⑨街外れの二人
この世界に於いて、男は消耗品である。女は魔導を使いこなし、魔導具を生成出来るが、男にはその能力は無い。しかし、力や数で勝る男の方が、一方的な社会的主導権を占有しようと我欲を剥き出しにする傾向が強かった。結果的に女達が様々なモノを生み出し、男達が消費する社会が形成されている。
支配階級を【竜帝】と眷族の【シルヴィの騎士】に占有されている環境で、彼等は常に搾取される側に居続けていた。
「……あいつら、見ない顔だな」
壁に背中を預けながら道行く人の流れに目を向けていた男が、連れに呟いた。
「……ああ、一人はシルヴィだが黒髪か……もう一人は……鬼人種か?」
連れの男も同意しつつ、出来るだけ怪しまれぬように直視しない体で観察し、大きな方の人影に目星を付ける。
この世界に於いて、鬼人種は決して珍しい存在ではない。しかし、一般的な普人種と見た目に相違は有れど、基本は同じ。男女の性差があり、子を産んで増える点は普人種となんら変わりない。
但し、鬼人種の女性は珍しい事には間違いないが、普人種の女性との違いは若干の体格差程度しかない。鬼人種の男性が優れた膂力と卓越した戦闘能力を有するのに対し、体格以外は自分達と大差無いのだ。
「……シルヴィの方は、荷物も沢山持っているな」
「少し様子を見るか」
大柄な女に警戒心を持ちつつ、二人はシルヴィの方に興味を持ち、少し離れながら尾行を始めた。二人がどのような意図を持って尾けているのかは……直ぐに判る。
前方を歩くシルヴィの女性はフラフラと屋台や店先を覗いては後ろの女性と短く言葉を交わし、後ろの女性の方はシルヴィの背後を無言で歩き、自主的な行動はしていない。主従関係なのか、詳細は不明だが……とにかく二人が行動を共にしているのは間違いない。
行動から幾つかの結論を導き出した二人は、一向に金を出す素振りを見せない女性達に若干落胆しつつ、しかし引き続き尾行を続けていく。
(……金は無いのか、使えないのか、どちらだろう)
(判らん。だが、あの荷物……行商絡みなら納得出来るぞ)
二人の前で結局、二人連れの女達は金を使う事は無かった。しかし、シルヴィの方はたまに荷物から小さな何かを取り出しては、口に運ぶ仕草が垣間見える。どうやら【魔導使用者特有の枯渇症】が常に起きているようだ。
つまり……シルヴィは【魔導使い】だ。どちらにしても珍しくは無いが、雇い主の居ない【魔導使い】など、そう多くはない。新しい雇い主を探しているのか、或いは……何かで喪ったのか。
ならば、少しだけ手助けをしてやれば、何か旨味があるかもしれない。それに……【魔導使い】とはいえ、無闇に街中で【魔導】を使って騒ぎを起こせば、街中の人間が黙って見過ごす事はない。支配階級に突き出せば、野良の【魔導使い】は即座に捕縛され、管理下に置かれるのが定例なのだ。
そうした目論みの元、二人はシルヴィと鬼人種の女を尾行し、気付けば夕方に差し掛かっていた。
街の中をぶらつきながら歩く二人連れは、次第に暮れていく陽の光を気にする様子もなく、夕闇に翳り始める時間になって、突如街の中心部から離れた界隈に向かって進み始めた。
(……気付かれたか?)
前を行く二人からやや離れて歩く男達だったが、互いにそう思いながら曲がり角で立ち止まり、用心深く女達を目で追うと、人気の無い廃屋の入り口から中に進む後ろ姿が見えた。
尾行を気取られたのか暫く様子見をしていたが、どうやら夜を過ごす屋根を探して、この廃屋を選んだように思える。
二人は、この界隈に行き交う人の姿が無い事を知っていた。そして……同時に、二人連れのシルヴィの方は黒髪だった事を思い出し、顔を見合わせた。
シルヴィの黒髪は、性的に成熟した兆候だ。
その意味が楔のように突き刺さり、思考を短絡化させていく。
長い髪。括れた腰と、やや膨らんだ臀部。そして細く華奢な肩幅に似合わぬ胸元と、引き締まった腹部。その全てが今までずっと、二人の目の前を動き回っていたのだ。服に隠されていたとは言えど、脳裡で容易に想像出来るまで熟成され、容易く思い浮かべられる程に劣情が思考を支配する。
……そう。相手はシルヴィと、何も持っていない女だけ。片方は鬼人種の女とはいえ、武器らしい物は何も持っていないのだ。夜を待って寝込みを襲えば、捕縛するのも容易かろう。厄介な鬼人種の女さえ取り押さえられれば……残るはシルヴィだけなのだ。
昼過ぎから何も口にせず、ただ尾行してきただけの男達だったが、突如湧き上がってきた妄想を実現化させようと決意した瞬間、行動は淀み無く的確になる。
反対側の廃屋に侵入し、出来るだけ破け難そうな布地を見つけて引き裂き、帯状にする。それを顔と口元に巻き付けて即席の覆面にすると、残った布地で捕縛用の紐に使う為、乱雑に結わいながら纏めて腰のベルトに押し込んだ。
徒手では心許なかったので、壊れた椅子やテーブルの脚を慎重に外し、手製の棍棒代わりに掴みながら再び向かいの廃屋に近付く。入り口に積もったホコリの足跡を見ると、どうやらシルヴィ達は踏み込んだままのようだ。
足音を忍ばせながら、一歩一歩、廃屋の中を進んで行く。廃屋は内装の壁が崩れ、がらんとしていて、突き当たりの扉が外れた出口まで、身を隠す場所も見当たらない。
うっすらと月明かりで照らされた中庭が見える出口まで、二人は静かに歩く。平屋の廃屋は、向こうまで辿り着けば幾つかの部屋がありそうだが、逆に逃げ道は限られている。
そう思いながら中庭まで辿り着いた二人は、少し歩みを早めようと踏み出そうとしたのだが……その時、気がついた。
中庭の真ん中に鬼人種の女が、二人の行く手を遮るように立っていたのだ。




