③手負いのマルカート
ここは地下要塞の施設の中でも【重隔離区画】と呼ばれ、他の区画と隔てられている場所。
「……それではこれから包帯を取ります、とお伝えください」
【……判りました。包帯を取りますが、心配無いですよ。すぐに楽になりますから……】
その場所に特設された仮設医務室で、負傷者の治療を進めていた医務官が通訳係のエニグマを介して説明し、慎重な手付きで包帯を除去し始める。
搬送されたマルカートと言う名前のシルヴィは、到着すると直ぐに集中治療室に入り、焼け爛れた皮膚の切除と健康な細胞の採取、そして機能しなくなっていた四肢の義体化と……その細く痩せた身体を切り刻まれながら、一夜を明かした。
その手術は二日間に渡り、一時は危険な状況に陥る場面も有るには有ったが、適切な治療と手厚い看護を経て、無事に集中治療室を出る事が出来た。
そして麻酔の解けたマルカートの身体から、感染防止用フィルムと共に培養細胞の上を覆っていた包帯が、少しづつ外されていく。
【……ほら、もう大丈夫。眼を開けてみて……】
エニグマの言葉に、髪の無くなった頭をゆっくりと振りながら、少しづつ眼を開き、
「……、……ッ!!」
やがて感極まったように言葉を詰まらせながら、大きく見開いた眼から涙を流した。
【……あ、ああ……眼が見える……】
どれだけの間、見えなかったのかは判らないが、再び光を感じ眩しそうに眼を細めながら呟いた。但し、焦げて白濁した眼球全てを手術で摘出後、新しい人造眼球へと変わっていたのだが、それをマルカートは知る術も無かった。
【眼、見えるようになったんですね? それは良かったです! それで……両手は動かせますか?】
再び通訳として質問するエニグマの声に、一瞬戸惑いながら自らの手を注視するマルカートだったが、次第に我が身の変化を感じ取り、ギュッと握り締めた両拳をゆっくりと開き、
【……う、嘘……動く? ……でも、これは……】
我が眼に映る自らの手が、肘から先が無機質な義手に交換されている事に気付く。しかし、元の生身の両腕と全く同じように動く義手を、自らの顔にそっと押し当てながら……
【……っ!? ど、どうして……ちゃんと触ってるように感じる……】
本物の指先のように弾力のある頬の感触が判り、何度も何度も指先で触り続けていた。
【……ええっと……≪指先の触り心地は変わり無いですか?≫】
エニグマが、通訳としての言葉を口にすると、ハッと我に返ったマルカートは、
【……はい、前と変わりは無いです……ただ、どうやって、こんな事が出来るのか……判らなくて……】
それだけ言い終えると、回りの様子が気になったのか首を巡らせて周囲を見回した。
【……やっと、眠ったみたいです】
エニグマが見守る中、マルカートが静かに寝息を立てている。二人の傍でモニターに表示されるバイオグラフの動きに注視していた担当の医務官が、
「フム、混乱していたのも落ち着いたみたいだね。ま、仕方ないだろうな……寝ている間に見た事もない場所に連れ込まれて、気付いたら身体の半分を機械にされたのだから……」
そう言ってからエニグマの肩を掌で軽くポンと叩き、
「君も、部屋に戻って構わないよ。彼女も暫く眼を覚まさないだろうしね」
後は任せて大丈夫だから、と続けながら点滴のチューブをマルカートの手首に固定した。
【判りました。では、また何か有ったらお知らせください】
そう言いながらエニグマは立ち上がり、医務官に向かって丁重にお辞儀をすると扉を開けて、部屋を後にした。
「……ああ、そうか。いや、成功するってのは判ってたんだが……な」
俺は無線で波瑠の報告を聞き、期待通りの結果に無感動のまま答える。
……本心では、手負いのシルヴィを幾ら助けても戦況に変化は無いと理解している。だが、俺は……いや、俺の軍事用副電脳は、嫌味ったらしい程に冷徹だ。
《 現地人を効果的に活用する為の人心掌握法 》
そう名付けられた知識領域には、未成年を含む住民に対し様々な手段を用いて、自分側に引き込む思考誘導法が詰め込まれている。金、恩、対価と引き換え等……。
(……つまり、こうした偽善行為を繰り返していけば……身を挺してでも戦ってくれる味方になる……って訳か?)
俺の提案はすんなり通り、地下要塞で治療を受けたシルヴィは無事に手術を終えた。しかし、その提案が俺自身のものなのか、それとも副電脳が……兵隊としての最善策を、知らない内に選ばせたのか。その区別が俺には、判らなかった。
「……なあ、波瑠……」
【……何?】
俺は自分の正直な気持ちを、波瑠に伝えた。偵察に役立てる為の人助けだとしても、それは純真な動機と対等なのか、と。
【ねえ、義兄さん……私達、医療従事者って……何故その仕事を選ぶと思う?】
質問に質問で返すのは反則だけど、と前置きしてから波瑠の声が無線に乗る。
【……私はね、姉さんの治療を手助けしたくて……だったの】
……知らなかった。いや、死んだ亜紀の治療って事は……彼女が不妊症だと知ってからって意味だ。そうなると、波瑠が学生時代に俺と亜紀が付き合い始め、直後に不妊症だと亜紀に告白された頃から……?
【結局、姉さんは治療を続けながら義兄さんと結婚したわ。でね……私、姉さんが結婚してから、代理母になろうか、って言った事があったの】
波瑠の声が、俺の心に突き刺さる。
【……姉さんは、その必要はない、って断ったわ。勿論、私は姉さんの役に少しでも立ちたかったから……その気持ちは、本物だったけど……】
波瑠の声が、俺の心を突き破る。
【私は、姉さんを助けたかった。それが動機だったわ。でも、姉さんはもう……居ない。でも、私は医師を続けてる。それが……答え、って所かしら】
「……そうか」
【……そうよ?】
やや怒気を孕んだ波瑠の声が、短く返る。
【……ねえ、義兄さん。今はマルカートさんの回復を喜びましょう】
波瑠の言葉は、さっきよりは少し柔らかかった。
「……そうだな。すまん、らしくない事を聞いてしまって」
【……いいの。そんな所が、直也さんらしいから……】
最後にそう言い交わし、無線を切った。




