王都4
「……箱庭を実際に知っているかどうかは関係ないのだろう。見たいものだけを見たいように見る。——あるいは、実際に知らないからこそ。見せたいように見せられているんだ」
不意に窓辺から声をかけられ、セウスはさっとそちらに向き直った。
クラークの目線は先ほど領地から届けられたばかりの手紙から離れない。
少しばかり、目元が和らいでいるようにも見えるが、どうだろう。先日はミリアンネがエルコートの屋敷に到着したものの、直後に熱に臥せっていると知らせが来たようで、以来、クラークはどこかしらピリピリとしていた。しているように、見えた。長く側で仕えてきたセウスにだけわかる程度かもしれないが。
「領地からは、なんと?」
「熱も下がって、屋敷内を散策できるほどには回復したらしい」
それはきっと、主君の一番気になった内容なのだろう。だが、セウスが反応するより早く、ふと目線を上げて、領内では特に問題はないようだ、と付け加えた。
主君のことを微笑ましいと感じることなど、初めてだ。
「それは、重畳です」
「え、ミリアンネ様、熱出てたの? また根詰めたのかな。よく徹夜して、アリアルネ様に叱られてらしたからなあ」
ゼアがうるさい。
おかげで、主君は手紙を懐へしまってしまい、立ち上がって地図へと歩み寄った。わずかな休憩も終わりというわけだ。
「……セウス、聴取の結果は?」
「はい、我々の個別の聞き取り、およびサリンガー家によるその後の聞き取り結果を総合しても、どの人間もほぼ同様の主張です。箱庭が、神の一部を略取して、それを精霊と偽っていると。さらにはそれを高位貴族ばかりが独占しているので、正すために破壊をしようとした、と。
ですが、それぞれがなぜその主張を持つに至ったか、については、明快な答えを返すものがいません。常識だとか当たり前の事実だとかしか。誰かを庇い立てしたり、隠しているわけでもないようですが。……雇われの者についても、雇い主を吐かせ、そちらも拘束していますが。同様です。
共通点として、皆西地区に住まう者であり、もしかすると顔見知りの間柄もいるかもしれませんが……互いに連携しているとは考えにくいですね」
「胸糞悪いっすね」
ゼアが両手を頭の後ろに組んで、体を逸らしながらそう言った。
「自発的に正義の行動をしているつもりで勝手に動いてくれる手駒を使い捨てで使ってるってことでしょ? ——だれかが。
火の粉を撒き散らすだけ撒き散らして、どれかひとつふたつ、大きな火事になればいいな、って隠れたまま煽ってるんですよ」
静かに口を閉じていた辺境の騎士たちの気配が、鋭くなった。実直で、政治的な謀から遠い彼らにとって、もっとも嫌悪するやり口なのだ。
けれど、いささか結論を急ぎすぎだ。たまたま、彼らがそう思い込む要素が揃っただけかもしれない。勘違いや、思い込み、周囲に流されて、人は簡単に決めつける。状況証拠もなく、誰かの関与を決めてかかっては、こちらも同じになってしまう。
ふと、その緊迫した空気をかき分けて、慌ただしい足音が響いた。
「失礼します。たった今、西地区の王都警備隊に入った通報を入手しました。緑の使徒と名乗る集団が、西地区から中央区に抜ける縦城壁門横で、箱庭を弾劾する演説を行なっているとのこと!」
さっと、主君が扉へ向かった。セウスはすぐ横にいた一人に留守を託し、主君に付き従う騎士を自分以外に10名指名しながら追いかけた。玄関までたどり着くと、すでに主君は馬上の人だ。部屋を出た時点で厩には連絡が入っている。次々と厩から玄関前へと馬が連れられてくるが、主君はこういう時、待ってはくれない。
セウスはすかさず二番手の馬に跨り、他の騎士の面々が自ら馬を迎えに走るのを尻目に、主君に続いた。
王都の主な路には、馬専用の走行帯がある。王都警備隊や、特殊な許可のある馬は、そこを優先的に通行できるのだ。
セウスはなんとか主君の馬に先んじて、許可を示す徽章をかざしながら駆けた。
縦城壁門では、到着したばかりと見られる王都警備隊と、緑の布を目深に被った集団とが睨み合い、その周りを王都民が取り囲んでいた。
少し距離を置いて馬を降り、声が聞こえるまでに近づいた。
「精霊と称して神の力を盗み、箱庭に閉じ込めて我が物にする魔女に誑かされるな! 加担する貴族は皆、神への反逆者である!」
「やめろ! 不審な奴らめ、勝手な集会演説は禁じられている! 代表はどこだ!」
「我々は緑の使徒だ」
「そういうことを聞いてるんじゃない! 許可をとらずにこんなことをして、牢に入れるぞ!」
「もう時間がないのだぞ! 魔女はセーヴィルの辺境の地へと向かった。王都の神の力を搾り取り尽くして、次は辺境の神の力を狙っている。辺境の田舎貴族では、魔女の手のひらで転がされるだけなのは明らか!」
誰かの血管が切れた音がした気がして、セウスは背筋を冷やした。とりあえず、主君はいつも通り、冷静な様子だ。
「哀れな辺境の地のため、我々が手を差し伸べなければ、国も神も危ういのだ!」
一瞬の風が、そう叫んでいた者の緑の布に、吹きつけた。そう思った時には、耳障りな悲鳴と石畳にバタバタと血の滴る音がして、そいつが弾かれた様に崩れ落ちていた。
周りはわっと血を避け、一部の警備兵だけがこちらを鋭く振り返り、そして戸惑ったような顔をしている。
主君が、わずかに息をついて、そして堂々と、その場に靴音を響かせて歩み出た。
「クラーク・セーヴィルだ。話を全て聞き終わる前にこの者が手を出したのは、謝ろう。だが、田舎貴族だといえ、当事者だ。その主張、詳しく聞かせてもらおうか」
……この者? あ、小剣を投げつけたのは、俺か。
無意識に取っていた投擲の体制に気が付いて、咳払いなどしてみる。血管が切れる音も自分のだったようだ。どおりで大きく聞こえたわけである。




