⑮シャラン
黒色体表の飛竜種が墜落する寸前、再び巨大な眼が肩に現れて、怨めしげに俺の姿を睨み付ける。
「いいぜ、好きなだけ拝んどけ……お前に、土を付けた人間様の姿をな」
奴に聞こえている筈は無いが、キャノピー越しに別れの挨拶を告げてやる。悔しいか? だが、勝ったのは俺だ。敗者は敗者らしく、無様に墜ちていけばいい。
「イチイ……こわい」
「……すまん。でもなカズン、俺はまだ…」
俺の声にカズンが何かを感じ取ったのかと思い、詫びるつもりで答えようとしたのだが、フルフルと首を左右に振りながら、
「……違う、カズン、怖いの……あれ」
指を差した先に見えたのは、【シルヴィの束ね主】のシャランが乗り込んだ、アメリカ軍のJ-180だった。
【……死ぬかと思いました……こちらは生身なんですよ? ……少しは容赦してください】
青燕の翻訳された声が無線越しに聞こえ、意識を眼下のアメリカ軍機から引き離す。抑揚に乏しい合成音声だが、言葉の端々から呪詛の念が滲み出ているぞ?
「青燕には気の毒だったが、生き残る為に必要な選択さ。お陰で死ななかったろう」
皮肉にならないように言ったつもりだったが、それきり青燕からの返答は帰投するまで返って来なかった。
「……イチイ、チンエン……いじめるのダメ」
カズンが俺に向かってダメ出しする。別に虐めるつもりなんて無いんだが。
「そう言うなって……俺達も青燕も生きてるんだから、問題無いだろう」
「イチイ、身体ニンゲンじゃない。チンエン、ニンゲン。いじめちゃダメ!」
あー、はいはい……判ったよ。
少しだけ面倒に感じた俺は、それから帰投するまで、黙ってしまった。
眼下に広がる広大な敷地は、防衛軍の航空陣地の滑走路が大半を占め、その外周部には対空兵器の数々が睨みを効かせている。飛竜種に最も有効なのは、繰り返し駆逐し、その地域が危険な場所だと認識させる事だ。
……まあ、連中は【この場所立ち入り禁止】の立て札が読める筈も無いだろう。
防衛軍の地上要員や襟章付きのお偉方が見守る中、先陣を切って次々と着陸するJー180。その先頭の一機がゆっくりと地上施設(半地下構造の陣地出入口)に近付き、誘導されながら停機すると乗降口にタラップが据え付けられる。
俺は補助視野の片隅で監視カメラが捉えたその映像を眺めながら、滞空しつつ着陸する順番待ちをしていたが、乗降口から現れたシャランの姿に意識を奪われた。
肩に掛かる程度の長さの髪は灰色で、僅かに赤みがかっている。体型は細く、背丈も遅れて姿を見せたフェイス・ノーマン大尉と比べてかなり低い。彼が標準的なアメリカ人の身長だとしても、大人と子供程の違いが有る。
しかし……彼女の容姿で一番奇異だったのは、その眼だった。
監視カメラの解像度を最大にして確認する。
一瞬、画像が固まってから顔にピントが合った瞬間、彼女の深紅の瞳が目蓋の隙間から光り、カメラ越しに俺と視線を交わしたような気がする。
……まさか、な。
そう思った瞬間、シャランは品定めするような表情で監視カメラを見詰めた後、視線を外してタラップの手摺を掴みながら、ゆっくりと階段を降りていった。
【……急な訪問に際し、要らぬ怪我人を出してしまったのは、私の軽率な行動に起因しています】
胸元の大きな【コミュニケーション・アクセ】からシャランの言葉が発せられ、通信機器を介して広い議場に響き渡る。
彼女の訪問は急遽決まった事らしく、試験運用中だった世界最大級の自立ドローンのJー180を率いて太平洋を横断する方法は、シャランの独断で決められたらしい。
撃墜されて洋上に不時着した久屋機は、その後急行した救助機に発見されたが、パートナーのシルヴィと共に命に別状は無かった。しかし、彼とパートナーの四肢は鮫に食い千切られ、戦線復帰には相当な時間を要するそうだ。まあ、生身の身体に拘れば、だが。
壇上のシャランの演説は続く。彼女の言葉は合成された物だが、緩急を付けながら力説する言葉は次第に熱を帯び、まるで肉声のような吸引力を持ちながら、聞く者の心を巧みに捉えていった。
【……この訪問に、疑問を持つ方も多く居られるでしょう。しかし、我々に残された生存の選択肢は決して多くはありません。最善の選択は……互いに手を取り、協調し合いながら……】
議場に集まった防衛軍の人々が、彼女の言葉で次第に熱気を帯びていく様が手に取るように判る。
「……カズン、シャラン……怖い」
俺とカズンは適当な理由(カズンのエネルギー補給の方が急務なのだ)を付けて、議場に入らず食堂のモニター越しにその様子を眺めていた。
俺達二人以外、同様に厨房越しにモニターを眺める調理担当者しか居ない、ガランとした食堂の一角に陣取り、カズンが食べ掛けのオムライス超特盛りを間に挟みながらモニターに向かって、
「シャラン……カズンを、連れて行くつもり?」
不安げにカズンが呟く。
「さぁな……でも、俺は反対する。どんな理由が有っても、たかがシルヴィ一人をどうしようが戦況は変わらんだろう。お前が飛竜種を全部やっつけられるなら、別だがな」
カメラアイ越しにカズンを見ながら、そう告げると彼女は少しだけ眉を寄せつつ、不満げに言う。
「そんなの、カズン無理!」
……知ってるよ、そんな事。ただ、俺はどうしても気になって仕方ない。
《……見つけたぞ、成熟したシルヴィ……》
ファルムと初めて顔を合わせた時に告げられた言葉。そして、そのファルムに瞳と体型以外は瓜二つのシャランが来訪したタイミング。
モニター監視に飽きて、目の前のオムレツとケチャップに覆われたチキンライスの山を切り崩しながら、もくもくと掻き込むカズンの黒髪に、俺はまだ知らされていない真実が隠されているのではないか……と、そう思いながら……
「……って、何で頭の上にグリンピースが載ってるんだ?」
「……ふむ? あ~、うん……判んない」
曖昧な返事をする彼女の頭の上からグリンピースを取ってやった俺は、少しだけ考えてから親指に載せて、勢い良く弾き飛ばす。
【……人類とシルヴィの共存こそ、互いに残された最善策だと私は信じています】
緑色の弾丸が真っ直ぐ飛び、画面の中で話を締め括ったシャランの眉間に当たり、ポロリと真下のダストボックスへと落ちていった。