だが、その結果が彼女達の本当に望んだ結末と同じになるのか。いや、もしならなかったら……



 ……彼女達は、最期の時に俺を恨まないだろうか。まあ、恨まれたとしても、当然の事をしたんだから、仕方ない。





 

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