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⑩哀れな山羊達



 (……気付かれていたのか?)


 二人は闇の中、月明かりでうっすらと照らされた中庭で鬼人種の女と対峙した。だが、相手は独り。手には何も持っていない。


 それに……二人の男達は、こうした襲撃に慣れていた。いや、正確には襲撃だけではなく、追い剥ぎを生業としてきたのだ。しかし、流石に鬼人種の女と渡り合った事は皆無だったが、所詮は徒手の女。軽く何回か殴り付ければ降参するだろう。


 シルヴィの方は抵抗する際に、魔導を使ってくる可能性はある。だが、魔導は諸刃の剣。至近距離で火や風の技を用いれば、自分も無事で済む事はない。非力な身を補う技としては、室内で使うのは自殺行為に等しいのだ。


 ……よし。先ずはコイツを静かにさせよう。


 用心深く左右に展開した二人は、互いに目配せしながら位置を調整し、不動のままの女を中心に据えた後、握り締めていた棍棒を、強く握り直した。


 と、月を隠していた雲が薄くなり、少しだけ月光が強く差した瞬間。


 声を出さぬまま、右側に展開した方の男が棍棒を振り上げ、女の肩めがけて振り下ろした。直ぐに追従するように左側の男も駆け寄ると棍棒で横薙ぎに叩き付け、二人はそのまま渾身の力を籠めて何回も振り下ろし続けた。


 がっ、がっ、と幾度も鈍器が肉体を打つ音が響く中、真ん中に居た女は抵抗する事もなく身体に殴打を受けて、遂に崩れるように身を倒す。


 無慈悲な殴打を止めた二人は、夢中になって繰り返した殴打の連続で痺れた手から力を抜き、漸く足元に倒れる女の姿を見下ろした。


 見た所、頭部に被ったケープから血が溢れて漏れている様子は無い。流石に殺してしまうのは気が引けて、頭だけは叩かぬように気を付けていた。しかし、あれだけ痛打を身に受けていたのだから、直ぐに動けるとは思えない。


 一瞬だけ、二人はケープを剥いで顔を見てみようかと顔を見合わせたが、中庭の片隅に積み重なった瓦礫の陰から、小さな悲鳴じみた声が上がるのを聞きつけ、同時に我に返るともう一人のシルヴィの姿が見えた。


 残りは目当てのシルヴィだけ。そう思った瞬間に足元の女の事など忘れ去り、二人は手にした棍棒を投げ出すと、ベルトに挟んだ紐を握り締めた。そして逃げ道を塞ぐように慎重に歩を進めながら、黒髪のシルヴィに向かって、一歩踏み出した。




 (……流石に損傷は無しか。ま、当然だろう)


 俺は襲撃者の猛打を義体に受ける前から、冷静に状況を確認していた。


 相手は二人。尾行してきていた二人組が、そのまま夜襲してきたのだろう。組織的な集団ではなく、突発的な衝動でそのまま襲ってきたに違いない。


 勿論、襲撃は予測していた。振動センサーで向かいの廃屋に侵入した二人が、壊れた家財から何かを手に入れてこちら側に近付いて来たのも、中庭に撒いた【小型観測器】で集めた音や振動、そして温度変化を集約すれば一目瞭然。彼等の身長や体重、ついでに歩行速度から筋肉量まで一切お見通しで、全く脅威にならない連中だった。


 中庭で棒立ちのまま出迎えると、二人は明らかに警戒心を剥き出しにし、ゆっくり左右に展開しながら、手に持った鈍器を構え直しつつ近付いて来た。


 ま、先にやらせて構わんか。


 そう思った瞬間、義体副電脳の情報処理能力をリミット一杯まで引き上げて、状況観察と対処を開始。


 ゆっくりと振り込まれる鈍器の軌道を計算し、僅かに身体を揺らしながら表面装甲の角度を微調整。相手が不審がらない程度に身体を叩かせて、殴打させる。


 退屈な連打に合わせながら身体を揺らし続け、こんなもんかと適当な頃合いで倒れる振りをした。


 【 身体状況・異常無し、外部装甲・損傷無し 】


 視界に映る、馬鹿馬鹿しい程に愚直なメッセージを眺めながら、厚さ二センチの複合装甲を叩き続けた彼等の努力は、こうして無駄に終わったのだが……。


 「……イチイ! 大丈夫!?」


 あー、カズンの目には俺がフルボッコになっているようにしか見えないよな、当然。


 折角隠れていた場所から立ち上がり、不用意に姿を出して叫んだカズンを、そのまま見逃す連中だとは思わない。最初から目的は彼女だったんだろう。


 手にした紐を使い、カズンを縛り上げようと近付く二人の背後で立ち上がり、脚部強化アクチュエータを瞬時に伸ばして跳躍する。


 音も立てずに着地した俺の気配を察した後ろの男が、振り向くよりも早く右腕で相手の肩を掴む。そのまま上体を反らし、中庭の向こう側まで無造作に投げると、壁を段ボールのように崩しながら突き抜けた。


 後続の変化に気付いたもう一方の男だったが、今さら遅いって……カズンに手出しされるより早く無力化したかったので、手っ取り早く倒そうと平手打ちすると……頭を軸にして横方向に回転しながら中庭の真ん中まで吹っ飛び、受け身も出来ずに墜落すると昏倒し、そのまま気絶した。


 「うーむ、少しやり過ぎたか」


 生身の人間と初めて戦ってみたが、大人と子供以上の力量差に苦笑するしかない。格闘マニュアルを使う手間すら無いまま、片手だけで駆逐する事に成功。


 ……けれどその後カズンに、こっぴどく叱られた。



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