⑨小さな一歩
大きなヘビーボアを解体し、丸一日掛けて枝肉とフランクフルトに加工した。残った骨はフォンドボー(牛骨等を使った西洋ダシ)の元にするつもりで備蓄し、皮は地下要塞に持ち帰って鞣し加工してもらおうか。出来るか知らんが。
……再三言っておくが、基本的に俺は料理が得意じゃない。副電脳を使ってファイル内のデータを利用しているだけ。腸詰めだって初挑戦だったし、イノシシの解体なんてやり方は知らない。
だから、ヘビーボアの肉をどう活用するかなんて……思い付きもしないんだが、自分で動かなければ何も起きない時もある。
……そして今回が、その時のようだ。
「キクチさん、この野菜は何処から……?」
「……ん? ああ、市場で物々交換で手に入れてきたんだ」
ドルチェが食堂のテーブルに置かれたカゴ一杯の野菜を眺め、手に取って鮮度を確かめてから、
「……ひょっとすると、ヘビーボアの頭ですか?」
直ぐに閃いたらしく、自らの手を合わせてから尋ねてくる。
「ああ、立派な頭だったからな。これみよがしに置いておいたら直ぐに話が纏まったんだ」
何でもヘビーボア自体はさほど珍しい訳ではないが、狩人の手で市場に時折持ち込まれる食材の一つらしい。しかしあれだけ大きな頭となると……希少価値も高いそうだ。
俺は市場に到着すると端に荷車を置いて空のカゴと、その傍らにヘビーボアの巨大な頭を載せて暫く待っていた。すると何度か「これは幾らか」と尋ねられて、
「こちらは野菜が欲しい。このカゴ一杯に様々な野菜を入れてくれれば交換してもいい」
そうして何人かに、少し分の悪い取り引きを持ち掛けてみた。すると野菜の屋台を駆け巡ってカゴ一杯にした男が、
「はあ、はぁ……こ、これだけあればいいか?」
と息を切らしながらやって来て、荷車の上に載せた。
「……葉物は香りも有るし、日保ちしそうな果物や根菜も入っているな。悪くない、譲ろう」
俺が鬼人種女の格好に化けて行ったせいか、男はやたらと恐々ながら、決して悪くない交換条件に相手の気が変わらぬ内にと言わん勢いで頭を持って行った。その結果が、山のように積まれた野菜になったという訳だ。
「まあ、ヘビーボアの頭は皮も肉もそれなりに付いてますが、薬の材料になりますからね」
ドルチェの話によると、大きなヘビーボアの頭は、牙や頭蓋骨も挽いて粉にして利用されるそうだ。
「……鎮痛薬として、高値で取り引きされるそうです。もし廃兵院で使えたら……って、前なら思ったでしょうが、今は事情が変わってきましたから」
……俺を通じて少しづつだが、鎮痛剤や睡眠薬が廃兵院に届けられるようになり、以前は重苦しい雰囲気のあった此処も、僅かづつだが変わってきた気がする。病は気からとは言うが、痛みに耐える呻きや、眠りを妨げられて魘される声がしないだけで、随分と違うものだ。
「それにしても、ヘビーボアの肉は塩漬け等にするのでしょうが……他はどうするのですか?」
「そうだな……ひとまず燻製にしてみようと思っているんだが、薪は集まるか」
俺の提案にドルチェは不思議そうな表情になる。
「……くん……せい、ですか?」
……えっ? し、知らんの!?
俺の沈黙にあたふたしながら、ドルチェが何時に無く慌てた調子で、
「あっ、あの……煙で食べ物を保存する方法は……北の地方では一般的ですが、この辺りでは塩漬けした後に天日干ししますので、あまり馴染みが無いんです」
いつも聡明な彼女にそう付け加えられると納得出来るが……まあ、確かに現代じゃ燻製なんて娯楽か、珍味の類いで一般的な加工法とは言えないか。それが地域によって違うとまで言われれば、確かに不思議じゃない。
「そうか、そりゃあ悪かったな。それじゃ、廃兵院の敷地だと煙突のある厨房で加工するか」
事情を理解した俺は、準備の為にナイフの先で穴を開けた皮付きの塩漬けバラ肉を砂糖(塩と同程度に流通していて貴重品で無い)を混ぜた薄めの酒に浸し、味付けと塩抜きの時間を空ける間に地下要塞へ一旦戻った。
「……鞣し、ですか……うーん、ちょっと無理ですね」
いつも無理難題を押し付けてしまっている、補佐技官の新庄君にヘビーボアの皮を見せると、困り顔になりながら説明してくれる。
何でも、防衛軍の革靴や銃のホルスターも革製の物は殆ど無く、合成皮革や樹脂製が一般的なのだとか。天然素材に拘る必要も無く、そのせいで地下要塞には鞣しに用いられるタンニング用の漆の類いは無いそうだ。
「まあ、そんなに立派な皮だったら、現地の住民に売却した方が良いと思いますよ」
「ふむ……そうしようか」
義体の充電をしている間に、生体パーツを維持する箇所の簡易メンテナンスや、時間の掛からない部品交換等を手早く行う新庄君。レースのピットイン作業みたいだな、まるで。
「そうそう、二人目のシルヴィさん、そろそろ来るみたいですね」
新庄君はそう言うと、いつの間に撮ったのかマルカートと肩を並べたフォトシートを俺に見せつつ、
「……シルヴィさんって、みんな強いですよね。芯が強いから、なんでしょうか……」
そう言いながらフォトシートをパタンと閉め、充電その他、終了ですと知らせてくれた。
廃兵院に戻る途中、ヘビーボアの皮を市場の皮加工屋に持ち込み、買い取りして欲しいと言ってみた。
「ああ、ヘビーボアね……ほお、こりゃデカい。何処の主だったのかは知らんが、随分と立派だね」
主人はそう言いながら皮を調べ、狩りで付いた傷も少ない良い皮だ、と褒めながら袋に積めた銀貨を俺に差し出した。
……これ、高いのか安いのか判らんな。




