②患うカズン
廃兵院に戻ると、誰も起きていず眠ったままだった。まあ、こちらの世界では無駄に夜更かしする習慣も無いようだし、静かに部屋へ戻る……
「……バフッ!」
……つもりだったが、リュウの一頭に捕まった。廊下で出会ったコイツは俺の身体に頭を寄せてから、撫でろと言わんばかりにガシガシと擦り付けてくる。
「判った、判ったよ……こうすりゃいいのか?」
イヌそっくりな見た目だから、頭の後ろや首の辺りの毛皮をやや乱暴気味に撫でてやると、眼を細めながら鼻を慣らし、もっとだと言わん体で壁際まで俺を押しまくる。コイツ、力が凄くないか? 俺の体重で軽々と遊ばれてる気がするんだが……。
「バフッ! バフッ!!」
「うおっ!? まだかよ!!」
一度火が着いたら止まらない性分か!? 圧迫感がハンパないんだが……ただ、やっぱりコイツにとっては、遊びの延長程度なのだろう。
そうこうして暫く遊んでやると、漸く飽きてくれたらしくプイと頭を振って、廊下の先に見える明かりの点いている部屋に向かって歩き出す。
……散々ヒトを付き合わせて遊んでおいて、気が変わったからって唐突に冷たいしやがって……相当な小悪魔だな。
つまらん事を考える俺を放置し、さっさと先に進むリュウ。俺も明かりの下で誰が何をしているのか気になり、そいつの後ろを付いていくと……
「……あら、ギュイネス。どうかしました?」
ドルチェがまだ起きていたようだ。って、このリュウ……ギュイネスって言うのかよ。舌を噛みそうな名前だな? ただ、頭の中の解読機能は丁重にそう聞いてるが、俺には【ギネス】にしか聞こえん。
と、オマケに大事な事も思い出した!!
(……あ、そう言えば俺、服着てなかったぞ……)
深夜とは言えど、流石に何か身に付けてないとヤバかろう。慌てて俺は廊下を戻り、自分とカズンに宛がわれた部屋に飛び込むと、
(……起きないよな……ま、そりゃそうか)
……安らかに眠るカズンを確認し、少しホッとする。一瞬だけ昼間も寝ていたから起きているかと思ったが、いつもと変わった様子は無い。早く元気になってくれるなら、今は寝かせておこう。
そう割り切って適当に服を羽織り、廊下に出るとドルチェの部屋に向かって歩いて行った。
「まだ、起きていたのかい」
自分でも白々しいと思いながら、たまたま気付いた風に開いていた扉の向こうを覗き込むと、
「……ええ、少しだけ片付けるつもりでしたので、お気になさらず」
部屋の入り口とドルチェの間に置かれた机の上には、山のように積み重なった書類の束。それらを整理か何かしていたのだろう。やや疲れ気味の声で彼女が答えるが……簡単に終わる量には見えんぞ。
「よかったら、何か手伝おう……ってぇ?」
一歩部屋の中に踏み込んだ瞬間、足元をサッと掠めるように動いたリュウに気を取られ、廊下に戻りかける。
「こら! ギュイネス……悪戯はダメよ?」
ドルチェがたしなめると、ギュイネ……あー、ギネスはシュンとしながら彼女の足元に移動し、足を揃えてしゃがみ込むと大人しくなる。
「いや、俺も悪かったから叱らないでくれ」
取り繕おうとして俺が切り出すと、ドルチェは判っていますよ、と言いながらギネスの頭を撫でてやる。そんなやり取りを眺めながら机の横に椅子を付けて座り、
「さて、何処から手伝おうか」
「お気遣い頂かなくても、一人で終わりますが……」
慣例でそう言うドルチェだが、俺は気にせず書類の束を掴み、彼女の手伝いを始めた。
「……これで、最後です」
「よし、終わったな……」
ドルチェは俺が書類を束ねる紐を開けられた穴に通して結び終えると、軽く背筋を伸ばしながら、
「ふう……ありがとう御座いました。少しづつでも続けていれば、遅くまで時間は掛からないんですが……」
そう言って書類を引き出しの中に入れて、にこりと笑った。そして、神妙な顔付きになりながら、気になっていたのか小声で、
「……それと、一番深手を負っていたマルカートを治療すると言われましたが……本当に出来るんですか?」
そう思うのも無理は無い。火傷は深く、かなりの面積がケロイドになっていたし、たぶんだが……眼も見えない状態だったろう。しかし、それは問題無い筈だ。
(……シルヴィのIPS細胞ですか? 基本は我々と変わらないアミノ酸塩基配列ですから、ベースの細胞さえ確保出来れば、直ぐに培養して移植出来ますよ)
俺の質問に、地下要塞の医務官は事も無げに答えたっけ。そして、無線越しでも判るのんびりとした口調で返答した彼は、
(ただ、全身義体化となると……たぶん無理でしょう。部分的に義体に置き換えるのが限界だと思われます)
そう結論を出した後、出来るだけ速やかに搬送の手配をしてください、と締め括った。きっと今頃は手術で忙しく働いているとは思うが……彼の奮闘を祈るのみだ。
「ま、心配は要らないよ。前と変わらぬ姿……までは保証しないが、きっと快癒するさ」
「そうですか……なら、良いのですが……」
ドルチェはそう言うと、見回りしてきますと俺に告げてから、
「……本当に、ありがとうございます。このご恩はいずれ……」
礼の言葉と共に、部屋を出ていった。




